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夜に光を見る②

「エルミナ様! その剣貸してください」

「あなたねえ、そんなねえ」と言いながらも魔人と距離を取って剣を投げてくれる。


「トモシ」


 剣に聖光を付与する。エルミナ様もしていたけれど、あいにく私の方が聖女歴は長いんだ。本物の聖剣というものをお見せしましょう。


「お返しします!」


 闇魔法を足場に逃げ回っていたエルミナ様が、剣をキャッチして攻勢に出る。


「あら」と彼女の口角が上がる。「あなた、すごいですわ」


「それ頑張って維持して、バシバシ斬りまくっててください。このサイズの魔物だと、コア的な重心部分があるはずです。それを探してください。拷問するみたいに、削ぎ落す感じで」

「あなたは?」

「そこを聖魔法で打ち抜きます。集中するのでしばらく目を瞑ります。私の命、お預けします」

「私を信じますの?」

「なにか問題が?」

「………………」


 確かに、私は過去におそらくはこの人の策謀の結果殺されたことがある。それも複数回。

 だけど、少なくとも今この瞬間において、仮に私が来なくてもこの人は一人で魔人と戦っていたはずだ。それになによりも。


「授業でお互いに闇魔法を撃ちあったことあったでしょう? あれ私とっても楽しかったんですよ。だから委ねます」

「そう。ならば応えなければね。臣民の期待に応えるのが、貴族の務めですわね」


 目を瞑る。必要なのは十回分の深呼吸。

 魔人のうなりと、金属音が聞こえる。周りの木々がどんどん倒れていくのが分かる。


「ヒカリ、ヒカリ、白銀の光。集え、集え、集え、集え」


 手のひらがじんわりと温かくなるのを感じる。聖なる光の光球。それは夜空に瞬く星のように闇を照らす一筋のもの。


 目を開く。エルミナ様が「ここが核ではなくって?」という顔をしている。たぶん相当きついのに平静を装っている。そう、それですよ。


「ステラ」


 これは聖魔法の到達点。自身の名前を冠した光球が、ふわふわと綿毛のように宙を漂い、魔人の中に入っていく。


「エルミナ様、目を瞑った方がいいですよ」


 爆ぜろ。

 光球が魔人の体内で白く燃え上がる。内側から照射する全方位の星の輝き。

 それは辺り一帯を昼に変え、やがて消えた。

 魔人は跡形もなく消失した。


「お疲れさまでした。質問したいことがたくさんあるんですけど」


 後ろで結んでいた髪をほどき、手袋を外すエルミナ様に声をかける。


「質問はあとですわ。ついてきなさい」

「どこへ?」


 答えないエルミナ様に、てくてくと着いていく。


「マユナ」

 警護役にマユナを召喚しておく。エルミナ様への牽制の意味合いもやや含んでいる。


「この子、あなたの従魔なのかしら?」

「お友だちです。驚かないんですね」

「わたくしね、あなたよりも闇魔法歴が長いのよ」


 というと彼女が影から一羽、カラスのような鳥を生み出す。鳥は高度を上げ、辺りを偵察するように頭上をぐるぐると旋回し始めた。


 エルミナ様に従って、魔の森を奥へと進んでいく。


「私よりも長いってどういうことですか?」

「あなたがご自分の闇属性にお気づきになったのは鑑定式ですわね?」

「正確には最初の魔法演習のときですけど」

「そう。多くの貴族はね、八歳前後で秘密裏に鑑定式を行いますわ。これが貴族が魔法に長ける理由です」

「なるほど。私よりも練習歴が長いんだ。聖魔法が使えるのもですか?」

「いいえ。聖魔法については、先日の鑑定式で初めて知りましたわ。少なくとも七歳のときには出なかった鑑定ですから」

「それで私を呼び出してもう一回鑑定をやらせたんだ。エルミナ様も『夜』になったのですか?」

「いいえ、あなたほど魔力が強くありませんから。わたくしのは、そうねえ、あなたが星空であるとするならば、雨夜でしょうね。わたくしたちは共に闇と光の両属性を持っていますが、わたくしは闇寄りで、あなたは光寄りということなのでしょう。あなた、闇魔法が使える心当たりがありまして?」

「言いませんけど、思い当たるきっかけはあります」

「ならばその時にわたくしに光魔法がきたのでしょうね。闇と光が均衡になるよう摂理が働いたと推測しますわ」


 エルミナ様が足を止める。顎で促されて、小さく「アカリ」を灯す。地面に扉が付いていた。


 しばらく一緒に扉を眺めた後、この人は私が開けるのを待っているのか、という気づきがあって扉を開けてさしあげる。地下への階段が続いていた。


 急な階段を地下へと降りていく。

 湿ったカビの臭いが鼻に突く。階段が終わると今度はまっすぐな通路だった。アカリを飛ばしながら、その残光で歩いていく。壁の側面がぬるぬるしていてやや気持ちが悪い。


「これはどこに繋がっているのですか?」

「おそらくこの上は川」

「つまり下町に? なんのために?」


 おそらくこんなにきちんとしたトンネルを作る技術はスラムにはない。というか並大抵の魔術師では掘れない。つまりは貴族門をくぐれる高位の魔術師が、わざわざスラムまでの地下直通路を敷いたということになる。


「これは誰の敷地に繋がっているのですか?」

「あら、自分の疑問に自分で答えましたわね」

「人身売買だったり、王都に置いておけないものを魔の森に隠したりしている貴族がいるということですよね?」

「他には?」

「そうですね、私だったら……ああ、このトンネルを使って魔物を貴族門内に放ちます。対魔物は魔の森から来ることを前提として対策が練られていますから、いきなり内側から多数出現すれば、大きな破壊と混乱を引き起こせるはずです。……まさかエルミナ様の家に繋がっていますか?」


 一瞬ぽかんとしてから、エルミナ様がくすくすと笑い始めた。


「あなたが思っているほど、わたくしは賢くありませんわよ」

「そうなんですか?」


 暗くて狭いトンネルを、エルミナ様とサシで歩いているな、と思う。今私がその気になれば、エルミナ様を殺害できるはずだ。


「私が今ここでエルミナ様を襲わないと考えている理由は何ですか?」

「あら、なぜそういうことを訊きますの?」

「先ほどの魔人は明らかに、ぬるっと自然発生していいものではありませんでした。他の大量の魔獣もそうです。ということは裏に誰かの意図がある。それを意図したのが私でない可能性を切り捨てる根拠がありません」

「答えは簡単ですわ。わたくしはこれを意図したのが誰かを知っている。あなたではないという根拠を持っている」

「……もしかして、ソフィ様の仕業ですか?」

「……さすがね」

「エルミナ様もソフィ様を調べていたのですか?」

「どうしてそう思いますの?」

「じゃないと魔の森にいらっしゃった理由が分からないというか。まあ、エルミナ様とあの魔人がグルで、いま私をどこかにおびき出そうとしている、って言われた方が一番納得できるんですけど」

「あら、分かっていてノコノコと付いてきましたのね?」

「なんでだろうな。聖魔法って分かち合えないものだと思っていましたから、他に使える人を見つけて、嬉しかったのかもしれません」

「なんですの。短絡的ではなくて?」

「それは……そうですね。確かに馬鹿みたいだ」


 言いながら笑うと、エルミナ様も小さく「わたくしもですわ」と笑った。


 人生を何度繰り返しても、基本的に人間の性格は変わらない。確かにユナちゃんチートで利益を上げた食堂の人が金銭的余裕から他者に寛容になったり、ループ後の私の存在がきっかけになったジルなんかは性格が変わるかもしれない。だけど私が「ループしたこと」それ自体で変えられるほど、人間の本質というのは軟弱ではない。


 ロス先生は魔法のことしか興味ないし、カイは毎日剣を振ってるし、リュカはご令嬢たちに人気がある。私の両親は、私が不利な立場になったなら、今生でも真っ先に私を売るだろう。


 だからエルミナ様だって、目的のためにあらゆるものを利用するその氷のような狡猾さを今生でも持ってるだろうな、と思う。前世で私が地下牢に入れられ、虫や痰の浮いた冷たいスープを出され、衣服を剥ぎ取られ、動かないよう何度も両脚を砕かれ、凌辱され、小さな水飲み桶で溺死させられるに至った狡猾さだ。


 本来ならば私は、彼女を冷めたスープのごとく嫌うべきであるようにも感じる。現に今の私は表には出さないけど両親が大嫌いだし、今生では話したことのないエディング王子のことも嫌悪している。

 なのになぜか、こうしてエルミナ様と会話していて楽しいと感じる。ただ同じ属性になったからというだけで? もしそうだとするのなら、人間の感情というものはなんと脆弱にまみれたものだろう。


「ねえ、ステラ。あなたは人を殺せて?」

「殺せますけど? なぜそんなことを訊くんです?」


 人を殺せないというのは、殺されたことがない人間の発想だ。


「いえ、どうにもね。わたくしって昔から闇魔法が使えたでしょう? だから対を為すであろう物語のような聖女の存在に、小さいころから身構えていたのよ」

「高潔で、潔癖で、清廉潔白で、すべての人間にかけがえのない価値があると思っているような?」

「それじゃあまるで、わたくしが卑劣で、不潔で、佞悪醜穢で、ある人間は価値がないと思っているみたいじゃない」

「違うんですか?」

「不潔だけは否定しておきますわ。わたくしもわたくしの価値観において潔癖なところはありますからね」

「なるほど」

「あなたはどうなんですの」

「そうですねえ、私は貴族がうっかり床にぶちまけたシチューを食べることに抵抗がない人間です」

「そうでしたわね。わたくし何人かから泣きつかれましたのよ。何を考えているか分からないって」

「それは良かったです。人は対話不可能な相手が一番怖いですからね。魔物に対するそれと同じです」

「わたくしもあなたのことが結構怖いのだけれど……」

「私もエルミナ様が怖いですよ。お互い影が揺らいでますもんね。いつでも闇魔法を出す準備ができている。でもこの会話は楽しいです」

「それはまあ、否定しませんけれど……」

「幸いにして、今の私たちは対話が成立していますから、たくさんお話をしましょう」

「妃教育も受けているわたくしがこうも簡単に会話の主導権を取られることが一番怖いですわ」


 どれくらい歩いただろう。

 延々と続くかと思われた上り坂が終わり、階段を上る。入ってきた時と同じく、扉がある。


「エルミナ様が小さく扉を開けてください。その隙間からまず私が聖魔法を撃ちます。私が逆の立場だったら、絶対に魔物に待ち伏せさせてるから」

「そう? わたくしでしたらそもそもこの扉を溶接してしまうと思うけれど」

「エルミナ様の方が嫌がらせは上手ですね」


 試しに扉を押してみると、本当に動かなかった。


「下がりなさい」とどこか勝ち誇ったようにエルミナ様がいう。「わたくしがぶち壊しますわ」


 腰から下げていた杖を抜くと、彼女が長めの詠唱を小声で唱える。

「フレア!」

 の声とともに、上方の空間が闇魔術で削り取られた。


 久方ぶりに地上に出る。


 ………………………………。


「どうやら私の予想も正しかったようですよ」


 先ほど魔の森で戦ったのと同じ大きさの魔人が六体、私たちを取り囲んでいた。

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