78話 神城雄貴に焦がれるヤツ 前編
《吉永美優視点》
愛する弟クンに別れを告げ、日本を離れてロンドンに来て早くも9年が経った。
イギリスに来た理由。
それは、胸が大き過ぎて格闘家の道が閉ざされてしまった私にとって、強さを追求し続けられる道が探索者しか無いと考えたからだ。
当時の日本は民間人のダンジョン探索が認められていなかったし、民間人のダンジョン探索参入の予定すら無かった。
そこで、日本に見切りをつけ、ムエタイ選手時代にメインスポンサーだった『ギャルティエ』の本社があるイギリスへとやって来たのだ。
私が日本を離れる事を伝えた時、当時15歳だった弟クンは泣いていた。
勿論、私も初恋の相手と離れるのが辛過ぎて泣いてしまった。
弟クンは15歳にしてプロキックの選手相手にガチスパーでKOの山を築く程強くなっていた。
『世界一強い男になって、美優先生を嫁にするんだ!』と言っていた彼の言葉が現実味を増して来た時の別れ……
とても耐えられるモノじゃなかった。
勿論、自分が強くなる道を諦めて、弟クンの側で彼をサポートするという道も考えた。
……だが、幼い頃から積み上げた格闘家の本能に目を背ける事が出来なかった……
「ぅぅぅ……弟クン……私を……
抱いて……抱いてくれないだろうか?」
「え……?」
「コレが最後のお別れじゃない!
そ、そうだ!私は探索者として高みを目指す!
だから、弟クンはキックの世界王者になって、イギリスまで私を迎えに来てくれ!
私達は繋がってるって……繋がってるという証に、私の初めてを奪って欲しい!!」
私は勇気を振り絞って自分からおねだりをしてしまった……
今思い返しても顔から火が出る程恥ずかしいが、あの状況だったから言えた言葉だと思う。
そんな私の精一杯の言葉に、弟クンは……
「……嫌だ……」
「な、何故だ!?私は弟クンを……」
「俺は弟クンじゃねえ!雄貴だ!
名前で呼んでくれないと抱いてやるもんか!」
「……済まなかった……
……ゆ、雄貴、心から愛してる……
……わ、私を抱いて欲しい……」
「お、俺も……美優の事を愛してる……」
……私達は一つになった……天に昇る程幸せだった……
結構痛かったし、雄貴も私も初めてだというのに一晩で8回もしたが、とにかく幸せだった……
そして、私は日本を去った……
お互いに成長した姿で再会して結婚するという誓いを胸に、新天地のイギリスのロンドンへと旅立ったのだ……
最初の1年は本当に過酷だった。
英語力もお粗末でスマホの翻訳で何とか凌がなくてはならなかったし、『ギャルティエ』からの支援と引き換えに露出の激しい『ギャルティエ』製の装備品を着用しなくてはならなくて、何度も男共に襲われかけた。
何より、弟クンが恋しくて堪らなかった……
それでも誓いを思い出して、私はがむしゃらに探索者活動を行った。
これまでの格闘家としての蓄積と日々の修練、そしてEX職業スキル『姫騎士』のお陰で、私は2年でAランクになった。
同じ時期に弟クンから手紙が来た。
夏休みに日本最大手のキック団体『FULL BOCKO』が主催するアマルールの高校生大会に出るというモノだ。
絶対に優勝して、『FULL BOCKO』との専属契約を勝ち取る。そして、プロで世界王者になり、私を迎えに来ると書いていた。
涙が出るほど嬉しかった……いや、正確には大泣きした。
彼は私との約束を忘れていなかったのだと、こうしている今もハードワークに励んでいるのだと、とにかく感激したのだ。
また、DMやSNSではなく肉筆の手紙というのがイイ!
私の夜のオカズが、日本を去る前に貰った弟クンの生写真と愛用グローブに加えて、もう一品追加されたのだ。
……しかし、そんな幸せな気持ちも長くは続かなかった……
「そ、そんな……
弟クンが……格闘技を辞めた……だと!?」
『うん……ド素人を殴ってしまった罪は大きいって……
美優先生に会わせる顔が無いって、部屋に引きこもって泣いてるんです……』
弟クンから手紙が来てから3ヶ月後、神城からスカイプで衝撃的な事を告げられた。
何でも、夏休み前の終業式に乱入して来たヤク中を弟クンが殴って植物状態にしたらしく、その責任を取って格闘技を辞めると言ったらしい。
「ま、待てっ!相手のヤク中は刃物で人を刺し殺したんだろう!?
殴ったのだって、刺されそうな女子生徒を庇って反射的に殴ったモノで、正当防衛だったというじゃないか!」
『ええ……周りもそう言ったんです。
でも、本人の意思は固くて……美優先生に教えて貰ったカウンターの左フックはド素人を傷付けるモノじゃないって……』
私は何を言えば良いか分からなくなった。
スカイプを終えた後も暫く呆然として、結局その日の夜は一睡も出来なかった。
それから1ヶ月、また弟クンから手紙が届いた。
そこには一言……ゴメン……
よく見ると、インクが涙で滲んでいる……
それを見て、弟クンは身を裂かれるような思いでこの手紙を書いたのだろうと感じた。
彼がドン底の気持ちでいる時に、私までが後ろ向きになる訳には行かない。
「うん、今はショックが大き過ぎて、弟クンも立ち直れないだけだ!
世間が弟クンのような天才格闘家を放っておく訳がないじゃないか!!
何年かすれば、絶対に弟クンは格闘技界に復帰するハズだ!!」
私は自分に言い聞かせるように自宅マンションの寝室で声を張ると、新たなオカズで自らを慰めた……
あれから7年が経つが……
未だに弟クンがプロ格闘家になったという報せは来ない……
弟クンよ、私もそろそろ我慢の限界だぞ!?
私も30になり、女盛りだ。独りで慰め続けるのも限度がある!
これまで私は敢えて神城にも弟クンにも連絡をしなかった。
連絡してしまったら、最強の探索者になりたいという自分の決意が揺らいでしまいそうだったから。
これ迄は只管に自分の力を磨き続け、2年前にSSランクになり、世界ランカーにもなった。
世界ランキング入りしたタイミングで、探索者ネームをMIYUからYOSSYに変更した。
日本にいる人達に変に知られたくなかったから、配信中もマスクを被って素顔を晒さなかった。
弟クンに世界ランカーの知名度で近付いて来て欲しくないし、彼が世界王者になり、私が世界のトップ50に入ってから再会したい。
そう思って頑張って来たのに……
もう待つのも限界だ!そして、私の性欲も限界だ!
こうなったらもう相手など誰でも良い!これ以上の我慢はもう無理だ!
暴走した欲求不満な私は、探索者共が集うロンドン市街地のパブに行った。
いつもの『ギャルティエ』製の露出度の高い格好でだ。
「おう、ミユーじゃねえか!
相変わらず凄えソソるカッコしてんなぁ。
どうだ?俺と凄えハードな一発をかまそうぜ!」
「おい、やめろ!
ミユーは世界一位の男にしか興味がねえって有名だろ!
ボコされる前にズラかろうぜ!」
私がパブに足を踏み入れると、早速ゲスな男性探索者が声をかけて来た。
男を窘めるツレが言った『世界一位の男にしか興味がない』というのは、ナンパして来る探索者が多過ぎた為に使っていた断り文句だ。
彼は……名前も覚えていないが、お股もジュクジュクするし、もう彼で良いだろう。
こういう事は余り考え過ぎても良くない……
『ジャパンから凄えホットなニュースが入ったぜ!』
『ビル、それってどんなニュースなの?』
『アマンダ、驚き過ぎてお漏らしするなよ!?
何と、レベリング前のリアルニンジャがワーウルフを単独で倒したんだ!!』
『ええ!!信じられないわ!!
どうせCGかなんかでしょう?』
『良いや、CGなんかじゃないぜ!!
ニンジャの名前は“ユーキ・カミシロ”。24歳のハンサムガイだ!!』
勢いでゲスな男のお誘いにOKしそうになった時、パブで大音量で流れている探索者ニュースの頭の悪そうなキャスターの口から、想いびとの名が飛び出したのだった……。




