神殺しの剣
顔面に感じた生ぬるい竜の吐息で意識が戻った。
「魔王は……?」
「そこですわ」
ユナちゃんに介抱されていたエルミナが答える。
そこには、闇魔法を注いだリムのように、内側から徐々に形を喪っていく魔王の姿があった。
「よか……そ、う……。我は死ぬやもしれん。だが覚……よ、聖女に別地平の者よ。これは仮初の勝利だ。お前の魂が去ねば、我はまた肉体の権利を得る。そのときは、お前らが残したもの、大事にしてきたもの、最も楽…………ってや……。覚えて……。……して……恐、れ……」
魔王が最後まで言い終わることなく消えていった。
「終わりましたの……?」
「みたいですね」
「最後に呪いのような言葉をのこしていきましたわね」
「ねー、こわ」
「わたくしたちはこれからどうします?」
「どうって?」
言ってから、笑ってしまう。
王宮は全壊しているし、私の魔王疑惑は公的にはまだ全然晴れていないし。
「どうすればいいんでしょうね? わはは」
「国外逃亡でもしますぅ?」
「いいですね。ミューがいるから国境なんて楽勝ですよ」
エルミナが死ぬよりも嫌な顔をしていて楽しい。
「姉さん、この人まだ生きてる」
ユナちゃんが落ちていた王妃の呼吸を確認していた。
……この人が今この王国で一番偉いんだよな。
「ようし、王妃様になんとかしてもらうぞー」
「……それが妥当でしょうね。契約によると今から七日後に亡くなるそうですけれど。それまでにどれだけやらせられるかの勝負ですわね」
「よく魔王と戦いながらそこまで私たちの会話を聞けてましたね」
「あなたが口説いていましたから。情熱的に」
「高潔にね。上手くいくかは分からないけど、六日間ください。試したいことがあります。ユナちゃん、セイラは?」
「さあ。セイラは地上からで、別ルートで来たから」
「ここに」
「うおっ」
セイラがいた。
「なんか傷だらけじゃない?」
「剣聖一位がいましたので」
「え、勝ったの?」
「いえ、そこにいます」
「うおっ」
振り返ると、剣聖一位、第一皇女、カトレア卿の三点セットが全員ぼろぼろの状態で立っていた。
「あれ? 戦わなくていいの?」
「いいのよ。魔王が死んだんじゃあなーんにも意味がない」と第一皇女。
「望まれるのであれば、斬りますが」とセイラ。
その言葉に反応して刀に手をかける剣聖一位。
もう疲れたよ、という表情のカトレア卿。
「今日はもう止めておきましょう」と私の言葉に、全員が柄を離してくれた。
「良ければあとでお茶でも――」
言いかけたところで、空間が鼓動するようにぎゅんと歪んだ。
私だけに分かる聖女的な感覚ではなく、全員がそれを感じ取っていた。
歪みの中心に、小さな点が浮かんでいる……いや、視認できないのだけど、なぜだか浮かんでいることが認識る。
なにか朧げな揺らぎ、そして聞き覚えのある声。
「……っはっは…………わーはっはっはっは! なるほど! なるほどぁ! 行きつく肉体がなければ我は滅びると思っておったが、どうやら一足飛びで神にまで至ってしまったようであるな。なるほどなぁ! 女神の理屈! これが地平の理というものか! やるではないか! ロジックがキマっておる!」
「魔王……!」
「聖女よ、久しいな。だがお前のおかげで至った我はもはや王ではない。もはや神ぞ? 今や女神と同格である」
「神……」
「わーっはっは、ひれ伏せよ。神らしく、すべてを愛してやろう!」
「ステラ」
なけなしの気力体力をふしりぼってステラを撃ってみたけれど、まるで通っていなかった。エルミナの闇魔法も効果がない。
「はっはっは、愚かでかわいいぞ。神とは摂理である。魔法が通るわけなかろう」
〈神〉に魔法は通らない、なんて話をいつかどこかで聞いた気がする。……スレイ皇国のロジックだ。
「……ねえ、セイラ。なんか神らしいんだけど、ああいうのって斬れる?」
「実体のないものを斬る。師匠が最も得意としていたことの一つです」
「じゃあ任せるね。私はもう一歩も動けないから、あっちの方でやってくれる?」
「承知」
「ねえ、この子も混ぜてあげてくれない?」
ミヤ第一皇女が剣聖第一位イオリを前に出した。
「いいんですか。元魔王ですけど?」という私の問いに、
「目前に差し出された神を斬りたがらない刀なんて、私は要らないわ」と皇女が答えた。
「セイラの師匠が皇帝二代殺しとかいうレジェンドをやっちゃったせいで、最近のウチらはなにをしても格落ちみたいな扱いになってるワケ」とイオリが付け加える。「一緒にやろうぜ、神殺し」
セイラが小さく笑った。
「でしたら合わせてください」
「普通、三位が一位に合わせるもんじゃね?」
「私は元々三位ですから、イオリに合わせてもらえないと合わせられないですよ」
「なんか口が達者になったんじゃない」
「そうかもしれません」
「いいよ、合わせたげる。なに?」
「いえ。ユリシア皇女にも同じことを言われたなと思いまして」
「ああ、キリヱとやらかしたってときのやつね。ウチはいいと思うよ、今のセイラ。ウチらは刀なんだからさ、しなやかな方がよく斬れる」
「あなたにそう言われると、悪い気はしませんね」
「……やる?」
「いつでも」
二人の剣聖の姿が視界から消え、次に見えたのは魔神の一点で交わる二本の刀だった。
「ぬっ…、ぐぅ……」
という魔神の残響を残して、みんなまとめてフロアから消える。
どこに行ったか全然見えなかったけれど、まあいいや。
どうせ勝つだろう。
完全に出し尽くしたので、私は再度気を失いたいと思います。
おやすみなさい。
すやぁ。
◆◆◆◆◆
≪成果報告≫
・魔王討滅




