89話 『ディアブロ』の幹部にヤられてしまうヤツ 前編
《吉永美優視点》
弟クンに縁がある場所巡り一ヶ所目は、何と言っても弟クンが毎日のように通っていた『軽鴨ジム』だ。
『軽鴨ジム』には会長を始めとした顔見知りが何人かいるので、私が知らない空白の9年間、弟クンがどんな時間を過ごしていたのかを知りたいという私の目的にピッタリな場所だ。
「お!君はユーキと偶に来ていたベッピンの嬢ちゃん!!
確か……ミユウちゃんだったか!?」
「やぁ、軽鴨会長。
ご無沙汰していたな。
私を覚えていてくれて嬉しいぞ」
ジムのドアを開けると、いきなり入り口近くのカウンターで何かの書類を見ていた会長と目が合った。
会長は私を見るなり満面の笑顔を浮かべて声をかけてくれた。
軽鴨会長が私の事を覚えていてくれた事が地味に嬉しい。
私も自然と笑顔になり、会長に言葉を返す。
「ミユウちゃん程の美人を忘れる訳ねえよ。
それにしても美しさにメチャクチャ磨きがかかったんじゃねえかい?」
「ふふふ、会長は相変わらず口が上手いな。
私を煽てても、ムエタイ選手時代の頃の後輩達の弟子を入会させるくらいしか出来ないぞ?」
「気持ちだけ有り難く受け取っとくぜ。
ミユウちゃんの後輩って事はガチ目な女子選手だろ?
女子選手の指導は色々と気い遣わんとならんからな…あ、おい!堀内!千堂!このベッピンさん誰だか分かるか!?」
会長と談笑していると、コレまた懐かしい2人がやって来た。
千堂は確か私と同い年で、今も現役のプロキック選手のはず。
堀内さんはユーキの才能にいち早く気が付いた敏腕トレーナーだ。
「え!?嘘!?ミユウちゃん!?
え!?嘘!?いやぁ、ココに来てた頃より更に綺麗になっちゃって!!
パッと見アイドルの子がエクササイズに来たのかと思ったよ!」
「クッ……ミユウかよ……何だ?まだユーキのヤツに惚れてんのか?」
堀内さんは白髪が増えたけど、昔と変わらない優しい笑顔で話しかけてくれた。
千堂のヤツは…まぁ、コイツは勝手に私との交際を賭けて弟クンにガチスパーを挑んでは、その度に病院送りにされていた残念な男だったな。
「堀内さん、久し振りだな。
元気そうで何よりだ。
千堂は……フッ!まだ結婚出来て無さそうなツラだな」
「何だと、ミユウテメェ!
ちょっと若々しいからってチョーシ乗んなよ!」
「おい、千堂。
わざわざミユウちゃんが訪ねてくれたんだから、そんな喧嘩腰にならなくても良いだろ。
さぁ、ミユウちゃん。
立ち話もなんだから上がって、上がって」
堀内さんの取りなしで、千堂とバチバチの言い合いにならずに済んだ。
やはり会長と堀内さんは良いな。接していてホッとする。
久し振りに実家に帰って来たような感覚だ。
私は堀内さんと軽鴨会長に応接室へと案内された。
「外観も立派になったが、中も随分と立派になったな。
昔は応接室なんて無かったと思うが」
「ははは!ついこの間迄はオンボロジムだったけどよ、ユーキのおかげで会員がメチャクチャ増えてな。
先月増改築の工事が終わったんだ!」
「そう言えば、ミユウちゃんも外国で探索者になったんだよね?
信じられるかい?あのユーキが今や日本を代表する探索者になったんだ」
「ああ。それを知って日本に戻って来る事にしたんだ。
弟クンは今子供さんも居るんだろう?
ニュースで見たくらいだが、昔の彼を更に幼くしたような感じでとても可愛らしい少年だった」
私が最近の弟クンと彼の息子の桐斗ちゃんの事に触れると、会長と堀内さんは少し気まずそうな表情になった。
「あ、ああ……そこまで知ってんだな……
俺はてっきりユーキはミユウちゃんと一緒になると思ってたんだけどよぉ……」
「僕もそう思ってました……
ミユウちゃんはユーキが高校の頃の事件も知ってるかな?」
「ああ。ヤク中から女子生徒を助けたんだろう?」
「ええ……その助けた女子生徒が彼の前の奥さん…ルナさんなんです」
何!?それは初めて聞いたな……だが、あの弟クンに命を救われて彼に惚れない女など居ないだろう。
彼の前の奥さんのルナさんの事はネットニュースで調べて情報は得ている。
テロリストのクソ男にエピノロロジウムを盛られて、マインドコントロールされていたんだとか……
とても気の毒に思うが、今は弟クンと和解して良好な関係を築けているのが不幸中の幸いか。
「私との婚約が白紙になったキッカケになった事件の被害者が、弟クンのハートを射止めたとは運命的なモノを感じるな。
ルナさんにも会ってみたいな」
「ああ……それはチィと難しいんじゃねえかな?
ルナちゃんは……その……なぁ?」
「え、ええ……ちょっとありましたから…」
「それも知ってるさ。
エピノロロジウムの影響で入院しているのだろう?
ルナさんとは彼女の状態が回復してから挨拶程度はしたいと思ってる」
私の知らない時期の弟クン情報を色々と持っているが、弟クンとの別れを強制されたも同然のルナさんに昔の話を聞くのは気が引ける。
軽い挨拶と簡単な弟クンとの関係性を話すくらいが丁度いいだろう。
「今日は私がロンドンに行った後の弟クンの話を聞きたくてな。
あ、例の事件の前までの彼の話を聞きたいんだ」
「ああ、ミユウちゃんが旅立ってからのユーキは何つーか、取り憑かれたみてえに鬼練に励んでだよなぁ?」
「ええ。僕の知り合いのトレーナーがいるボクシングジムにも通ったりして、ボクシング技術も吸収しましたから。
あ、そう言えば、ユーキがボクシングを初めて1ヶ月位の時に、元金メダリストの藍口竜樹に喧嘩を売ってガチスパーしたんだよ!」
堀内さんの口からとんでもない情報が飛び出した。
コレは凄い特ダネだゾ!?金メダリストに喧嘩を売るとは、流石じゃないか!弟クン!!
「ちょ、ちょっとその話を詳しく聞かせてくれ!」
「ありゃ、おったまげたよなぁ?
キックスパーでプロ相手にすら一度もダウンした事の無かったユーキが、1Rで2回もひっくり返ったつーんだから……」
「な、何!?
弟クンが2回も倒されたのか!?」
「まぁ、ボクシングルールのスパーですから当然と言えば当然だけどね。
でも、あの藍口からユーキも1回ダウンを奪ったんだから驚きだよ」
「は!?ボクシングスパーで藍口からダウンを奪ったのか!?
相手は不世出の天才ボクサーだぞ!?」
堀内さんから更に凄い情報が飛び出した。
藍口竜樹はボクシングに然程興味の無い私でも知っている程の稀代の天才だ。
現在、日本男子のボクシングは下はミニマム級、上はミドル級迄でプロの世界王者や金メダリストを排出して来た。
ただ、唯一の例外がウェルター級だ。
ミドル級の2階級下のウェルター級は世界一層が厚い階級と言われ、日本人には手の届かない階級と言われていた。
その固定概念を覆した天才・藍口竜樹が、ボクシングを初めて僅か1ヶ月の弟クンのパンチで初ダウンを喫したというのだから、疑うなと言う方が無理というモノだろう。
「間違い無いよ。
この間、藍口自身が配信の時にユーキのパンチで生涯唯一のダウンを喫して、ボコボコにされたと語っていたから。
最後にユーキをKOした…ああ、アマボクだからRSCにしたフィニッシュブローも完全にマグレ当たりだったって」
「ほ、本当か!?
弟クンめ…何処まで格闘技の天才っぷりを見せつければ気が済むんだ…」
「何言ってんだよ、ミユウちゃん。
ユーキがそれだけ直向きにミユウちゃんとの約束を果たしたかったって事だろ?」
「そうですよ。
アレから『もう絶対に誰にも負けない』って言って、トレーニング量を倍にしましたからね。
実際、藍口戦以降はプロボクサー相手のボクシングスパーを全て3R以内で倒してるし。
当時日本王者で今Sフェザー級王者の田邊亮作も高一のユーキに1Rで失神KOされてるよ。
高一から例の事件迄のユーキは誰かさんと結婚する為に、キックもボクシングも死に物狂いで練習したって事だね」
会長と堀内さんの言う通りだ。
当時の弟クンは私の為に相当な時間と労力を費やして、懸命に世界王者になろうとしていたんだ……
「弟クン……
会長、堀内さん、どうもありがとう。
今日はとても良い話を聞けて楽しかった。
今後もちょくちょく顔を見せに来る」
「ミユウちゃん、俺も久し振りに話せて良かったぜ。
いつでも遊びに来てくれよな!」
「僕も久し振りにお話しが出来て嬉しかったよ」
私は感激で涙が溢れそうになるのを堪えて席を立ち、会長と堀内さんに礼を言って軽鴨ジムを後にした。
うむ!弟クンはやはり最高の男だと再確信出来たゾ!
この調子で、明日以降も弟クン縁の地を巡って行こう!
◆◇◆◇◆
軽鴨ジムを出た後、私はネットで調べた浜松町の女性専用カプセルホテルに泊まる事にした。
行き当たりばったりの行動ばかりしていたので、結局晩御飯も時間が取れずにコンビニのオニギリだけになってしまったのが痛い。
日本への帰郷の二番目の楽しみが、美味しい日本食だったのだが、それは明日以降の楽しみとして今日はお風呂に入ってグッスリ眠ろう。
私は着替えとホテルのタオルを持って共有浴場へと向かったのだが……
何かがおかしい……何がおかしいのだろうか?……全てが自然な感じなのに……
誰かに覗かれているような……なのに人の気配は感じない……何かが引っかかる……
私は妙な胸騒ぎを覚えながらも、取り敢えず服を脱いでロッカーに入れた。
念の為の覗き対策として、バスタオルは持って行く事にした。
……やはり引っかかるぞ?
不自然な所が一つも無い所がおかしいのか!
初めての場所に来た時、人はほんの僅かな不自然さを其処彼処に感じるモノだ。
例えば、奇抜な格好をした人が目に付いたり、急に大きな物音がしたり、逆に思いの外静かだったり、思いがけない場所に人が居たり……
このカプセルホテルは余りにも違和感が少な過ぎたんだ!
物音も適度に抑えられ、人の話し声も適度に抑えられ、まるで私の周りがコントロールされているかのように感じる……
「……まさか!?」
一つの可能性に思い当たった私は、慌ててバスタオルで前を隠した。
そして、僅かな空気の揺らぎを感じ取り……
……シュッ!!
右側から肩口を狙ったと思しきナイフでの一撃を、私は瞬発的にスウェーで躱した。
直ぐに左側へ大きくステップしつつ、ナイフを繰り出した人物の方に向き直る。
男か……血色が悪く、ギョロ目……ロン毛が気持ち悪いのだが、一番気持ち悪いのは全裸な事だな……
男は左手にゴツ目のアーミーナイフ、右手にビニールテープを持っている。
ナイフの刃には赤紫色のヌルヌルしたモノが付着しているが、アレは『エピノロロジウム』粉末……別名『ブラッディー・スノウ』を、生理食塩液で溶かしたモノだろう。
「チィ……コレに反応するかよ?」
「このカプセルホテルは女性専用のハズだが、貴様は従業員なのか?
だとしたら、明日にでもネットにこのホテルの従業員は変態だと書き込みをさせて貰うが」
「そりゃ、無理な話だな。
アンタはコレから俺様に肉便器にされた後、ある場所に入って貰うからなぁ……
チッ、そのブレスレット……アンタ探索者か?」
ほう、この男は私の素性も知らずに認識阻害の魔導具を使ったのか……
『エピノロロジウム』を使い、私の素性も知らずに狙って来たという事は弟クンが壊滅させた『蜷川コーポレーション』の関係者か。
「貴様の狙いは弟ク…神城雄貴に近しい人間を拉致する事か?」
「ククク…まぁ、そんな所だ……
Aランク以上の探索者の名前と顔は頭に入ってるが、アンタのような美人の探索者は覚えが無え。
認識阻害のドロップ品の事は見破ったらしいが、所詮Bラン以下の雑魚だろう?
アンタは涎が出る程極上の美女だ。
大人しく俺のビッグマグナムをハメハメさせりゃあ、『エピノロロジウム』廃人にならなくて済むぜぇ?」
「フッ、そんな粗末なモノで良く誇れるな?
弟クンのモノは貴様の倍以上だ。
弟クン専用肉便器の私が、粗末な貴様を受け入れる訳が無いだろう?」
「ググッ……男はサイズだけじゃ無えって事を思い知らせてやるぜぇ!!」
粗末持ちのロン毛の男は私の言葉に表情を歪めると、一気に距離を詰めて来た。
コイツは恐らくレベリング済みだろうが、まだ能力を見せていない……
タオルでカラダを隠しながらの戦闘ではかなり厳しいぞ……




