魔剣が誕生した日
翌日、授業後に一度寮に戻ってからリュカと合流した。
私は動きやすい学園指定の運動服に着替えてきたけど、リュカは制服のままだった。そこら辺をブラブラしていたらしい。貴族門近くの平民地区で売っている話題沸騰中の食べ物「テリヤキサンド」をかじっていた。ユナちゃんのお料理チートもだいぶ上流まで昇ってきたものだ。
「やっほー、食べる?」
とリュカがちぎって渡してくれる。
うむ、勝手知ったる実家の味だ。
「これ美味しいよね」
「平民地区にも美味しいお店はいっぱいあるんですよ。ラーメンとか。においがきついので貴族向けじゃないかもしれないけど」
「ラーメン」の一番いいところは、名前が難しくないところだ。
「他は他は?」
「トンカツレツとかジャガバタとか」
「全然想像できなくて楽しいねぇ」
「リュカは平民地区にも行ったりするの?」
「うん、魔石屋があるからね。僕が作った魔石を買い取ってもらってるんだ。お小遣い稼ぎ。最近のそこのお店がドライヤーってやつを売り出したんだけどね、面白いんだ。火の魔石と風の魔石と水の魔石を同時に使って温かい風を出す単純な装置で、僕からしたらそんなのは普通なんだけど、魔石を使ってるおかげで魔力のない人でも同じことができちゃうんだよ。怖いこと考えるよねー」
「怖い? 便利だと思うけど」
「だって魔石の組み合わせだけで複雑な魔法が再現できるなら、それってつまり魔石を買うお金さえあれば誰でも大きな複合魔法を使えちゃうってことでしょう? 戦争……暴力の形が変わっていくんじゃないかなぁ」
「それは、確かに……、そうかも」
これは人生における初めての指摘だった。ユナちゃんとは無害なものばかり作ってきたつもりだったけれど、見る人が見ればそのアイデアは兵器として転用できるのかもしれない。
「いいんじゃない? 別に。これは僕の想像だけど、ナイフだって元は人を切るためのものじゃあなかったと思うんだ。使い方を決めるのは、道具じゃなくて人間だよ」
「リュカはなんのために魔法を使うの?」
「僕のためだよ。魔法でこんなことができたら楽しいなって考えるのが好きなんだ。上手く大きな爆発を作れると嬉しくなる」
「暴力にも魔法を使う?」
「たぶん使うね。そうしたくなる理由があるのなら。僕ってけっこーてきとーだからさ、割となんでも許せちゃうし、気にしないタイプなんだ。そんな僕がそうしたくなるのなら、きっとよっぽどだと思うんだよ」
だからきっとリュカは一度も私を攻撃したことがないのだな、と思った。
「でもステラは攻撃したいな。闇魔法面白そうだもん」
「おい!」
「あはは、うそうそ。ちょっとほんと。ちゃんとステラがいいよって言ってから攻撃するから。大丈夫。いつか一緒に組もうね」
「いいけど、私のヤミちゃんがリュカのこと食べちゃったらごめんね」
「楽しそうだねえ! もしステラの闇に食べられたら、僕の骨や肉は一体どこにいっちゃうんだろうねえ。今度ステラの闇に色々食べさせてみようよ」
「私のヤミちゃんが餌付けされてしまう」
魔法に対する好奇心が、リュカの最大の強みなのかもしれない。
魔法談議に花を咲かせすぎたものの、今日の目的は剣の練習である。カイの住む、王国騎士団の宿舎にやってきた。
隣接する広場で、手隙の大人たちが剣の稽古や基礎体力作りを行っている。私たちは裏手の目立たないスペースに陣取った。
「ステラ、剣を貸そう。大きいと思うが、以前話していた一般的なサイズの剣だ。模擬用だから研がれてはいないが、頭を叩けば死ぬだろう」
「お話覚えていてくださって嬉しいです、カイ様」
「サマは邪魔だ。稽古をするのだからただのカイでいい。俺は見習いの立場だ」
「では、カイ。お相手を?」
「来い」
と言われて手合わせをする。
基本的に、私の剣に対して、カイが受けに回ってくれる。
つまりは実力差がとても大きいということだ。
「速さを意識するといい。型に忠実なのはいいことだが、遅い剣は絶対に当たらない」
十二歳から練習してきたつもりだけど、確かにカイと比べて振りが大きすぎる気がする。
「確かに、このままでは駄目だね」と足を止める。「自分に魔法をいい?」
「……? それはかまわないが」
「ではお言葉に甘えて」
光魔法で身体能力を引き上げる。対魔物以外の局面で使える数少ない光魔法だ。
先ほどまでよりずっと剣が軽く感じられる。昨日の放課後にロス先生がチューニングしてくれたおかげで、かなり無駄なく魔法を回せている。
「いくよっ!」
踏み込んで、振るう!
カイがバランスを崩さないように、少し浮いて受け止める。
ひらりと一回転して反対側から。
首皮一枚で避けられて、下からの斬り上げが来る。身体を開いて躱す。
右肩が前に出たのを利用して、切っ先でのどを狙う。
上から剣が弾かれて逸れる。
カイが前進してくる。三度、四度と受けながら後退する。
タイミングを合わせて、前進するカイに向けて私も前進する。
お互いが剣の間合いよりも近くなる。
肘でカイの顎を狙う。ごふっ、とカイの膝蹴りの方が先に入った。勝負あり。
「素晴らしかった」
と肩でぜえぜえ息をする私にカイが声をかける。
「私だけ魔法を使わせてもらって、ありがとね」
「ねえ、ステラ」と一瞬で素振りに飽きていたリュカが声をかけてくる。「その剣を杖だと思ってみたら?」
なるほどと思い、剣の先端から闇魔法を出してみようとする。
「………………………………」
刀身にまとわりつくグロテスクな闇。
試しに木に振るってみたところ、木は斬れたというよりも、刀身に沿って〝削り取られた〟。
「……………………………………………」
「……………………………」
「あははははははははははははは!」
ここに、名もなき魔剣が誕生した……。




