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政治のにおいがしてきましたわ

「良いニュースと悪いニュースがあるのだけど、どちらから聞きたい?」


 寮の裏手にある目立たないガゼボで従者枠のジルが淹れてくれたお茶を飲みながら彼に尋ねる。

 謎魔法を使ったことによる隔離というか、一時謹慎の二日目。この時間は学園の授業中だから、貴族様に絡まれることもなく寛ぐことができる。


「では良いニュースから聞かせてください」とジルが答えた。


「良いニュースは、私が魔法演習で使った謎魔法が、どうやら闇魔法の系統らしいということ。さっきロス先生が見解を伝えにきてくれて。だから、聖女の力目当ての王家に言い寄られずに済みそう。王家としては、光魔法を使う〝無害な〟聖女が欲しかっただろうからね」

「つまり政治の道具として婚姻させられる可能性が少し減ったというわけですね」


 少し、と言うあたりが賢いジルらしい。


「……美味しい」


「それで悪いニュースは?」

「この話が広まれば、私を取り込んだり、あるいは排斥しようとする人たちが出てくるだろうということ。エルミナ様もレアな闇属性だけど、あの方はちょっとやそっとでどうこうできるような軟弱な基盤じゃない。だけど私の場合はそうもいかない。後ろ盾がなーんにもないからね」


 過度な力は囲われてボロ雑巾のように使われると相場が決まっている。(比較参照:私の人生)。これまでは聖女としてだったけど、今後は何かを滅ぼす方に私の力を使いたい人だった出てくるかもしれない。


「王家を相手にしなくてよくなる分、有象無象の貴族どもにたかられるということですか」

「もう。なんで闇魔法なんて急に使えるようになるのかなあ」


 ロス先生いわく、今生の私は、光と闇の二属性持ちらしい。


「俺は昔から使えるんだろうなって思ってましたけど」

「どうして?」

「魔獣を、マユナを影に取り込んでおける人が闇魔法を使えなかったら、逆にどうしてって思いますけど」

「あーーーー、なるほどーーーー!」


 昔食べられた時のやつか!

 食べさせて以降の人生では、聖女になる前は魔の森に近づいてなかったから気づかなかったけど、今回は鑑定式前に「魔」との繋がりができていた。そこら辺が関係しているのかもしれない。


「まさか本当に気づいてなかったんですか?」

「意外とね、私にも見えていないものが多いんだよ。私がなにか見落としていたら、いつでも教えてね」

「了解です」

「うむ。よろしい」

「ところで、俺からもニュースを提供しても?」

「聞かせてほしいな」

「ステラの『聖女』認定は取り消しにはならないそうです。鑑定式が正しく機能していないと認めることになりますから」

「それはおそらく悪いニュースだよね」

「もう一つ。そもそも聖女が闇魔法を使えることは、公式にはアナウンスされません。噂にもなっていません。不自然なくらいに誰も知りません。極めて強いレベルの緘口令が敷かれているようです」

「それは……良いニュースだと思う?」

「あらゆる想定ができるので今の情報量で評価するのは無意味だと思います。俺になんと言ってほしいですか?」

「いじわる」

「それでこの後はどうするんですか?」

「せっかくの謹慎ですから、調べ物をお願いしてもいい? ソフィ生徒会長とその周辺について、なにか策謀の影がないかどうか」

「カリナたちをお借りしても?」

「もち許可」

「ただちに」


 ジルがさっとカップを片付けて消える。

 さて、私もソフィ会長について調べてみよう。


 ……と思ったけれど、全然だめだった。


 そもそも向こうは上級生で生徒会長、四大公爵令嬢の一人で、私はただの平民である。学年も違えば住む世界が違う。護衛騎士みたいな人もいたりするし、目の端に捉えるのがやっと、という近づけなさだった。


 なので行動規則を調べ、彼女がいつも座りがちな図書館の席に先回りして待つことにする。


「あら、あなた今年入学された聖女と呼ばれている方?」

 と彼女が向かいの席に腰を下ろす。


「ごめんあそばせ。わたくし、ソフィ・フィリア・ツー・ウォルツですわ」

「ステラです。ごきげんよう。ソフィ様の入学式でのご挨拶、とても素敵でした」

「あら、ありがとう。あんな場の挨拶なんて誰も聞いていないと思っておりましたわ。……ねえ、わたくし、常々平民的な価値観を持った方に伺ってみたいことがあったのだけれど、よろしくて?」

「もちろんです」

「では食堂に参りましょう」


 と言われたので開いていた本をそそくさと本棚に戻してついていく。


「それで質問なのだけど、平民って貴族のことをどう思っているのかしら?」

 と歩きながら尋ねられる。


「この場合の貴族というのは、辺境地の男爵などではなくて、王都の貴族を王都の国民が、ということですよね?」

「話が早くて助かるわ」

「住んでいる地区にもよるかなと思います。たとえば貴族地区に近い上層は、貴族の方のお買い物で成り立っている店も多いですから、比較的好意を持っていると思います。中層、道路の舗装が途切れる地区からは、生活がぎりぎりになりますので、人によっては贅沢のできる貴族様に負の感情を持っている人もいると思います。逆に下層、川の方に降りていくと、お貴族様は別世界の住人という感覚なので、特に正も負もないかもしれません」

「興味深いですわ。王宮からの近さの順になっているわけではないのね」

「そうですね。その点は確かに面白いかもしれません」

「あなたのご出身は下層よね? 貴族のことをどう思っているの?」


 私が開示していない情報を会話にぶっこんできた。なるほどね、と思う。


「私も正直にいうと、特に感情はありません。私のことは敷地内に迷い込んだ犬みたいなものだと思っていただければ」

「食堂で伯爵家のご令嬢方に突っかかっていたと伺いましたけど、よく吠える犬、ということかしら」

「とんでもない。ただ、偶然通りかかった伯爵令嬢様たちが、私の無作法を正してくださっただけです」

「そうですか。聞いた話とは随分異なるようですね」

「私も、私の話と異なるようで驚きました」


 ふ、とソフィ様が小さく笑う。


「あなたは本当に下層の出ですか? 立ち振る舞いや歩き方を見ている限り、まったくそうは見えないのですが」

「幼馴染と、よく貴族ごっこで遊んでいたので。その子も平民ですが、私よりも数倍優雅に動きます」

「あなたが連れてきているジルという少年ですね。彼には戸籍がなかった。壁を乗り越えてきた密入領者の子どもかとも考えましたが、あなたのご実家の立地からするとスラムの方でしょうか」

「なにか問題がありますか? もし戸籍がないことに問題があるとしても、それは現行のシステムによるものなので」

「なんでしたら、私が戸籍をご用意しましょうか?」

「…………」


 ――~~~~ッ!


 恐ろしい人だ。今私がなんとなしに「できるんですか?」なんて答えていたら、ジルはウォルツ家の遠縁の養子に入れられていたかもしれない。それはつまり私をウォルツ公爵家の管理下に置くための人質ということだ。


 つまりこの雑談めいたやりとりは、ただの政治だったということである。


 この人、こういう雑談を装ったものに策謀を織り交ぜるようなことやってるから毎回誰かに殺されてるんじゃない? という気が急にしてきた。


「私のクラスにエルミナ・ファスタ・ツー・グルナート様がいらっしゃるのですが、闇魔法を使われるということで、私も負けずに精進していきたいと考えています」


 ソフィ様の頭に一瞬疑問符が浮かんだあと、わずかに目が開く。

 かまをかけにいったのがヒットしたようだ。


 これまでの人生でソフィ様から私へのアプローチはなかった。つまり欲しいのは聖女の力ではなく、闇魔法の力なのではと想像する。闇魔法といえばエルミナ様で、彼女たちはいわゆる四大公爵家だ。ならば闇魔法が欲しいのはグルナート家に対抗するためで、この両家は仲が悪いのでは? という私の推測に対し、今の反応。たぶん当たっていると思う。


「コホン。これはソフィ・フィリア・ツー・ウォルツとしてではなく、あなたの二つ先輩のただのソフィ。フィリアとして好奇心から尋ねるのですが、今のような返しはどこで学ばれたのですか? まさかそれもごっこ遊びだとはおっしゃらないでしょう」

「どこ、と言われましても、あえて申し上げるのであれば……人生、でしょうか?」

「なるほど。大変愉快でした。お時間をありがとう、ステラ」

「いえ、こちらこそ実りのある時間を感謝いたしますわ、先輩」


 こうして私たちの会談は、食堂にたどり着く前に終了した。


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