学園生活をスムーズに始めるのが上手い
早速翌日から授業が始まった。
貴族校は成績順でクラス分けがなされるから、エルミナ様もエディング第二王子もリュカもカイも毎回同じクラスである。
一方の私は、平民で筆記試験を受けていないからこのメンバーとは別の下貴族クラスになるのが常なのだけど、今生の私はエルミナ様の根回しか、同じクラスになってしまった。
リュカとカイが同じクラスで嬉しいポイントが三十点、エディング王子がいることでマイナス百点、エルミナ様でマイナス十点、トータルでいえばかなり負の組み分けである。
エディング王子は婚約者がいるのに言い寄ってくるから普通にマイナス百点だけど、それに比べたらエルミナ様はそこまで嫌じゃない。怖いし関わりたくもないけれど、意外と嫌いではない気もしている。明日にはまた嫌いになっているかもしれないけれど。
必修科目は大きく分けて、魔法学・歴史学・数学・文学・教養学の五つだ。教養学の中に修辞学だとか天体学だとか、その他諸々の学問が詰め込まれているイメージである。他に選択科目で経営学や宮仕え・技師(技工)などの授業も取れるけど、なんといっても授業時間数が圧倒的に多いのは魔法学だ。
魔法は貴族であっても十四歳の鑑定式までは使用を禁じられているから(実際はこんな規則誰も守ってなくてどこの貴族も小さいころから習っているのだけど)、学園が初めて魔法を触れる場となる(ということになっている)。
ある程度の魔法はすぐに使えるようになるけれど、特に高い魔力を持つ人間は魔力暴走の危険があるので、しっかりと制御を学ばなければいけない。王都を壊滅させたことがある私がいうんだから間違いない。
というわけで座学の授業で、
「魔法には、火、水、風、土の四元素があり、水と火、風と土など、この図の正反対に位置する魔法を組み合わせることで威力が~」「それとは別に光―闇の希少属性があり、光魔法の中に聖魔法、すなわち魔獣に対する浄化の力が~」「一般的に光魔法の中でも対魔に特化した聖魔法が使えて、かつ膨大な魔力を持つものが『聖女』と呼ばれており~」
なんてことをぼけーっと聞いた。初授業だったからみんなしっかりと聞いていたけれど、たぶん次回には半数は寝てると思う。そういうタイプの授業だった。
お昼休憩を挟んで午後はいよいよ魔法実技である。魔法実技だけはこの人生では全然練習をしてないから、かなり楽しみだ。食堂でしっかりと栄養補給をして……なんて思っていたら、いきなり盛り下がる光景に遭遇した。
「ねえ、なんとか言ったらどうなの?」
と、頭上から紅茶をじゃばじゃばとかけられている女生徒。タイの色的に、どっちも先輩。三年生のはずだ。
「男爵家ごときが私たちの席を使ってるんじゃあないわよ」
「ご、ごめんなさい。その、知らなくて……」
「そんなわけないよなあ。あんたの家のお得意は、取り入っておなさけの爵位をいただくことでしょう。ゴミまで調べて侯爵家のお気に入りを貢いだっていうじゃないの。気持ち悪いですわぁ」
「ふふ、おやめになったら。焼却炉の中まで調べられてしまいますわよ、うふふ」
「怖いですわぁ」
「いや、その、うちは……」
「私たち、今あなたとお話していないのですけど。あァン? 元へ・い・み・ん様は躾けもまともに受けていないようね」
「あなたのような最下層の人間はねえ、黙って床で食べてればいいんだよ」
と机のシチューを床にぶちまける。
「舐めなさい。伯爵家のいうことが聞こえないのか、平民」
私は三人の間に割って入るようにして、床にこぼされたシチューを食べた。
「は? なにあなた」
「これは失礼いたしました。平民に舐めろとおっしゃっていたのが聞こえまして、おそらくこの空間にいる平民は私だけかと思いましたので、その、つい……」
「つい?……はぁ?」
「あ、あなたねえ、身分を弁えなさい。身分が下の者から口を開くなど無礼千万。これだから教育を受けていないものは」
「申し訳ございません。身分が上の方からのご質問でしたので答えてしまいました。以後気をつけます。食事中の人間のお皿を床にぶちまけていい、というマナーも存じ上げておりませんでしたし、自身の不勉強を恥じずにはいられません。ああ、なるほど、伯爵令嬢様はこちらの方にもマナーを教えていらしたのですね」
「え、ええそうです。下位の者を教え、導くのがわたくしたち上位貴族の務めですから」
「その遍く慈愛に感服いたします。平民のことを考えてくださっている貴族の方がいるなんて、……平民にも愛を頂けるのでしょうか?」
床のシチューを舐めながら尋ねる。
「ええ、もちろんですわよ。なにか問題がありまして?」
私がごく普通に床のシチューを食べているせいで、返答がおろそかになっていてかわいい。
「でしたら、こちらの男爵令嬢様よりも、私を教育していただきたいです。いえ、お姉さま方は私を教育すべきです」
「じゃああなたもその汚いシチューをお食べになったら?」
「はい、すでにいただいています」
「なんで?……え、怖い……。もういいわ、行きましょう、お姉さま」
「喉が渇いてきたのですが、紅茶は自分から被ってもよいものなのでしょうか?」
「し、知りません! 行きますわよ!」
「次は絶対に私をいじめてくださいね!」
二人が去っていって、あとには取り囲む野次馬と、紅茶で髪がべちゃべちゃの男爵令嬢、床に落ちたシチューを食べつくした私だけが残された。
「お髪を整えられるとよろしいかと。侍女の方はいらっしゃいますか?」
と男爵令嬢に尋ねる。
「いません。私一人です。貴族といっても地方男爵ですから、雇う余裕もないのです」
「でしたらいいものがあるので、外のベンチにでも行きましょう」
と背中を押して中庭に行き、ガゼボにあった椅子に座らせる。
水の魔石を使って紅茶を洗い流し、風と火の魔石を組み合わせた装置のスイッチを入れる。
吹き出し口から、熱風が出てくる。ごおおおおおお。
「なんですか、これは?」
「ドライヤーといいます」
ユナちゃんのチート作品の一つだ。
「気持ち、いい」
「そう、頭皮が渇くのって気持ちいですよね」
「あの、先ほどはありがとうございました。それと申し訳ございません。私のために、あんなシチューを食べていただき……」
「流石はアルス王国魔法学園といったところですね。床がピカピカでした。下手をするとうちのお皿よりきれいだったかもしれません。それにあのシチューはまだほかほかでしたから」
「ふふ、面白い方。いえ、助けていただいた私がこんなことを言っていいものか分かりませんが、愉快でした。決して面白かったというわけではないのですが、ふふ、人ってどの感情を出力すればいいか分からないときって、自然と笑みが零れてしまいますのね」
「そうですね。世の中正解がないことばかりなのだから、笑っていた方が得かもと私は思っています」
「素敵なお考えですね。申し遅れました。私はユーリカ・フォン・エーデルと申します。あなたは?」
「ステラです」
「ああ、ではあなたが『夜の』の方? あ、いえ、蔑称ではなく」
「たぶんそうですね」
「勝手な想像で申し訳ないのですが、もっと聖女候補であることを鼻にかけているような方かと思っていました」
「だけど実際は落ちたシチューを食べる方だったというわけですね」
「お礼は必ずいたしますわ。なにがよいかしら……」
「だったら私とお友達になっていただけませんか?」
「え、いえ、あ、はい。もちろんです。私もお近づきになりたいとシチューを食べるステラ様を見て思っておりました」
「よろしくね、ユーリカ様」
「ステラ様」
ふたりでうふふと顔を見合わせた。
「……あの、失礼ですが、もしかして私っていらぬお世話でしたか?」
「あら、どうしてそう思われるの?」とユーリカが小さく首をかしげる。
「今お話していて思ったんですけど、ユーリカ様はあんな令嬢どもに後れを取る方じゃないでしょう?」
「そうですわね。お友達ですし、あけすけに話しましょう。私はあのときの周囲の表情で、伯爵令嬢のお二人に反感を抱いている家を知ることができました。家同士の関係性が分かっていれば、脆いところを切ることも、押して崩すこともできる、というのが我が家の考え方です。私の代で伯爵家までいけるといいのですけど」
「知らなかったこととはいえ、邪魔してしまいごめんなさい」
「いえ、ステラ様がシチューを召し上がっているときのみなさんのお顔が見れましたから。私のこれまでの人生の中で一番楽しかった瞬間かもしれません」
「えええ、みなさんどのようなお顔を?」
「それは、んふ、その、うふふふふ、とても言えませんわ、んふふ」
ユーリカ様がまだ笑っている。
彼女はかつての人生では話したことのなかった人物だ。だけどジル然り、新しい人生で新しい友好を築いてはいけないなんてことは決してないのだ。
「ユーリカ様は次の授業は何ですか?」
「王国史です。そちらは?」
「魔法演習です」
「あら、でしたらそろそろ向かわれた方がいいのでは?」
「ほんとだ! 楽しくて時間を忘れていました。それではまた。ごきげんよう」
「ごきげんよう」
というわけで先輩のお話相手ができた!




