幕間 小さな恋のメモリー 前編
とある日の昼下がり。
今日は週に一度の瑠奈のお見舞いの日なので、桐斗と雪乃ちゃん、姉貴、皆川さんの4人で治療施設にやって来た。
まだ後遺症に悩まされる事はあるものの、経過は順調だという事なので、俺達はホッと一安心。
桐斗が一生懸命描いたママの似顔絵を渡すと、瑠奈は大粒の涙を流しながら桐斗を抱きしめた。
食事制限等は無いらしいので、お昼は皆んなで施設の食堂でご飯を食べて、施設の中庭で桐斗が得意の自転車を披露したり、皆んなでフリスビーキャッチボールをしたりと、ほんわかした時間を満喫した。
「うふふふ。遊び過ぎて疲れちゃったのね」
瑠奈の病室のベッドで、はしゃぎ過ぎて疲れた桐斗が瑠奈に添い寝をして貰って満足そうに寝息を立てている。
俺も雪乃ちゃんも姉貴も皆川さんも破顔しながら2人の様子を見つめていた。
「そう言えば、アンタ。
変なグラドルから裸の写真が送られたんだってね?
雪乃ちゃんを泣かせたら承知しないからね!」
桐斗が眠りについて30分程した時、不意に瑠奈が俺に鋭い視線を向けて忘れていたDMの件を持ち出して来た。
「いや、アレは速攻で削除したし、雪乃ちゃんを泣かすような事はしてねぇよ」
「ふーん、どうだか」
何だ、瑠奈のヤツ。この間から妙に絡んで来るなぁ。
「俺はグラドルなんて連中には一ミリも興味無いし、皆川さんに頼んでブロックして貰ったから二度とやり取りしないって。
そもそも、あのグラドルもバズりたいから数字のある俺にあんな変な事をしただけで、俺なんかと親密になりたいなんて思っちゃいないさ」
「アンタ、マジでそんな風に考えてるの?」
「ハァ……ダメだわ瑠奈ちゃん。
コイツはマジで分かってないみたい」
俺がグラドルと無関係な事を伝えると、瑠奈と姉貴が2人してジト目を向けて来やがった。
くそう…何であんな訳分からんグラドルの事でグチグチ責められなきゃならんのだ!?
「雄貴さぁ、アンタホントに女の子の気持ち分かってないよね?
昔っから超鈍感なんだから。
マトモに初恋すら経験して無いんでしょ?」
「おいおい、流石に俺だって初恋くらい経験してるって、馬鹿にするのも大概にしろ」
瑠奈は更に俺をディスって来たが、流石に初恋の経験すら無いと言うのは言い過ぎだろう。
「は!?本当に!?
初恋した事あるの!?誰に!?」
「え、私もソレ聞きたいです!?
相手はどんな人ですか!?」
「何で初恋の事、お姉ちゃんにも黙ってるのよ!
いつ誰に恋したって言うのよ!?
ちゃんと白状しなさい!」
「へぇ、雄貴君が初恋の経験が有るとは意外だなぁ。
僕も担当マネージャーとして、是非聞いておきたいな!」
何故雪乃ちゃんや皆川さんまで意外みたいなリアクションなんだよ!
て言うか、皆川さんの言い方が一番傷付くな。
「チッ、まぁ別に隠すような事でも無いし、いいけどさ…
俺が最強を目指すキッカケになった原点でも有るしな」
俺は若干イラっとしながらも、当時の事を思い出しながら思い出話を始めたのだった。
ーーーーーーーーーー
アレは今から14年前。
俺が10歳の時の夏休みの事だった…
その日、俺は姉貴に無理矢理熱海の海岸に連れて行かれ、めちゃくちゃ不貞腐れていた。
本当であれば同じクラスの友達3人と山梨県の笛吹市にカブトムシを取りに行く予定だったんだから、当時小5だった俺も不機嫌になって当然だろう。
何故、熱海に来たのか?
それはムエタイの全国大会を控えた姉貴の強化合宿の為である。
どうせ練習でヘトヘトになるから、俺に雑用を擦りつけようとでもしたんだろう。
勿論全力で拒否したんだが、当時10歳のガキにとって中2の姉貴との体力差は凄まじかった。
首相撲から膝蹴りを10発も喰らうと、抗う体力も無くなってしまったのだ。
そんな感じで不貞腐れていた俺は、頼まれていたビーチでの荷物番も放ったらかして、海でしこたま泳いでいた。
姉貴の荷物意外にも高校生の先輩達の荷物も有ったようだが、そんなモノ盗まれようが俺には知った事じゃない。
「雄貴ぃ!!アンタ、荷物放ったらかして何遊んでるのよ!!」
俺がゴムボートで一休みしていると、鬼の形相の姉貴に無理矢理ヘッドロックをされてしまった。
姉貴のヘッドロックは万力で絞められているのかと思う程強力だ。
「イデデテ!姉ちゃん痛いって!
放せってば、このゴリラ女!!」
「何ぃ!?また腹立つ事言って!」
「神城、何をやってる!
ダッシュがまだ残ってるぞ!」
ゴリラ呼ばわりされた事に腹を立てた姉貴が更に俺を絞め上げようとした瞬間、凛とした女性の声が響いた。
姉貴は一瞬ビクッとして、直ぐにヘッドロックを解いた。
「ん?君が話に聞いていた神城の弟クンかな?
随分と可愛らしい坊やじゃないか」
ピンチから救ってくれた声の主を見て、俺は思わず固まってしまった……
めっちゃヒモみたいな水着着てる……
そう、その女性は真っ白な紐のようなワンピース水着を着ていたのだ。
大事な部分しか隠れていないキワッキワのヤツを着たその女性は、ペチャパイの姉貴とは比較にならない程のダイナマイトなバディを誇っており、まだ異性に微塵も興味の無かった俺ですら目が釘付けになった。
「コラ!美優先生に挨拶しなさい!」
「イデェッ!」
「おい、神城!弟クンを殴るんじゃない!
可哀想じゃないか!」
美優先生と呼ばれた女性は痴女なだけで無く、とても優しい女性だった。
話口調は男っぽいが、ボディはダイナマイトだし、青銀に染めた髪は美人な顔立ちにマッチしまくっていて、俺はほんのりと彼女に好意を抱いた。
「ゴリラ女から助けてくれてありがとう。
俺、神城雄貴!カブトムシが大好きなんだ!」
「ははは!本当に可愛い弟クンだな!
初めまして、私は吉永美優だ!
ヨロシクな!」
「雄貴、美優先生はお姉ちゃんのお師匠なんだから、ちゃんとしなさいよ!」
俺はその時から美優先生から目が離せなくなった。
何故ならば、今にも色々とはみ出しそうな水着を着ているにも関わらず、どれだけ激しく動こうとも一瞬たりともポロリしないのだから……
砂浜ダッシュの時も、シャドウの時も、ミット打ちの時も、一切ポロリをしない。
俺は美優先生の動きを一瞬も見逃すまいと、目をギンギンに見開いて練習風景を注視した。
勿論、当時小5だった俺にやましい気持ちなんて微塵も無い。
ただ、色々とはみ出したら美優先生に注意してあげたら、俺をカッコいいとか思ってくれるだろうと期待していたんだ。
「ん…?何か、あの水着おかしいぞ?」
俺はある異変に気付いた。
何と、美優先生の水着が汗に濡れて肌に張り付き、めっちゃ透けているのだ。
だが、どういう訳か大事な部分だけは上手くシワになっていて透けてない……
幾ら動いてもはみ出さないし、透けても大事な部分はガードされるって凄え技術だぜ……
「美優先生、私のカーフキックどうだった?」
「ああ。モーションもコンパクトだし、あのカーフは次の大会で神城の新たな武器になると思うぞ」
「やったぁ!先生のお墨付きを貰ったぁ!」
俺が美優先生の水着の性能に驚いていると、午前中の練習が終わったようで姉貴と美優先生が談笑しながら此方に歩いて来た。
「ハァ……同じムエタイをしている女なのに、こうも違うのか……
片やチョー美人で、優しくて、ナイスバディ……
それに引き換え、おかっぱゴリラは女っぽさのカケラもねえな……」
「そうか?おかっぱはおかっぱで溌剌な感じで可愛らしいじゃねえか」
「うわぁっ!何だよ、オッサン!
いつからそこに居たんだ?
水着姿の美優先生を覗きに来た変態かよ!?」
俺が両者の対比を口にしていると、急に背後から声がした。
慌てて振り返ると、アロハシャツにショーパンにサンダルというラフな格好をした40過ぎくらいのオッサンが立っていた。
「別に覗きなんかじゃねえよ。
それよりお前さん、ガキのくせに随分と偏った目で女を見るんだな」
「ガキじゃねえ!
雄貴っつう名前があるんだ!」
「ははは、ソイツは悪かった。
じゃあ雄貴、お前のさんの偏った意見を聞こうじゃねえか」
オッサンは人の良さそうな笑顔で俺に詫びを入れて、話を促して来た。
「俺は別に偏ってないぜ!
女らしさ満点の美優先生と並んだら一目瞭然だろ?
姉ちゃんと来たら、腕は筋張っていて人を何人か殺してそうなゴツい拳をしてさぁ、脚も筋肉が浮き出てゴツい。
更に瞳孔が猫科の獣みたいな縦線なのも頂けねえし、犬歯まで生えてて、見るからに危ないヤツじゃんか」
「おいおい、瞳孔が縦線とか犬歯なんてのは生まれ付きのモノなんだから貶すのはよせよ……
ん?てか、今コズエの事を姉ちゃんっつったのか?
お前、コズエの弟かよ!」
オッサンはバカでかいリアクションで俺を弟なのかと問いただした。
「ああ。俺は神城雄貴。
カブトムシが大好きな小学5年だゼ!!」
「おお、マジかよ!
弟が居るとは聞いてたが、こんな可愛らしい顔をしてるとは思わんかったぞ!
ああ、失礼。
俺は田西正文っつーモンだ。
先月からコズエのトレーナーをしている」
何と、アロハシャツの怪しいオッサンは、姉貴のトレーナーだった……
ヤベェ……俺、姉ちゃんの知り合いの前で、姉ちゃんのコトをボロクソに言っちゃったゼ……
真夏の熱海に戦慄が走ったのだった……。




