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侍女の仕事についての覚書

 今しがたの対四大公爵令嬢戦の大勝利を誰かと共有したくて、でも人生の繰り返しについて話せる人いないんだよな……と思いながら寮の部屋に戻ったら、いた。


「ユナちゃん、どうしたの?」

「今日から姉さんの侍女になりました」

「なんで!?」

「ジルから頼まれた。仕事ができてしばらく執事役できなくなるからって」

「それで実の妹に侍女やらせることある?」

「ジルは姉さん命のところあるから。どんな仕事をすればいい?」

「紅茶を淹れて……」

「紅茶を淹れて?」

「紅茶を注ぐ」

「他には?」

「カップを片付ける」

「………………それだけ?」

「それだけ。きっと普通は髪を整えたり、着替えを用意したりするんだろうけど、そもそもジルは女子寮には入れないからね」

「役に立ってないんじゃない?」

「役に立たなくていいんだよ。貴族門の通行許可証をあげたかっただけだから」

「なるほど。それは私も地味にうれしい。初めて異世界の観光地っぽいところ来られたから」

「ユナちゃんも自由にしてね。あ、でもお話はしたいな」

「ちょっと待って。お茶を淹れる」

「唯一の仕事だ」


 という感じで、ユナちゃんとは現在、冗談の言い合える仲良しの友達みたいな関係だ。私の人生ループを知っているのはユナちゃんだけだし、彼女の異世界人生を知っているのは私だけ。もし秘密を話せる相手がいなかったなら、私たちは二人とも消耗しきっていたかもしれない。


「ああ、美味しい。この味。我が家の味って感じがするねえ」

「うちのお茶、薄いもんね」


 一息入れてから、先ほどのソフィ様との話をする。


「両家が敵対しているのだとするなら、毎回エルミナ様が手を回してソフィ様を殺してるってことあると思う?」


 ユナちゃんの見解が聞きたくて尋ねる。


「なくはない、と思うけど、姉さんの過去の婚約破棄破棄の話を聞く限り、エルミナだったらもうちょっとスマートにやるんじゃないかなという気もする。極限まで一点に集約させてから破壊するタイプに見えるかも」

「そう、あの人のやり方はエレガントなんだよね。ハメられてる私がいうのも変だけど、毎回その瞬間まで『今回はうまくいってる!』って思いこまされているもの」

「でも待って。エルミナって自分の婚約者であるエディング王子を姉さんで相殺しておいて、王家からのお詫びみたいな形で自分は第一王子の婚約者になるんだよね? なら婚約破棄破棄までに第一王子の婚約者のソフィ様が死んでないといけないんじゃない?」

「そっか。ここだけは一点集中じゃなくて段階を踏まないといけないんだ。しかも動機がめちゃくちゃある」

「エルミナ怪しいね」

「いやでも、婚約破棄破棄はエディング王子が私に気があることを利用しての策略でしょう? ソフィ様が死ぬ時期って、どの人生でもまだエディング王子と親しくなってないよ。いつもはクラスが違うし。順番がおかしい」

「エルミナがエディングを唆すとしても、流石にうまくいきそうなのを見てからソフィ様を消すだろうってことだね」

「なるほど。そこはトリガーじゃないと。ふふ、ソフィ様だけ様付けなのが面白いね」

「姉さんを害したことがない人間を尊敬することにしたから」

「死んだ人間だけがいい人間、ということですわね」

「ソフィ様を味方につけてエルミナと戦うのはどう? 公爵令嬢同士で潰し合ってもらう」

「私が無理だと思う。さっきのソフィ様、本当に感じが悪かったもん。味方になっても絶対に背中から刺してくるよ。ちょっとお話しただけなのに、聖女様はもうあの人に関わりたくないなって気持ちになっていますよ」

「他の公爵家の二つは?」

「片方は隣国の妃様だし、もう一つは王都よりずっと外の国境周りの統括って感じだから、あまり期待はできないかもね。学園も随分前に卒業してるはずだから、そもそも全然接点作れないし。会ったこともない」

「ならソフィ様の死でウォルツ家がダメージを受ければ、王都はエルミナのグルナート家が一強になる?」

「ふふ、話が戻ったねえ」


 むむう、とユナちゃんが考え込む。


 ユナちゃんと話すのは楽しい。ユナちゃんはまるで高級な貴族教育を受けたご令嬢のようなテンポで話を進める。さっき私がソフィ様相手に戦えたのも、日ごろからユナちゃんと会話していることが大きい。


 ユナちゃんの世界では、「考える」という行為が、私たちの世界とは違うあり方をしているんだろうなという気がする。知識の密度というか、物事のピントというか、解像度というか(そもそも「解像度」に対応する概念が私の王国公用語の語彙にはない)、そういうものがあらゆる側面で高いのだ。


 そこで気がかりなのは、私の死後にユナちゃんがどうなっているかということ。


 私の自我はそこで途絶えて十二歳の身体に戻るけど、それはユナちゃんのいる世界が消滅することを意味しない(確かめようはないのだけど)。五回目なんかは私の魔力暴走でユナちゃんを殺しちゃったけれど、他の回ではその後何年も生きているかもしれない。この世界に急に飛ばされてしまった子が、孤独と疎外を感じながら。


 だから、もしかしたら私は今回も十六歳で死ぬかもしれないけれど、ユナちゃんに何かを残したいな、とは思う。それは楽しくお茶をする時間であったり、彼女と同じテンポで話せる人間がきっと他にもいるよ、という希望であったり。


 彼女はかわいいかわいい私の妹なのだ。世界を滅ぼすことでユナちゃんを助けられる場面があったなら、私はきっとこの力を行使するだろう。


 聖女様っぽくないだろうか? いや、〈聖女〉とは思想ではなく、「魔」を祓える機能に対する称号である。仮に私が魔王であったとしても、それが聖女であることと矛盾はしないのだ。


「姉さんがなんだか悪い顔してる」

「これはね、聖女スマイル。この国の第二王子に数多惚れられてきた顔」

「なんかやだなぁ。逆に今すぐ学園をやめて国外逃亡するのはどうかな。ロス先生に魔力調整をやってもらえたのなら、もう暴走の可能性は低いはず。当初の目的は達成しているように思う」

「それはね、実は私もちょっと考えた」

「もちろん私もついていくよ。それにジルたちも、たぶん勝手についてくると思う」

「でも残ろうと思った」

「それは五回目のせい?」

「そう、もちろんそれもあるんだけどね、私ね、死ぬ瞬間のたびに思うことがあるの。あと一日生きていたのなら、見かねた誰かが私を助けてくれたかもしれない。白馬の騎士が颯爽と手を差し伸べてくれたかもしれないし、名もなき流浪の大魔法使いが偶然通りかかって、全員を皆殺しにしてくれたかもしれない……。だけどね、そんな都合の良い人は来てくれない。来てくれなかった。もし来たとしても、それは私の死んだあと。私ね、たぶんこの世界で一番女神様を信じてないと思うの。人生って都合の良いことなんてなに一つなくて、運命というのは自分で切り拓くことでしか手に入らないんじゃないかって気がする。だから、しばらくはここでやってみたいなと思う」

「……分かった。一緒にがんばろう」

「ありがとう。そんなこと言いつつ、心が折れたら普通に逃げると思うけどね」

「そういうところあるよね……!」

「聖女すまーいる」

「お茶いれてあげる」


 それから遅くまで意見を出し合って、以下のように方針を決定した。


 ソフィ様……積極的には死を阻止しない。ただ可能なら黒幕は探りたい。

 エルミナ様……できるだけ関わらない。敵対しない。

 闇魔法……めちゃくちゃ練習する。使いこなせるようにする。

 剣術……鍛錬を続ける。

 エディング王子……できるだけ関わらない(今のところ達成中!)。


 要するにこれまでとあんまり変わらないね、とユナちゃんが笑った。

 全体的に流れでやっていきますわよ~。

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