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ソフィ会長を学ぼう

「げっ」と声にならない声が漏れる。


 天体学の授業が終わって、しょうもな貴族に〝うっかり〟飲み物をこぼされた教科書を片付けていると、取り巻きを連れたエルミナ様が近づいてきた。


「あなたがこの授業を取っているとは驚きましたわ。さすが〝夜〟のステラ様といったところですわね」

「星は昼にもありますよ。それに平民は見上げる機会が多いですから」


 といいつつも私がこの授業を選択したのは、他の科目は過去の人生で履修済みだからだ。数学も文学も修辞学も、下級貴族向けの経営学や宮仕、技工も以前取っちゃったから、仕方なく天体学を選んだ。だからエルミナ様の驚きは実は結構正しい。もっとも、エルミナ様がいると知っていたらたぶん取らなかったけど。


「わたくしの教科書を差し上げましょうか?」

「いえ、お気遣いありがとうございます。事情をご存じない方に『盗んだ』といわれるのが関の山ですから」

「まあ! あなたエルミナ様のご提案に失礼ではなくて!?」と傍にいた令嬢が口にする。

「落ち着いなさい。ステラ様のご家庭は存外ご裕福なようでいらっしゃるから、ご自分で新しいものをご購入されるのでしょう」


 政治だ!


 今回のマネタイズはだいぶうまくやってるつもりだったけど、先日のソフィ様といい、公爵家の諜報力相手だとあまり隠し事には意味がないのかもしれない。


「優れたご家族がいらっしゃってうらやましい限りですわね」


 これはカマかけ……なはず。

 かつての人生で両親に売られて以降、ユナちゃんとの成果は父と母にも隠し通している。誰がドライヤーやテリヤキサンドを発明したかを知る術は、公爵家諜報部にだってないはずだ。


「妹がおりますが、賢くて優しいとてもいい子です。急に貴族の学園に行くことになった私を、陰で支えてくれています」


 と普通に返した。エルミナ様は次女だが、グルナート家の長女は何年か前に亡くなっているはず。そういう嫌がらせを含む普通の返答だ。


「ご入用になったらお声がけくださいね、ステラ様。姉が使っていたものがありますので、いつでも差し上げますわ。教科書に限らず、学園で使うものは消耗品ですから」

「どうしてそんなに良くしてくださるのですか?」

「わたくしとあなたは同類ですわ。仲良くなりたいと思うのは不思議なことかしら?」

「嬉しいお言葉心にとどめておきますわ」

「そうなさって。ごきげんよう」


 と取り巻きを連れて去っていった。


 仲良くしたい、は消し去りたいの間違いだと思うけど、確かに光属性オンリーだったときにエルミナ様がこんなに絡んでくることはなかった。ソフィ会長もそうだったけど、みんなな闇属性になにかしら思い入れがあるのだろうなという気がする。


 教室を出る。食堂は私を見るとシチューをこぼす人がいるから優れた無料飯スポットであるのだけど、今のエルミナ様戦で存外消耗したので、そこら辺で適当にクッキーをかじって過ごすことにする。


 草影にジルがいた。


「ステラ。ソフィ・フィリア嬢についてです。公爵家は寮住まいではなく、学園の敷地内にそれぞれ自分の屋敷を持っているのですが、帰宅後に屋敷にいないことがあるようです」

「どういうこと?」

「表向きは在宅としながらも家を空けているようです。少なくとも正面玄関からは出ていません」

「屋敷にいないというのはどうやって?」

「メイドから聞き出しました」


 ジルがそのつもりで振る舞えば、二晩もあればメイドにうっかり喋らせるくらいわけもないのだろう。


「なにか表沙汰にできない会合に出ているとか?」

「まだ途中段階ですが、少なくとも相手は王都内の公爵家と侯爵家ではありません。伯爵家以下は数が多すぎるので絞り込むのは難しそうです」

「エルミナ様のグルナート家ではない?」

「少なくとも」

「ここ一年以内のトラブルは?」

「聞いた限りですと、オレの主ともめたくらいでしょうか……冗談です」

「逆に公爵令嬢で周囲とトラブルがないというのは怪しくない?」

「公爵令嬢のサンプルが少ないのでなんとも。ただ良い評判が多すぎてそこは逆に不気味です。グルナート家に目をつけられて潰されそうになっていた伯爵家に手を貸しただとか、教会への援助を行っており、貴族以外への施しも厚いだとか。スラムの炊き出しを手伝われたこともあり、スラム地区では聖女のように扱われているなんて話もありました」

「聖女のように扱ったことある?」

「オレがそう扱うのは、目の前のあなただけですよ」

「カリナやその周辺からそういう話を聞いたことは?」

「もちろんありません」

「盛られた話だよねえ」

「でもウォルツ家から教会への援助が行われているのは確かなようです。それも多額の」


 この国に二つの権力の象徴があるとすれば、それは王宮と教会だ。王都やその周辺では王宮(貴族)が強いが、王都から離れれば離れるほど、教会(神官)の方が権威が強くなる傾向にある。これは領主それぞれが裁量権持っていることで王都から離れれば離れるほど王国からの制御が難しくなる一方、教会はどこも本部の意向に従うため、神官の質に左右されないことに起因する。王宮と教会は基本的には互いに不可侵ということになっているが、これは結構怪しい。だって鑑定式(教会)と学園(王宮)は明らかに一連の流れの中にあるし、別の側面では敵対しているという話もある。あと最近は聖女判定者が出ちゃったから、たぶんその所有権で争っているんじゃないかという気もする。


「ソフィ様は教会関係者の方と会っていらっしゃるのかしら」

「その可能性は高いと思います。ただ教会はガードが固く、確証はありません」

「でもソフィ様はヨハン王子の婚約者だから、将来は確実にお妃さまでしょう?」

「そうですね。将来の敵を強くしておくことにメリットがあるとも思えません」

「あるいは王家と教会両方を手に入れるつもりとか?」

「そうしたら確実にこの国はソフィ嬢の思うがままですね。今のうちに仲直りしておいた方がいいのでは?」

「知らないの? 私とソフィ様は食堂まで雑談をするほど仲が良いんだよ」

「それはそれは。それで、調査は続けますか?」

「もう大丈夫。教会をがっつり探るのは怖いし、安全第一で行こう」

「了解です。じゃあ最後に一回スラムに戻って、一応あいつらの話だけ聞いておきます。ステラほどスラムの人命を救っている人間はいないのに、それがソフィ嬢の手柄になっていたらムカつきますから」

「好きにすればいいけど、私の名前は出さないでよね。変に目立ちたくないし」

「まさか変に目立ちたくない人間が『シチュー姫』の異名を得ているとは、誰も夢にも思わないでしょうね」

「私ってそんな名前で呼ばれてるの!?」

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