123話 必殺のムードが立ち込めてますけど?
一探索者としての美優先生の実力は凄まじい……
最近はミュイの天才っぷりに打ちのめされる事が多かったので余り触れて来なかったが、ステータス制限の魔導具を着用してスキル使用不可で模擬戦をした場合、『S.W.A』も『FUNKY RADIO』も含めた中でダントツに強いのが美優先生だ。
体内魔力を把握する訓練一日目にして応用技まで習得して、それからの10日間は基礎トレから応用トレまで鬼の集中力で取り組んで来た美優先生。
体内魔力操作を習得する前の状態でも、コーズィさんが兜を脱ぐほど剣術が熟達していた彼女が体内魔力操作まで身に付けたのだから、鬼に金棒どころの騒ぎではない。
実のところ俺は体内魔力操作を身に付けた先生と2回模擬戦をして、2回とも一瞬で失神させられている。
個の力ではこれまで圧倒的に世界ナンバーワンだったマックスが、昨日の模擬戦で舐めプした美優先生に手も足も出ずに打ち据えられ、その様が全世界に生配信されてしまった。
事前に配慮するべきだったのかも知れないが、正直俺も美優先生がマックスをあそこまで圧倒するとは思っていなかった。
恐らく黄緑髪BBAこと副田さんも配信を見て、先生の強さに魅了されてスカウトに来たのだろう。
ダンジョン特科が人材不足という情報はネットニュースなどで度々取り上げられていたし、模擬戦の美優先生を見たら引き抜きたくなる気持ちは分からないでは無い。
だが、黄緑髪BBAは可愛くて天使な桐斗を害そうとしやがった。
例え美優先生に九分殺しにされた所で、文句は言えないだろう。
…いや、美優先生と付き合いが長い俺ですらあれ程怒った美優先生を見た事がない…サイアク九分五厘殺しにされるやも知れん…
「…ゴミ女、何か遺言はあるか?」
「ひ、ひぃぃい!」
「変わった遺言だな…」
ゴゴゴゴゴ……
余りに怖すぎる美優先生の物騒な問いかけに、変な叫び声を上げる事しか出来なかった黄緑髪BBA。
勝手にそれがBBAの遺言だと断じた美優先生は、スキル【アイテムボックス(大)】を使い、異空間に右手を突っ込んだ。
次の瞬間、訓練場の大気が振動し始めた。
ま、まさか、美優先生はアレを取り出す気か!?
いち早く事の危険性に気付いた俺氏は、何とか恐怖を跳ね除けて先生を制止にかかる。
「み、美優先生!ソレはダメだ!!
戦姫剣『ヴァージン・ビート』だけはシャバで出しちゃダメだ!」
俺が口にした戦姫剣『ヴァージン・ビート』は装備品製作の天才・ナンシィ(仮)が美優先生の為だけに持ち得る技術と職人魂を込めて拵えた至極の逸品である。
『ヴァージン・ビート』には様々な効果が付与されており、美優先生が持っただけで本人の全ステータスが300倍になり、他のパーティーメンバー4人は全ステータスが50倍になるというチート級の性能を持つ。
他にもブッ壊れたバフが幾つも付与されているので、例えステータス制限の魔導具を付けていたとしても余りにヤバ過ぎる。
だが、無情にも俺の懸命な叫びは美優先生に届かなかった。
怒りの表情を変えない美優先生は異空間から半分程『ヴァージン・ビート』を取り出している。
ゴガガガガ……
空気の振動は更に激しさを増し、余りに絶望的な状況に失禁する者が何名か出てしまった。
無論、自衛隊の2人も絶賛失禁中だ。
訓練場に恐怖とアンモニア臭が立ち込める中、遂に『ヴァージン・ビート』は完全に姿を現した。
「……彩音ちゃん、済まないが私とゴミ女の周りを防護結界で囲んでくれないか?」
「もちろんですわ!
可愛い桐斗ちゃんに武器を使おうとした、そのクソ女を八つ裂きにして下さいまし!」
クッ…彩音も美優先生に賛同しておる……って言うか、彩音と雪乃ちゃんだけが恐怖で震えてないゾ!?
それどころか、2人とも美優先生張りの殺気を放っていらっしゃる……
「あ、あの、雪乃ちゃん、み、美優先生を止めてくれないかな?
あの様子だと、先生はガチであのオバさんを殺してしまう…」
「何を言ってるんですか!
あんなゴミ女、美優先生がやらなかったら私がコロします!
だいたい、どうして父親の雄貴さんが真っ先にコロさないんですか!?
キィたんが鞭で打たれかけたんですよ!?」
「す、済みません…」
雪乃ちゃんという良心の塊に一縷の望みを抱いたんだが、彼女も強烈な怒りに駆られて冷静な判断が出来ないようだ。
いや、俺もコロしたいくらいムカついたけど、あんなど素人の攻撃は未然に防げる事は分かっていたし、ミュイが超スピードで桐斗を避難してくれていたから、万に一つも桐斗に攻撃が当たる事は無かった。
3人が桐斗を息子として愛してくれている事は嬉しいし、高位探索者の家族に危害を加えようとした時点で黄緑髪BBAは死刑になってもおかしくは無いが、いくら何でもコロすのは行き過ぎだ。
「みゆママァ、おばたんをゆるしたげてぇ!」
俺がどうするべきか悩んでいた所に桐斗の声が響いた。
声がした入り口の方を見ると、ミュイに抱っこされた桐斗の姿が……
その可愛い声を聞いた瞬間、3人の婚約者は一瞬で殺気を収めた。
「桐斗ちゃん…許して良いのか?
このゴ…女は桐斗ちゃんをぶとうとしたんだぞ?」
「うん!さいきょーのむぃねぃたんがたちけてくれるから、ボクはぶたれないんらよ!」
「ん。最強のミュイ姉ちゃんが絶対に桐斗を助けるから、桐斗がぶたれる事は絶対に無い」
「……そうか……女、優しい桐斗ちゃんに感謝しろ。
桐斗ちゃんのおかげで貴様は命拾いしたのだ」
桐斗とミュイのおかげで、美優先生は『ヴァージン・ビート』をアイテムボックスに収めてくれた。
ふぅ、後で桐斗とミュイに礼を言わないとな。
「……クッ!
無能な男に感謝など出来るか!」
ドパーーーン!!
「ぐべらぁっ!」
圧倒的恐怖から解放されて急に強気を取り戻した黄緑髪BBAは、桐斗に礼を言う事を拒んだが、速攻で距離を詰めた雪乃ちゃんに強烈なビンタを食らってしまった。
ビンタの勢いで床をゴロゴロと転がる黄緑髪BBA。
そんなBBAに雪乃ちゃんは冷たい声色で問いかける。
「あなたは何故、こんな可愛い子供にまで男性差別をするんですか?
先程から所々で男性を無能呼ばわりして、何故そこまで男性を敵視するんですか?」
「う、そ、それは……」
漸く雪乃ちゃんがいつもの感じに戻り、至極真っ当な質問を黄緑髪BBAに投げかけた。
黄緑髪BBAは一度言い淀んだものの、雪乃ちゃんが厳しい表情で睨みを効かせると、観念したように自分語りを始めたのだった……。