1話 いきなり息子の推しが殺されたんですけど!?
「パパァ。ボク、ヘッタのぺパビューみたい!」
俺の愛息子で3歳の桐斗が、可愛いお目目をキラキラさせながら俺にしがみついて来た。
うむ、俺の息子は今日も宇宙一の可愛さである。
桐斗は人気探索者のヘクターが大好きで、今日はヘクター率いる『カマチョ&ザ・ファミリーストーン』のダンジョンアタックを観たいらしい。
俺は当然PPVは購入済みなので、日曜の朝8時からリビングのモニターをライブストリーミング映像に切り替える。
「ホラ、桐斗。パパが遠い遠いアメリカの映像を入れてあげたぞ!
お!あれヘクターじゃないか?」
「ああ!ヘッタら!パパ、ヘッタがてぇふってりゅ!」
可愛い我が子はモニターに張り付かんばかりに近付いて、テンションをぶち上げている。
正直、息子のリスペクトを掻っ攫われてイラっとくるが、桐斗の輝かんばかりの笑顔が見られるのだから、その点はこのいけ好かない探索者に感謝しないとな。
俺はキャッキャとはしゃぐ我が子を抱き上げ、2人でソファに腰を下ろした。
「ヘッタァ!ガンバレ〜!」
「桐斗、ヘクターだけじゃなくて、リーダーのカマチョや回復役のメリッサも一緒にダンジョンに行くんだぞ。
パーティーの皆んなも応援しないと」
「えぇぇ。らって、ヘッタはけんればしゅうっ!ばしゅってするんらもん!
ヘッタがいちばんカッコいいもん!」
息子はパーティーのメインアタッカーのヘクターしか目に入らないようだ。
小さな子供にパーティーの役回りは難しいだろうから仕方ないよなぁ。
俺はヘクターの動きに合わせて手を振る桐斗の頭を撫でながら、彼等の戦闘に注目した。
可愛い桐斗に付き合って、ヘクター達の戦闘を見る度に思うんだが……
ううん…コレ、言うほど凄いか?
格闘技プロの(練習をめちゃくちゃ積んだ)俺の見解では、近接戦闘に必要不可欠なモノは相手との距離感の把握、相手の研究と対策、相手の初動や予備動作の見切りである。
ヘクターは魔物の射程距離に不用意に突っ込み過ぎているし、魔物の初動を見落としていて危なっかしい。
まぁ、しがない工場勤務で探索者経験の無い俺が言うのもなんだが、コレでもガキの頃は格闘技を見まくったり、ジムでプロ練に鬼ほど参加して、プロ相手のガチスパーも数え切れんほどしていたので、玄人に近いノリではある筈だ。
まぁ、可愛い桐斗が熱中しているのに、親父の俺がダメ出ししまくるというのは不味いだろう。
プロ格闘家の(練習を腐る程積んだ)目線を持つ俺は、歯痒くなりながらも息子と一緒にヘクターを応援する。
因みに、世界にダンジョンが出現して10年。
当然、最初は世界中がパニックになった。
日本を含め、世界各国は軍隊を投入したが、ダンジョン内魔物には銃火器類や砲弾では、殆どダメージが当たらなかった。
その為、人間の身体能力を遥かに凌駕する魔物を相手に、兵士達は剣や槍、弓等の中世の武器で戦わざるを得なかった。
魔物との戦闘は超危険な反面、ダンジョン内魔物を倒すと得られる魔石や魔導具等のダンジョン資源は、各国に凄まじい経済発展を齎した。
特に魔石は環境に優しい新たなエネルギー資源として重宝されている。
最初は各国政府が管理していたダンジョンだが、日を追うごとに増えて行くダンジョンの対応に軍や自衛隊だけでは対処出来なくなり、ダンジョン探索は民間が参入するようになった。
時を同じくして世界探索者協会(WSA)が設立され、日本にもWSA傘下の日本探索者協会(JSA)が設立されている。
WSAやJSAが民間の探索者をしっかりと管理する事で、日本では不思議な程に探索者による犯罪は起きていない。
皆無では無いが、一般人の犯罪よりも圧倒的に少ない。
恐らく、探索者は下手なサラリーマンよりも稼ぎが良いので、犯罪に手を染めなくても裕福な暮らしを送れるのが要因だろう。
探索者は国内と世界でそれぞれランク付けされており、日本では下位ランカーでもダンジョン生配信(DLS)でかなり稼げるし、世界ランカークラスになると、今モニターに映っているヘクター達のように大手プロモーターと契約して、ダンジョンアタックがPPVで配信されるようになる。
噂によるとパーティー世界ランキング64位の『カマチョ&ザ・ファミリーストーン』でも、今回のPPVボーナスやスポンサー収入等で最低200万ドルを稼ぐらしい。
他にも魔石やアイテム類の売却益も出るので、合計で300万ドルは行くんだろうな…
漠然とそんな事を考えていると、モニターに悍ましい魔物が映し出された。
「…!!マンティスマン!!ど、どうしてBランクダンジョンにSランク魔物が!?」
「ひゃぁっ!パパァ、カマキィかいじんらぁ…こわいよぅ…」
頭部と両手がカマキリの人型魔物・マンティスマンの薄気味悪さに、可愛い桐斗が怯えてしまっている。
不味いな…これまでの『カマチョ&ザ・ファミリーストーン』の動きを見る限り、マンティスマンを相手取るには分が悪過ぎる。
「な、何をしている!?早く逃げろ!!
子供が見てるんだぞ!!」
俺は聞こえる訳も無いのに、思わずモニターに向かって叫んだ。
桐斗に人が殺される所を見せたく無い。
俺は震える桐斗の頭を抱き抱えるようにして、モニターの映像を見せないようにした。
「クソッ!ヘクターの判断が遅過ぎる!カマチョ、懐に踏み込んで盾で鎌を弾け!」
マンティスマンの踏み込みの速さに唖然とするヘクターを見て、俺はまたもモニターに叫んだ。
物理攻撃特化の人型魔物との戦闘に於いて、中途半端な距離に身を置くのは余りに危険である。
攻撃の射程距離から外れるか、又は相手が強打を打ち込めない懐近くに踏み込んで攻撃を弾くかどちらかを決断しなければならない。
手が鎌になっている分リーチの長いマンティスマンには、至近距離まで踏み込むのがベスト。
腕の長い魔物は近くの獲物に体重や遠心力を乗せた強攻撃を打ち込めない。手が鎌になっているなら尚更だ。
それなのに、ヘクター達は立ち回りが格闘素人過ぎる。
「バカ!中間距離は鎌の一閃に一番体重が乗るだろ…あああっ!!
ダメだ!桐斗、映像切るからね」
俺はマンティスマンの鎌がヘクターとカマチョの首を刎ね飛ばす直前に、モニターの電源を切った。
もうダメだ。アイツらは絶対死んだ。全滅だぜ、ど素人共が!
「うぇぇえ…パパァ…ヘッタは?ヘッタはどったの?」
「うん…ヘクターは眠くなっちゃったみたいだね。
ダンジョンで寝ちゃったから、もうPPVには出られないかも知れないな」
「うぁぁあん!いやらぁぁあ!ヘッタがみたいぃぃ!
パパァ、おねがぃぃ…ヘッタみちてぇぇ…」
くっ…桐斗がギャン泣きしてしまった。
ヘクターのバカたれが!可愛い桐斗の純粋な憧れを爆散させやがって!
せっかく桐斗とゆっくり出来る休日が、ど素人探索者のせいで台無しだぜ!!
ああ、でも、どうしよう…桐斗は更に爆泣きして、足をジタバタさせてしまっている…
ただでさえ俺の不甲斐なさで、元嫁は1年前に出て行ってしまった。
ママに甘えたい盛りの桐斗は、大人達の事情で母親と離れ離れになってしまったんだ。
甘いと思われるかも知れないが、桐斗にはこれ以上心の傷を増やして欲しく無い。
推しを失った可愛い息子の心の傷を最小限に止める為には……
「き、桐斗、そ、そうだ!
パパがヘクターより強くなるのはどうかな?パパが剣で怖い魔物をバシュッ、バシュッて倒したら桐斗はパパを応援してくれるかな?」
「うぇぇぇ…ひぐっ、ひぐっ……
パパがヘッタになりゅの?けんれまものやっつけるの?」
「あ、ああ。
パパ、こう見えても戦いのプロに近いんだ(本当は魔物なんかと戦った事ないけど…)
ちょっと訓練すれば、ヘクターなんかより強くなれる(と思う)ぞ」
「えっ!じゃ、パパをおおえんする〜!
やったぁ!パパがヘッタになりゅうう!!」
桐斗の機嫌が治ったのは嬉しいが、どうしよう…俺、24だけど今から探索者なんかになれるのか?
早い人だと15歳から探索者登録をする。
24歳での探索者デビューはかなり遅い方だが……格闘技ならかなり自信はあるしな……
推しが殺された愛息を慰める為、プロ格闘家(の練習をみっちり6年間続けただけ)の俺は探索者デビューする決意を固めるのだった。
まさか、こんな軽い思い付きで始めた事が、後に世間をお騒がせする事になるとはこの時の俺は思っても見なかった。
拙作『どスケベ中年ニート』がとっ散らかってしまったので、以前から練っていた本作を投稿する事にしました。
やはり途中で色々と話を広げ過ぎるのは良くないですね。
一応この作品は週4回ペースくらいで無理なく投稿するつもりです。
次回は明日19時予定です。
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