3話 神城雄貴の過去
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《オヤッさん視点》
ユーキがメチャクチャハードな練習を終えて、天使な息子ちゃんとコズエと共に帰って行く後ろ姿を見送りながら、俺は深く溜息を吐いた。
「会長、ユーキは相変わらずでしたね。
何年も格闘技から離れていたとは思えない身体のキレでした」
不意に声をかけて来たのはトレーナーの堀内だ。
コイツはユーキが14歳でこのジムに通い出した頃からトレーナーをしている。
そう言やぁ、ユーキの才能にいち早く気付いたのが、この堀内だったな。
「いいや、ジムに通っていた頃以上に動きの精度が高え。
何より、打撃の威力がメチャクチャ上がってやがる」
「あの頃以上ですか!?
……そうですか……
でしたら尚更、あれ程の逸材がプロデビュー出来なかった事が余計に悔やまれますね…」
俺は堀内の言葉を聞き、かつてユーキがジムに通っていた時の事を思い出していた。
ーーーーーーーーーー
ジムにクソ生意気な中二のガキがやって来たのは今から10年前。
ちょうど世界中にダンジョンが出現した年だった。
世間がピリつく中、突然やって来たガキの第一声は、『俺こそが最強だ!!』という何とも中二っぽい言葉。
俺はどうせその手のガキは2〜3日で来なくなるだろうとタカを括っていた……だが。
「会長!ユーキはセンスがズバ抜けてます!
自分が専属トレーナーになっても良いですか!?」
それから1週間後、堀内が俺の部屋に入って来て、興奮気味に問いかけて来た。
普段冷静な堀内にしては珍しい事だ。
トレーナーになって僅か3年だが、堀内の見る目に間違いは無い。
このオンボロジムから2人の選手をトッププロに育て上げた堀内にそこまで言わせるとは……
俺は中二のガキの事が気になり、堀内との練習を見てみる事にした。
ガキのバンテージの巻き方からしても、ズブの素人で間違い無い。
にも関わらず、鏡の前でシャドーをする姿は実に様になってやがる。
いや…様になっているどころじゃ無えぞ?
何だよ、あのワンツーは?ハンドスピードが速いだけじゃ無え!しっかりと体重も乗せてやがる…
キックの方も軸がまるでブレてねえ…つうか、プロ志望練習生3人の手本にしたいくらい完璧なキックだぜ。
普通、1週間でこれ程のシャドーが出来るか!?
おいおい、ステップワークも抜群じゃねえか!!何だよ、このガキは!?
俺がガキの一挙手一投足に見惚れていると、シャドーを5R終えたガキはサンドバッグの方へ移動した。
ズバァァァアンッ!!
凄まじいスピードで振られたガキの右足がサンドバッグを捉えると、爆音と共にサンドバッグが有り得ない程揺れた。
まるでヘビー級の蹴りだぜ…あのガキは中坊にしちゃ背が高いが線が細い。
せいぜいライト級程度の体重であの威力か……減量を考えたらフェザー級だろうか。
いや、中二ならまだ背は伸びるし、骨格もまだデカくなるだろう。
プロになる頃には……って、何考えてんだ俺は!?
まだ入って1週間のガキなんぞ、プロになるかも分からねえってのに。
それはともかくとして、堀内があれだけテンションが上がるのも頷けるな。
後は、あんなチャラついたガキが打撃を受けてもビビらないかだな……打撃のセンスが有っても、相手に打たれる事を極度に怖がるヤツはゴロゴロいる。
チィと早過ぎるが、プロ志望の練習生とマススパーでもやらせるか。
ヘッドギアとレガースを付けさせたマスなら、ガキも怪我はしねえだろ。
当時の俺はそんな甘い考えで、ジムの端でウォームアップをするプロ志望の千堂に、ガキとのスパーを命じた。
◆◇◆◇◆
「会長!ユーキにスパーをさせるなんて、何を考えてるんですか!?」
俺がガキにもスパーをするよう伝えると、案の定堀内が噛み付いて来た。
「まぁ、マスだから怪我はしねえさ。
実戦の時の動きを見る程度だ。危なかったらすぐ止めるって」
「絶対ですよ!?千堂は来月アマの大会に出るんですからね?
おい、千堂!!ユーキを中学生だと思って舐めるな!!
試合のつもりでやれ!」
何?堀内の言い方だと、ガキが怪我するのを心配したんじゃねえのか!?
堀内の言葉を聞き、俺はユーキというガキがどれ程のモノなのか、スパーを注視する事にしたんだが…
タイマーのブザーが鳴り、2人がグローブを合わせると、ユーキは両腕を下げて独特なリズムでステップワークを始めた。
妙に距離を開けていて、アレでは千堂の攻撃も当たらないが、ユーキの攻撃も当たらない。
千堂は少しずつ距離を詰めて、牽制の左ローを放つが、ユーキはステップバックで躱し、また距離を取る。
やはり、打撃が怖いお坊ちゃんつー…
ドバンッ!!
「千堂!千堂!!誰か、救急車を!!
千堂!!聞こえるか!?」
俺がユーキをビビり小僧と断じていると、再び蹴りの間合いに入った千堂が見せた右ミドルの初動と同時に、凄まじいスピードで懐に入ったユーキの右ストレートが千堂の顔面に炸裂した。
千堂の頭部は思い切り後方に弾かれ、そのまま後頭部をキャンバスに打ち付けるように倒れた。
う、嘘だろ…?千堂はまだアマの大会にしか出てねえが、戦績は6戦5勝1敗でウチの練習生の中じゃぁ一番の有望株だ。
千堂は完全に失神しており、目を覚ます気配が無い。
その後、千堂は15分程して到着した救急車に乗せられた。
堀内がそのまま付き添いで救急車に乗り込んだが、俺は千堂の心配よりもユーキの恐ろしい才能の事で頭が一杯だった。
「おい、ユーキっつったな?
何で素人のお前があんな凄えカウンターを打てるんだ?」
「ん?これまで沢山プロの試合見て来たし、毎朝公園でシャドーしまくってたから身体が反応出来たんじゃん?
あの兄ちゃん、蹴りの予備動作デカいから、目に入った瞬間に朝練と同じように反応出来たって感じかな。
つーか、さっきのスパー誰か動画撮って無えの?
俺、カウンターの時の自分のモーション見てえんだけど?」
俺はユーキの返事を聞いて愕然とした。
朝のシャドーだけで普通はあんなカウンターは打てねえ。
それに、千堂の予備動作がデカいだと?
確かにプロ選手と比べたらまだ技術的に甘いが、それでもアイツはこの3年間の練習でかなり力を付けていた。
素人が予備動作を見切れる訳がねえ。
もし、ユーキの言葉が本当なら、コイツはメチャクチャ目が良くて、予備動作を見た瞬間に身体が反応出来る程、繰り返し同じ動きを反復して来た事になる。
天性の才能を持ち、更には猛練習に励む真面目さも併せ持っている逸材なんぞ中々居ない。
俺はその日から堀内と共にユーキの練習に付きっきりになった。
◆◇◆◇◆
それから3年が経ち、ユーキは高2になっていた。
あれ以来ジムが休みの日以外は毎日ユーキは練習に来ている。
それどころか、ウチ所属のプロ選手の遠藤とトキオの合宿にも参加したりと、練習メニューはプロと同じモノをこなしている。
そして、ユーキに対して俺と堀内が教える事は何も無くなっていた。
情け無い話だが、ユーキ程の天才に俺達は出会った事が無く、ヤツが中3の時点で教えられる技術は無くなっていたのだ。
それでも、ユーキは堀内や俺に時折アドバイスを求めて来たり、撮影していた自分の動きの解析を一緒にして欲しいと頼まれる事もある。
最近は生意気な感じも抜け来て、俺はユーキを実の息子のように思っていた。
そんなユーキが、いよいよ高校生のアマチュアキックの大会に出場する事になった。
その大会というのは、プロキック最大手の『FULL BOCKO』主催で、高校生ファイターによるアマチュアルールでトーナメント制で行われる。
優勝者には高校卒業後に『FULL BOCKO』と専属契約が結ばれる確約が得られる。
最近プロになりたいと口にするようになったユーキには打ってつけの大会だ。
そんなユーキは明確な目標が出来た事で、毎日気合の入った表情でプロ練に取り組んでいた。
そんな時にあの事件が起きたんだ……
大会を1週間後に控えたその日は、ユーキの高校の1学期終業式だった。
後からユーキから聞いた話では、校長の長話の途中で体育館に入って来た3年の不良生徒が、急に訳の分からない事を叫びながら柳刃包丁を振り回したらしい。
クラスの列の後ろに居た生徒達が次々と切り付けられ、止めに行った教師達も大怪我を負ったようだ。
クラスで一番背が高かったユーキは不良生徒に刺されそうになった女子生徒を庇って間に入った。
刺突の動作に入る不良生徒。
ユーキは野郎の包丁を握る右腕の手首に、左手の甲を叩き付けて刺突の軌道を逸らした。
同時にユーキが放ったリターンの右フックは不良生徒の側頭部を思い切り捉えた。
正に、ヤツが練習していた理想のカウンターが炸裂した訳だ。
後に報道された所では、不良生徒はヤバいドラッグに手を出して、錯乱して凶行に及んだらしい。
不良生徒に刺されたり斬られて死んだ生徒は3名。
重傷者は教師を含めて8名。
そして……
ユーキのカウンターを食らった不良生徒は脳と頸椎に重度の損傷を負い、首から下が全く動かなくなった……
ユーキは当然正当防衛が認められて罪には問われなかったが、それでも格闘技の練習をしている自分が素人を殴ってしまったという自責の念に駆られたユーキは、アマチュア大会出場を辞退した。
あの事件により、不世出の天才は格闘家になる夢を捨てたのだ……。
ーーーーーーーーーー
「……息子さんが出来て、ユーキも前に進もうと思ったんでしょうね」
「そうかもな。
まぁ、格闘家じゃなく探索者としてデビューするのは残念だがな。
探索者の活動にヤツの格闘技の才能が生きてくれりゃあ、俺らのあの日々の苦労も報われる気がするぜ」
「ですね。
自分も会長も手を痛めてまで、ユーキのミットを持ってましたから…」
俺は堀内と過去を懐かしみながら言葉を交わし、オンボロジムへと入って行った。
次回は明日19時投稿予定です。