34話 黒歴史を語りますけど!? 後編
あれは高校1年の頃だった。
キックの技術を学び尽くした当時の俺はパンチの技術を伸ばしたいと考えており、トレーナーの堀口さんに頼んで彼の知り合いのボクシングジムへと出稽古に行かせて貰っていた。
初めて学ぶボクシングは実に新鮮だった。
先ずは距離が違う。
そして、パンチの打ち方…と言うか身体の使い方もまるで違う。
当初は適当にボクシングスパーをやれれば良いくらいに考えていたが、未経験の技術に惹かれた俺は堀口さんの知り合いの柴田さんというトレーナーがいる『丸蟹ボクシングジム』にも週2で通う事にしたのだった。
◆◇◆◇◆
「ストップ!ストップだ、藍口!!」
「梶尾!おい、大丈夫か!?
誰か、救急車を呼べ!!早くしろ!!」
俺が『丸蟹ジム』に通うようになって一ヶ月が過ぎた頃だった。
『軽鴨ジム』でキックのプロ練を終えた俺が丸蟹に着くと、ジム内はとても慌ただしい状態だった。
柴田トレーナーがグッタリする梶尾君を抱き抱えており、他のトレーナー達も慌てた様子で右往左往している。
「藍口、相手の意識がトんでるのは分かっていただろ!?
どうして追撃した!?」
「……ガッカリしたからですよ」
「は!?何を言ってる!?」
「ああ、すみません。
梶尾選手ってプロの日本ランカーなんですよね?
それなのに、余りに弱過ぎてついイラっと来てやってしまいました」
「バ!……バカ!
もっと声を落とせ!先方さんに聞こえるだろ!」
「別に聞こえたって良いでしょう?
それより、他にスパー出来る人居ないんすか?たった1Rで終わっちゃって、正直消化不良なんですけど」
リングサイドに居た2人組の話の内容と、1人がヘッドギアとデカいグローブを付けている所から、梶尾さんをヤッたのはアイツだろう。
「おい、兄チャン。
スパーなら俺がしてやる。
俺がブチのめしてやるから準備が出来るまで待っとけ」
「ん?君は高校生かな?
やめておいた方が良い。ケガするよ」
「何だ?高校生の俺に負けるのが怖いのか?」
「……ハハハハハ……
……
クソガキ!調子乗ってんじゃねえぞ!
やってやんよぉ!!」
こうして藍口竜樹とのスパーリングが決定したのだった。
当然、向こうのコーチみたいなオッサンと柴田トレーナーから止められたが、全くお構い無しに俺はバンテージを巻き、アップをしてリングに上がった……。
スパァン!!ドッ!!
「……」
初っ端のジャブにまるで反応出来なかった俺は、思い切りヤツのワンツーを貰ってしまった。
辛うじてストレートの時に反射的にスウェーしていたので、ツーの当たりが浅かった事が幸いだ。
それにしても藍口のジャブは予備動作が殆ど無しで飛んで来る。
身長もリーチも俺の方が上だ。
先ずは見に徹しよう。
即座に戦法を決めた俺は得意の足捌きで距離を置き、暫く藍口のパンチを距離で外す事に集中した。
それでもヤツのステップインからのジャブやボディストレートを何発か貰ってしまう。
ボクシングは手しか使わないので、キックのプロ(の練習を腐る程積んで来ただけ)である俺からすると余裕だろうと思っていたが、ボクシングはそれ程甘い競技では無かった。
パンチしか無い故に、一発を当てる為の技術や工夫、駆け引きが凄い。
距離を取っても詰めてキレのあるパンチを打ち込んで来る藍口に対する打開策が浮かばず、焦って右ストレートを打った俺の側頭部が凄まじい衝撃に襲われた。
藍口の左フックのプルカウンターがヒットしたのだ。
俺は初めてダウンした。
「もう終わりだ、藍口!!」
「ウルセェ、外野は黙ってろ!!
まだ、10カウントじゃねぇだろうが!!」
相手のコーチが口を出して来たので、俺はヤツを怒鳴りつけ、徐に立ち上がる。
が、啖呵は切ったものの藍口に対するファイトプランは未だ浮かばない。
そもそも藍口とはボクシング技術に差が有り過ぎる。
まともにやっても試合にならないだろう。
ボクシングで対抗する事を諦めた俺は、初めてガードを上げて距離を詰めに行く。
腹ならば幾ら打たれても効きはしない。
コイツの拳はキレが有って一発で意識を持っていかれそうになるが、重さは然程感じられない。
足捌きには自信があるので、ヤツがステップで距離を取ろうがお構い無しに詰めて行ける。
俺は距離が詰まった所でクリンチに行った。
案の定、奴はそれ程腰が重くない。
俺はガキの頃、ムエタイをやっていた姉貴に良く首相撲からの膝を喰らっていた。
あの頃の地獄の経験は無駄では無かったようで、ヤツのバランスを崩すように体を振り払う事が出来た。
ズドンッ!!
思い切り体勢が崩れた藍口に、俺は渾身の右ストレートをクリーンヒットさせた。
ここに来て初めてまともに当てる事が出来たぜ……コレは立つ事は出来まい……
「ば、バカな……あ、藍口ぃ!!」
「来るな!!
………ハハハ………
初めてダウンしたよ……君、良いね……」
会心の一撃を浴びせたにも関わらず、藍口は立ち上がった。
恐らく踏ん張っていない状態で受けたので、ヒットした際の衝撃が僅かに逃げてしまったのだろう。
それでもダメージはあるようで、ファイティングポーズを取るヤツの足元は覚束ない。
此処がチャンスとばかりに、俺は距離を詰めてヤツに連打を浴びせにかかる。
ついつい力みが入ってしまっているが、ボクシングど素人なのでやむを得ないだろう。
ドゴッ……
ラッシュをかけていた最中、鈍い音と共に俺は前につんのめるようにしてダウンした。
右の打ち下ろしにカウンターでショートアッパーを合わされたのだ。
ヤバい……地面が歪んでいるみてえだ……
顎の先端をモロに打ち抜かれた俺は産まれたての子鹿のようにキャンバスでプルプルしていたようだ。
直ぐに柴田トレーナーが駆け寄って来て、首の後ろに氷嚢を当ててくれた。
クソッ!顎がマジで痛えぜ!
折れてはいないと思うが、暫く歯応えのある食い物は食えなそうだ……
「スパーしてくれてありがとうね。
ダウンしたのは初めてだったから、良い経験になった。
君、名前は?」
俺が顎の痛みに苦しんでいると、藍口が俺に話しかけて来た。
今、マジで喋りたくないんだが……
「ゆーふぃ。
かみひろゆーふぃ」
「カミヒロユウヒ君か…。
その名前、覚えておくよ。
次は試合のリングで会いたいな。
それでは」
名前を間違えて覚えられたようだ……。
だが、まぁ良いさ。
ヤツとのスパーのおかげで、俺も更に成長出来るハズ……。
初めての敗戦は悔しいが、俺はボクシングから沢山吸収して立ち技では誰にも負けない漢になろう。
そして……いつの日か、藍口にリベンジするんだ……。
ーーーーーーーーーー
「……とまぁ、そんな事があってな……」
俺は未熟だった頃の恥ずかしい過去をトドロキ達に語った。
話を聞いたトドロキは、口をパクパクさせている。
腹でも減ったのだろうか!?
「え……って事は……藍口さんが金メダル獲得後のインタビューで、リベンジしたい相手だっつってた『カミヒロユウヒ』って……あ、兄貴だったんすか!?」
「ヤベェっすよ!
これ、ネットニュースになるヤツっす!!」
「藍口のライバルが兄貴だったって、凄過ぎるヤツじゃん!」
何やら『無双三連星』の面々が興奮しておる……
藍口竜樹か……確か俺の5コ上だった気がするが、3年前の五輪で金メダルを取ってたのか。
来年のサンクトペテルブルク五輪には出るのかな?
俺は懐かしいライバルの事を考えながら、雪乃ちゃんと一緒に桐斗を託児所に送りに行くのだった。




