プロローグ
「――以上の罪により、エルミナ・ファスタ・ツー・グルナート、貴女との婚約を破棄する」
演奏が止まり、しんと静まり返ったホールに、エディング第二王子の声が響く。
公衆の面前で突然の婚約破棄を言い渡されたエルミナ様はあっけにとられたように立ちすくんでいる……ように見えるのは、ただ単に彼女がそう見えるように振る舞っているからであることを私は重々に承知している。
エディング王子はエルミナ様に恥をかかせてやったぞとしたり顔だが、そもそもこの婚約破棄イベントを仕組んだのは、今まさに悪女の微笑みとともに口を開こうとしているエルミナ様ご自身なのだ。
この後のことも容易に予想できる。
国王の許可もなく勝手に婚約破棄を宣言したエディング第二王子は廃嫡。
グルナート公爵家への謝罪として、エルミナ様の婚約相手は第一王子のヨハン様に繰り上がり。また、大きな貸しを作ってしまった王家は公爵家には強く出られず、一つの駒となり下がる。そうしてエルミナ様とそのお父様であるカール宰相が帝国を影で支配するようになる。
そもそも、断罪イベント一つをここまで昇華させられるエルミナ様に、ぽっと出の平民聖女ごときが勝てるはずもなかったのだ。別に聖女がダメだったわけではない。勤めを果たし、お貴族様たちの学園生活を耐え、礼儀作法を学び、貧困地区を支援し、仲のいい友だちも作り、第二王子に好意を抱かれた。……好意を抱かれてしまった。
そこをエルミナ様に突かれてしまった。ステップアップのための政治の梯子になってしまった。
第二王子を誑かした聖女は、今後は国に徹底的に管理され、魔物の対処のためだけの道具として使われるだろう。地下牢みたいな部屋に監禁され、スープに虫が浮いてなければ甚だ僥倖、少ない水で身体を拭いて、あるいは兵士たちの慰み者にされるようになれば入浴もできるかもしれない。可哀想。そんな未来を悟ってか、もうすぐ王子ではなくなる第二王子の隣で、聖女様は絶望の表情を浮かべている。
……まあ、私がその可哀想な聖女なんですけど!!!!
なぜそんなに悲観的な予測をするのかって?
それはこの婚約破棄の破棄イベントをやるのが5回目だから。
死ぬたびに人生をやり直しているのに、絶対に碌な死に方をしないから。
十六歳。平民。王都下層済み。実家は雑貨屋。父母に妹が一人。
魔法属性:光
魔力等級:白銀。
そしてこれからボロ雑巾のように使い潰されるだけの、どうしようもない救国の聖女様だ。