魔法演習基礎Ⅰ(1年次必修. 基礎的な魔法の運用から中程度の応用を目指す. 出席と実技により評価する.)
魔法演習の最初の授業は、今の自分の魔法を把握しよう、みたいな回だ。
設置されたターゲットに向かって、順番に炎をぶつけたり、風をぶつけたり、とにかくそれを壊すことを目標にする。といっても、入学直後にそれらを壊せるのなんてほんの一握りだ。以前の人生で通っていた私のクラスでは、誰もいなかった。的まで魔法を届かせることがまず難しいのだ。
しかし、そこはさすがの上位クラスである。リュカやエディング王子、その他何人かがターゲットを破壊できていた。そうじゃなかった生徒も、壊せなかっただけで的までは魔法が届いていたりする。まあ上位貴族はお抱え魔術師立会いの下、幼いころから魔法の練習をしているからなのだけど。
中でもすごかったのは、火・水・風の三属性を操れるリュカだった。三属性持ちというだけで王国に数人だけというレアさだけど、リュカのすごいところはその三属性を組み合わせた魔法が既に使いこなせているという点だ。水魔法に火を入れて爆発を起こし、風魔法でその威力を増大させる。あるいは、風で圧縮した火と発射したり、風で凍らせた水を氷柱のように発射したりと、とにかく実用的で、あらゆるレンジにおいて殺傷能力が高い。今すぐにでも王宮魔術師団に入れそうなレベルである。
このクラスのもう一人のエースであるエルミナ様もやはりすごかった。闇魔法を浴びたターゲットは内側から崩れ落ちた。
闇魔法とは、すなわち「魔」の魔法。魔獣が人間を襲うそれと同じように、人を傷つけることに長けた魔法である。リュカの魔法が各々の特性を生かした副次的な殺傷能力であるとすれば、闇魔法は本来的な特性として、対人間に特化した魔法なのだ。対人魔法。これはつまり、魔物に対しては闇魔法は効かないということでもある。
闇魔法は三属性魔法よりも発現率が低い極めてレアな属性だ。
聖女として色々と連れまわされてきた人生だけど、これまでで闇魔法を見たのはエルミナ様だけである。もっとも、人に忌避される属性だから、仮に使えることに気づいたとしても普通は隠し通すのだろう。上位貴族は鑑定式を自分の屋敷の簡易教会で行えるから、容易に結果を捏造することができる。私の聖女判定が毎回疑われがちなのも、このことに起因する。自分が不正する術を持っているからって、他人も不正をしているに違いないと思っているのだ。
だからエルミナ様のすごさには複数の層があった。
①闇魔法が使えること、
②それを隠さないこと、
③それを明かしても不利益が生じない身分、
④本人が高貴だから不思議と闇魔法がエレガントに見えるという点。
全部込み込みでエルミナ様はすごかった。
ちなみに、そんな闇魔法の反対が光魔法だ。
闇の反対が光、と考えると特性が想像しやすい。
「闇」に人間を壊す力があるから、「光」には人間を癒す力がある。
「闇」に対人間の力があるから、「光」には対魔物の力がある。
この対魔の部分が、「聖魔法」と呼ばれている。
だけど、賢明な諸君ならもうお気づきかもしれないが、光と闇の相性はまったく対等ではない。
エルミナ様の闇魔法は対人特化だから、私をボコボコに破壊できる。一方で私の光魔法はエルミナ様を癒しこそすれ、ダメージは小指の爪の先ほども入らない。この圧倒的な非対称性!
鑑定式で教会内を光で満たすくらい魔法適性の大きかった私が、あらゆる過去生でなんの反撃もできずにボロ雑巾のように使われていた理由がここにある。あるのだ……。
同時に、王家が私を欲しがる理由、言い換えるなら婚約破棄イベントが安易に毎回発生する理由もここだ。エルミナ様の闇魔法は、加護の高い王家の人間であろうと、おそらく簡単に傷つけることができる。これは王家にしてみると結構リスキーだ。逆に私の魔法は絶対に危害を与えない。与えられない。
加えて、対魔物における究極戦力の保有、それは一種の権威の象徴だ。民はますます国に従うようになる。王家はますます安泰になる。逆に私にしてみれば、貧しい人たちを魔物から守れる以外、なーんにもいいことがない。
賢明なる皆様におかれましては、「なら聖女であることをうまいこと隠したら?」とお思いになるかもしれない。かくいう私も思った。五回目の人生だ。結果、魔力暴走で王都人口の何割かを殺してしまった挙句、討伐された。あの絶望感に比べたら、まだ学園で頑張った方がいいのかな、と思ったりもするわけだ。
なんて感慨に耽っていたら、私の番がやってきた。
光魔法だから、ターゲットを破壊もなにもない。ちょっと眩しくなっただけでなにも起こらなくて馬鹿にされるだけのやつだ。だけど私にとっては、先生管理のもとで魔力の制御を練習できる今生初の機会だから、がんばる。
「いいですか。属性というのは魔力の出力形式だと考えてください」
と魔法学のロス先生が優しく説明してくれる。魔法理論のことしか考えてない先生だから、平民の私にも区別なく指導してくれる。
「目を瞑って。この世界中に満ちている魔素を、あなたというシステムに取り込んでから、それを出力する。魔力と呼ばれているものは、いかに魔素を体内に取り込めるか、いかに無駄なく疲れずに出力できるか、という技術です。イメージしてください。魔素があなたを満たし、あなたの形に変わっていく。体内で何周も回しながら、それは徐々にあなたのものになっていく。いいですね、そのまま。呼吸を意識して、まだ行けそうだ。呼吸を通じて魔素をもう少し取り込んでみましょう。焦らなくていいから、ゆーっくり。そう。回していた魔素に、取り込んだ魔素が混じって、魔素の流れが大きくなる。大雨のあとの川をイメージして。いいですよ、回ってきた。それじゃあ、私が三つ数えたらそれを右手から一気に排出しますよ。肩、肘、手首へと魔力が流れて、右手から出ます。イメージ、イメージ。いきますよ。一つ、二つ、三つ……いま」
ロス先生のパンと手のひらを合わせる音で目を開けて、腕を振るう。
制御の感触は良し!……いい感じに光を放った。といってもそれだけだから、どうにもならないんだけ――ドゴォォオオン。
……………………ドゴォォオオン?
見ると、ターゲットが消失していた。
「はへあっ!?」と思わず変な声が出る。
近くにいた何人かも驚いているが、私が一番驚いている。
「なんで……」
いつもと違いがあるとしたら、鑑定式で教会が「夜」になったこと?
今生の私の属性は光魔法ではない?
誰かが、
「闇魔法……」
と呟くのが聞こえた。
だけど、闇魔法ならそれはそれで聖水晶が黒く、魔法適正が極めて高い場合でも、教会が暗黒に変わるはずだ。星々が輝く「夜」ではない。
ロス先生は口元に手を当てて、考えるモードになっている。
「闇魔法」という言葉の連想からエルミナ様を見る。
エルミナ様もこちらを見ている。
リュカだけが面白そうにけらけらと笑っていた。




