2話 ひたすら鬼練に励みますけど!?
「ほら、キィたん。パパ、一生懸命走ってるよ。
応援してあげて」
「パパァ!ガンバレ〜!」
翌週の日曜日。
可愛い息子の声援を受けながら、俺は公園を走っている。
偶々愛犬の散歩に来ていたお隣の清川さん宅のお嬢さん雪乃ちゃんが、桐斗の面倒を見てくれている。
無邪気で屈託のない笑顔を振り撒く桐斗はご近所さんの……いや、東五反田のアイドルだからな。
因みに雪乃ちゃんは桐斗が赤ん坊の頃から、桐斗にメロメロである。
俺は息子に手を振りつつ、走るペースを上げてみせる。
ジョグ&ランは中坊の頃から桐斗が生まれるまで、俺の日課だった。
桐斗が生まれてからも時間がある時は走っていたので、まだまだ体は動くようだ。
1時間タップリと走り込んだ俺は、俺の走りを見るのに飽きてワンちゃんと戯れる桐斗とお隣さんの所に向かった。
桐斗はワンちゃんに夢中で俺に見向きもしなかったが、午後からは久しぶりにキックボクシングのジムに顔を出す予定だ。
ジムに一緒に行けば、桐斗も父親の俺にリスペクト満載の目を向けてくれる筈…。
そんな事を思いながら、お隣の雪乃ちゃんとグズる愛息と共に家に戻るのだった。
◆◇◆◇◆
「オヤっさん…再起だ…」
待ちに待った午後になった。
俺は中2の頃に特有の病に侵されて通い始めたキックボクシングの『軽鴨ジム』にやって来た。
エクササイズで通っている一般会員さん達が汗を流す中、俺は小学生の頃に熟読した某ボクシング漫画のエイジ・ダ◯のセリフを渋く決めてみせる。
桐斗を片手に抱く俺を見た一般会員さん達は皆ポカーンである。
「雄貴、入口でカッコ付けてないで、さっさと会長に挨拶に行きな!」
ゲシッ!
俺が渋く決めていると、桐斗のお守り役として同行して来た姉の神城梢がケツキックを見舞って来た。
「い、痛えぜ、姉貴!
元ムエタイジュニアチャンプがケツを蹴るんじゃねえよ!」
「きゃはは!パパ、こずえねえたんにおしりけられたぁ!!」
「あらぁ、キリたん面白かったの?
もう一回パパのおしりキックする?」
「や、やめろって!姉貴の脛は硬えんだ!
だいたい、桐斗にお姉ちゃんとか呼ばせんな!オバさんだろうが!」
ドパーーーン!!
俺が姉貴に猛抗議した直後、俺の尻肉が弾けた。
元ムエタイジュニアチャンプの本気ミドルが炸裂したのだ。
桐斗を抱いてるので床に倒れ込む訳にも行かず、ひたすら涙目で痛みに耐える。
「おお、なんか騒がしいと思ったらユーキとコズエじゃねえか!
久しぶり……ん、その可愛らしい坊やはもしかしてお前さんの子供か?」
そんな中、懐かしい声が響いた。オヤっさんこと、会長の声だ。
「かみしろきりとれしゅ!3たいれしゅ!」
「おお〜、可愛いなぁ。それに、ユーキの子とは思えんくらいお利口さんだ。
キリトくん、おじさんはここの会長の軽鴨源太郎っていうんだ。
会長って呼んでくれたら嬉しいな」
「あい!かいちょー!」
「ははは!ああ〜〜、可愛いぜ!こんなのただの天使じゃねえか!」
どうやらオヤっさんも桐斗の天使なムードにやられたらしい。
破顔して桐斗の頭を撫で撫でしている。
ややあって。
俺は久しぶりにヴァンテージを巻き、感覚が戻るまで只管シャドーを行う。
「何だ?ユーキのヤツ、矢鱈とフットワークやディフェンスを繰り返しやがって。
それに、3分のブザーが鳴ってもシャドーをやめねえな」
オヤっさんが俺の動きに疑問を持ったようだ。
そもそもシャドーはただの素振りやフォームチェックだけでは無く、実戦をイメージしながら行うものである。
魔物との戦いに3分3ラウンドなんていうルールは無い。どちらかが死ぬまで行うモノだ。
今は俺の差し当たっての目標である、Bランク上位魔物のワーウルフを相手としてイメージしている。
「おいおい、ユーキ。
勘が鈍り過ぎじゃねえか?何でそんなに大きくステップバックすんだよ!?
学生の頃の紙一重で躱すディフェンスはどうしたんだ!?」
オヤっさんは的外れな指摘をして来る。
俺の考えも知らずに、ホントうるせえジジイだ。
ダンジョン内魔物はそれぞれ得意の攻撃パターンがあり、近接戦をする個体と魔法や弓等で遠距離攻撃をする個体がある。
Aランク以上の魔物は近接も遠距離も脅威でしか無いが、Bランク以下の魔物との戦闘では近接戦の魔物と対峙して命を落とす冒険者が多い。
つまり、同じランクの魔物と人間との身体能力の差はそれ程開きが有るのだ。
ダンジョン内の魔物を倒して初めてレベルアップした人間には、ステータスとスキルが与えられる。
現時点でどんなステータスとスキルになるかも分からんのに、身体能力が破格の魔物相手に紙一重のディフェンスなんて危険極まりない。
格闘技はあくまで対人戦を想定した技術であって、骨格や筋力が全く異なる魔物を想定した技術では無いのだ。
余談にはなるが、格闘技において紙一重で躱す、1ミリで躱すというのは良い事とは言い切れない。
ギリギリで躱すというのはそれだけ相手の体が自分に近い場所にあるという事であり、スペースが取れなくて体重を乗せた反撃に移れない場合もある。
躱したは良いが相手と近過ぎて、返しのパンチが手打ちになるなんて事は良く有る事だ。
寧ろ躱した直後の体勢が、直ぐに強打を打てる体勢になっている事の方が遥かに大切である。
話は逸れたが、今必要な事は仮想ワーウルフの攻撃をしっかりと距離と技術で外す事。
そして、躱す際にしっかりと体勢を作っておく事。
WSA公式アプリのダンジョン・ライブ・ストリーミング(DLS)で様々な配信者のアーカイブを繰り返し見た事により、ワーウルフの体格、射程、動きはかなり鮮明に脳に焼き付けてある。
常人では目にも止まらぬ程俊敏な飛び込みからの、左右の鋭い爪の振り下ろしや横薙ぎ。
其れらを真正面から完全に防ぐのは、Aランク以上の探索者か、Bランク以下なら盾術系の高位スキルを身に付けたタンクか、超レアなスキル持ちくらいだろう。
俺は非現実的な期待はしないので、一般的な戦闘スキルとステータスが身に付いた事を前提としての立ち回りを身に付ける為、みっちり1時間シャドーを続けるのだった。
◆◇◆◇◆
「イデェ!何で腕の内側にばかり打ち付けて来やがるんだ!」
ミットを持つオヤっさんのイライラした声が響く。
俺が今行っている練習は、オヤっさんの右フックを左手でガードした刹那に右のリターンを返す反復練習である。
ただ、オヤっさんの言う通り、俺はオヤっさんの腕の内側に左手の甲を叩き付けるように当ててから、右のリターンを打っている。
前述の通り、魔物の膂力は人間のそれを遥かに凌駕する。更には、俺が当面の討伐目標にしているワーウルフの手には鋭く硬い爪が備わっている。
普通に考えて、打撃に体重が乗るポイントで左腕一本で受けるのは最早自殺行為でしかない。
非力な人間がガードするなら、遠心力や体重が乗り切らない打ち初めのタイミングで、前腕の内側を小盾や手甲でぶっ叩くに限るという訳だ。
「オヤっさん、悪いが耐えてくれ!
カムバック後の相手は人間じゃねえ。魔物なんだぜ!
脊髄反射でブロック&リターンが出来るまで付き合ってくれや!!」
俺はオヤっさんに申し訳ない気持ちを持ちながらも、右フック打ち始めの前腕内側を叩いてリターンの練習を続ける。
格闘技漫画のように相手が拳を振るってから目視→思考→カウンターを打つなんて出来る格闘家など存在しない。つーか、思考の時点で既に殴られている。
普通は相手が攻撃に入る初動が目に入った途端に体が反応するように、気が遠く成る程地道な反復練習を重ねたり、それまでの経験から来る予測や相手のリズムを見極めて防御や攻撃を行うのである。
桐斗、親父の地道な積み重ねを、しかとその可愛らしいお目目に焼き付けるのだ…
「……そんな事をしている間に、お団子君はおむすび小僧の海苔を剥がしてパリパリムシャムシャ、パリパリムシャムシャ。
おむすび小僧は『もうイタズラしないから勘弁してよ〜』と泣き出すのでした」
「あはははは!おむすびこじょー、ないちゃったぁ!!」
うん…そうだよな。こんな反復練習より、姉貴に読んで貰う絵本の方が遥かに面白いよな…
俺はテンションを爆下げつつも、粛々とオヤっさんとの特訓に励むのだった。
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明日も19時に投稿予定です。