4話 お店で魔物?に遭遇したんですけど!? 前編
探索者になるぞ宣言をして二周目の土曜日。
魔石加工の工場は土日休みなので、今日は激しい朝の走り込みの後、午前中から昼過ぎにかけて桐斗とお台場に出来た大型遊園地を満喫した。
ダンジョン資源による恩恵は我々一般庶民の生活にも浸透しており、昔では考えられなかった完全に空を浮遊する円盤型の乗り物があった。
コレには桐斗も大興奮で、何度も行列に並ぶ羽目になった。
まぁ、可愛い桐斗の笑顔をスマホに収められまくったから、2時間並んだくらい屁でも無いんだけど。
その後も本物の馬のような挙動をするメリーゴーランドに乗ったり、幻覚効果を利用した巨大ドラゴンと戦うアトラクションを堪能して、親子共々大満足の一日だった。
桐斗はまだ遊びたいとゴネたけど、今日はお台場ダンジョン近くにある探索者用装備品ショップで買い物をするという予定も立てていたので、ゴネる桐斗を何とか宥めてショップへと向かったのだが……
「パパァ、あれ!ヘッタらよ!?」
店内に設けられていた有名探索者の装備品のレプリカを販売するブースに、桐斗がメチャクチャ目を輝かせている。
「ヘッタのけんがほちい!ヘッタのけんかってぇ!」
「いや、ヘクターの剣はレプリカでも高いんだよ。
月給40万の工場労働者のパパにはとても買えないって」
「やぁぁ!ヘッタのけんかうの〜!」
ヤバい…桐斗がめっちゃゴネている。
息子可愛さに探索者になる事を決めた俺だが、何でもかんでも桐斗の要求を聞いていたら生活がままならなくなる。
何より、桐斗が将来堪え性の無い人間になってしまう。
此処はビシッと言って聞かせねば……
「良いかい?桐斗。
ヘクターの持っている剣は両手で持つヤツなんだ。
でも、パパはヘクターより強くなるから、ヘクターの剣よりも凄い片手剣を買うんだよ」
「えぇ!ヘッタのけんよりしゅごいけんかうの?」
「ああ、そうさ。
桐斗に約束しただろ?パパはヘクターより強くなるって」
「うん!パパ、ヘッタになりゅもんね!」
良し!何とか父親らしくビシッと言ったゾ!
幼い息子を煙に巻いたとか言うのはナシだ。ヘクターの装備を真似るのは俺にはデメリットしか無いのは確かだからな。
ふぅ…危うく200万の両手剣を買わされる所だったぜ。
「プププ〜!おい、聞いたか!?
あの兄さん、ヘクターより強くなるとかほざいてたぞ!」
「おいおい、お兄さん。可愛い子供に嘘付いちゃダメだろ?」
「可愛いボクちゃん。パパは嘘をついているぞ。
騙されちゃダメだぞ?」
俺が桐斗を宥めるのに成功して一息付いていると、大学生っぽい3人組がニヤニヤしながら此方へとやって来た。
コイツら、可愛い桐斗に俺を嘘吐きだと吐かしやがったぞ!?マジでムカつくんですけど!?
「パパはうそちゅかないもん!ヘッタになりゅやくそくちたもん!」
「そうだ。俺は嘘などついていない。
ヘクターみたいなど素人、3年で追い抜いてやるぜ!」
「は!?元世界86位のヒーローをバカにしてんじゃ無えぞ?」
「いるんだよなぁ。パーティーが全滅した途端に掌返して雑魚呼ばわりするイタいヤツ」
「大口叩くアンタはさぁ、何ランクな訳?」
コイツらマジしつけえ。
土曜日で客も多いし、店員も此方に気が回らないようだ。
此処はサクッと頭を下げてスルーするに限るか。
「ああ、別に悪気は無いんだ。
ヘクターファンだったなら済まなかったな。
じゃあ、俺らは買物があるから」
俺はこれ以上面倒い事になる前に、桐斗を抱いてそそくさと武器のコーナーへと向かったのだった。
◆◇◆◇◆
「あらぁ、ハンサムなお兄さぁん。アナタ、もしかしなくてもど素人ね?」
俺が沢山並ぶ片手剣を手に取って色々と確かめて居ると、俺をど素人呼ばわりする野太い声が響いた。
声の方に目線を向けた俺は固まった。
コ、コイツ…ダンジョン内魔物か?
声の主は……凄く異質だ。
先ず背がデカい…183センチの俺が見上げる程だ。恐らく2メートル越えだろう。
身長に負けないデカい骨格に搭載されている筋肉は、海外のヘビー級格闘家よりも発達して見える。
何よりコイツの容貌がヤバい…
額がM字な感じで禿げ上がっている事を隠す為に髪を五厘に刈っているのはいい……
……だが、このゴツゴツとした顔面にゴテゴテと化粧品を塗りたくっているのは、何かの間違いであって欲しい……
目の周りは青と銀が混じったような色に煌めいており、瞼には瞬きをする度に風が起こりそうな付け睫が付いている……
そして、妙に存在感のある分厚い唇は赤くヌラヌラとして、食虫花のようだ……
そして服装もヤバい……デカい大胸筋が邪魔をして、ブルゾンのジップが上まで上がらずに胸元がはだけているのはまだご愛嬌。
パッツパツでキッワキワのピンクのショーパンを履いているのが、コイツの異質な雰囲気を二段階上のステージに引き上げている……。
「あらぁぁん、アタシの顔に何か付いてるぅぅ?
付いちゃってるのぉぉん?」
ヤバい、さっきの大学生達ならまだしも、コイツに目を付けられるのはヤバい…
「おいたん、おくちにちがちゅいてりゅ!」
い、イカン!桐斗がヤツに声をかけてしまった!!
「あらぁ、天使みたいに可愛い坊やねぇん。
でも、アタシはオジサンじゃなくて、お・ネ・ェ・さ・ん。
皆んなからはナンシィ(仮)って呼ばれてるの」
な、何故あだ名の後ろに(仮)が付くんだっ!?
いや、それどころじゃねえ!化け物が桐斗を食おうとしゃがもうとしてやがる!
俺はヤツが膝を折るタイミングを見計らって、ヤツの左膝裏に軽く蹴りを入れた。
片膝がカクンとなってバランスを崩した所で、俺は速攻で回り込んで桐斗を抱き上げた。
「桐斗、大丈夫か!?」
「うん!なんちぃねぃたんおもちろいの!
おくちにちぃちゅいてるの!」
親の気も知らずに、桐斗は呑気な事を言ってニコニコしている。
桐斗はヤツをアトラクションか何かだと思っているのか?
「アナタ……今アタシに何してくれちゃったワケ?」
俺が桐斗が無事だという事に安堵していると、オーガ顔負けの雰囲気を醸すナンシィ(仮)が地獄から響いているかのような重厚な低音ボイスを発した。
こ、コレは戦闘不可避なヤツか?
俺はいつでも攻撃可能な体勢に入りつつ、ヤツの問いかけに答えたのだった。