121話 けしからん2人組が現れましたけど!?
トレーニング生配信を行った翌日。
藍口君とアユマットさんとベイツと同室の俺は、皆より先に起きて早朝ランニングを行った。
今回は合宿地のJSA施設敷地外に出る事は極力避けるようにタテイシ・ラミレスに釘を刺されているので、ランニングも敷地内を軽く200周するに留めておくか……
モワンッ…
シュッ……パシッ!
ランニングを始めて10分が経過した頃、背後に嫌な空気を感じた俺氏はサイドから高速で飛んで来たピンポン球をキャッチして見せた。
こんな事をするのはミュイしかいない。
俺は走る速度を緩めて、施設の監視塔の影に身を潜めるミュイに声をかけた。
「ふぅ……ミュイよ、同じ手が通用する訳ないだろ?
つうか、一回目もピンポン球は当たってない……」
ずぼぉぉっ!
「…しぃぃぃい!!」
「ふふふ。ユーキはアホ。
天才のミュイが昨日と同じ事をする訳が無い」
ミュイが潜む方向に向かった俺氏は、無様に巨大落とし穴に落ちてしまった…
ピンポン球をキャッチした程度で警戒を解くなんて、実にプロ格闘家失格の大失態である。
くぅぅ、コイツに見下されるのムカつくんですけど……
いや、ダメだ。明日は重要な任務が控えているのに、コイツのせいで冷静さを欠く訳にはいかない。
俺はひとっ飛びで深さ3mの落とし穴から抜け出して、小馬鹿にするようにニヤつくミュイを視界に収めないようにランニングを再開した。
「むぅ、ユーキつまらない。
ホントは泣くくらい悔しいくせにスカしてるにのが意味不明」
「うるさい。明日は名蔵湾ダンジョンの攻略があるんだから、お前も少しは緊張感を持てよ」
何処までも真面目一徹の俺氏は、緊張感を欠如しがちなミュイを窘めて見せた。
そう、今回の目的はAランクダンジョンの名蔵湾ダンジョンの攻略が主要な目的なのだ。
事の経緯としては、所謂外交的というのか政治的な駆け引きというのか…アメリカのパイロン大統領、弓削チャン、WSAのUS支局長のロスマン、JSA会長のタテイシ・ラミレスの4者でのオンライン会談で決まったらしい。
どうやらアメリカでは『FANKY RADIO』と『S.W.A』が日本に来ている事が報道されているらしく、俺達『ガチ勢』から技術指導を受けている事もマックスの不用意なSNSの投稿から世界中にバレてしまったようだ。
アメリカ的にはベガスの件で日本に助けて貰った上に、日本から技術を与えて貰ったという印象まで持たれる事は避けたいのだとか。
弓削チャンとラミレスとしても、ダンジョンを最も多く抱えるアメリカの立場が低くなる事は避けたいようで、石垣島に大ダメージを与えている名蔵湾ダンジョンの攻略を『FANKY RADIO』と『S.W.A』の力を借りて行うという体にしようと決めたらしい。
ともあれ、その後は俺の言葉で表情を引き締めたミュイと共に朝のランニングをこなしたのだった。
◆◇◆◇◆
早朝ランニングを終えた俺とミュイはそのまま屋内訓練場に行き、既に集まっていた他のメンバーと共に特訓を開始。
因みにまだ中毒症状が完治していない瑠奈は明日のダンジョンアタックには参加しないので、軽目の魔力操作訓練を行うに留めている。
瑠奈を除いたダンジョンアタック組は、ストレッチ、ランニング、四肢に30キロの錘を付けたシャドウというアップを行った後、明日の名蔵湾ダンジョンの20階層までで一番厄介とされるエルダーゴブリン異常個体を想定した基礎動作訓練を行なう事に。
因みに、タテイシ・ラミレスによると、名蔵湾ダンジョン一帯をJSAが管理する理由がエルダーゴブリンの異常個体の存在らしい。
ノーマル個体がBランク魔物なのに対し、異常個体は暫定Sランクとされており、これまで国定依頼を受けた『餓狼』と『無限天領』の二つのクランしか交戦経験が無いのだとか。
両者の違いは大きく二つ。
ノーマル個体よりもふた回り体が大きい事と、剣しか使わないノーマル個体とは違い、槍、弓、魔法を使う個体もいるという事。
体躯については然程問題では無いが、攻撃手段が多いというのは中々に厄介なものである。
そこで、異常個体戦用基礎訓練は3班に分けている。
一つ目の班は斥候でボーガンを使う『FANKY RADIO』のダニーと、弓を使う『パンチラ三昧』の“いっち”が放つ矢を盾役の『S.W.A』ピザデフ、『餓狼』幹部の田沢さん、『ポイズン・ベリー』沙月の3人が防ぐ訓練。
二つ目の班は槍を使う『餓狼』幹部の敷島さんと『無双三連星』のヨータが異常個体役となり、それぞれのパーティーの後方支援担当が魔法障壁で槍攻撃を防ぐ訓練。
三つ目の班は攻撃魔法を使う『S.W.A』のメアリー、『FUNKY RADIO』のアマンダ、『餓狼』の小田さん、『無双三連星』のシモカワ、『パンチラ三昧』のミク、『ポイズン・ベリー』の小杉が異常個体役で、各パーティーの前衛アタッカーが魔法発動前に踏み込んで攻撃を仕掛ける訓練をそれぞれ行なっている。
ど素人からすると、後衛担当が魔法障壁で矢と魔法攻撃を防ぐべきだと思うだろうが、魔法障壁は長い時間展開したり自分から離れた場所に展開すると魔力消費量が多くなる。
更に、異常個体の矢と魔法攻撃は前衛を狙う傾向にあり、槍を使う異常個体は物陰に潜んで後衛に攻撃を仕掛ける事が多い。
総合的に判断するとこの班分けが合理的という事だ。
因みに、俺たち『ガチ勢』と藍口君の『大和魂』、アユマットさん、轟、ミュイ、ベイツ、マックスは四方からのランダムな攻撃を躱す訓練を行なっている。
これは異常個体の群れに遭遇した時に遊撃役として立ち回る為である。
まぁ、名蔵湾ダンジョンの過去配信を見る限り、幾ら異常個体とは言っても体内魔力操作を身に付けた我々が遅れを取るとは思えないんだが、名蔵湾ダンジョンは21階層以降はどのような魔物が出るのか不明らしいので、様々な攻撃に備えた訓練をやっておくに越した事は無いだろう。
その後も程よい緊張感を保ったまま、我々は訓練に勤しんだ。
◆◇◆◇◆
ドバァァン!!
丁度午前の訓練を切り上げようとした時、屋内訓練場のドアが乱暴に開けられた。
入り口の方へと目を向けると、結構ダサい帽子を被った2人の女性がコツコツと靴音を鳴らしながら此方へと歩いてきた。
2人ともにワガママなバディの持ち主で、オッパイ丸出しのけしからんデザインのワンピを着ておいでだ……
「陸上自衛隊西部方面隊・ダンジョン特科連隊長の副田珍恵3尉だ。
こちらは早川慢湖准尉」
「はぅぅ……り、陸上自衛隊せ、西部方面隊…ダ、ダンジョン特科の早川、マ、慢湖准尉…だ…ハァ…ハァ…」
2人は訓練場のど真ん中で立ち止まると、黄緑色の髪のオバサンが低目の声で自己紹介を始めた。
続いて藍色のロングヘアの姉ちゃんも自己紹介をしたんだが、こちらの女性はけしからん種類の吐息を漏らしてらっしゃる。
よく見ると2人のお股からコードが伸びていて、それぞれが装備する武器っぽいモノに繋がっているではないか。
な、なるほど……コレが俗に言う痴女というヤツか……じ、実にけしからんな……
「ここに吉永美優は居るか?
居たら速やかに前に出ろ」
俺が内心で2人の痴女に憤り的な何かを覚えていると、黄緑色の髪の副田オバサンからまさかの美優先生の名が飛び出した。
このオバサンは陸上自衛隊ダンジョン特科の連隊長だと名乗っていた。
陸上自衛隊のダンジョン特科と言えば、表向きは日本国内の中でも探索者が少ない地域のダンジョンでオーバーフローが起こらぬように魔物の間引きを行なっているとされている。
が、探索者界隈では余り良い噂を聞かない。と言うか、ダンジョン特科に対して懐疑的というのが正しい所だ。
理由は幾つかある。
先ず、ダンジョン特科が過疎地域のダンジョン魔物を間引いているという割に、年々過疎地域のダンジョンの国定依頼が増えている点。
続いて、過疎地域では無いにも関わらず、ダンジョン特科が占有しているダンジョンが何箇所か存在する点。
極め付けは、レアドロップの可能性が高いカラーリング宝箱の発見情報が出ると、ダンジョン特科が強制介入する事が度々起こっている点だ。
──ダンジョン特科は国内の防衛を疎かにしてレアドロップ品を占有している───
それが探索者界隈のダンジョン特科に対する印象なんだが、強ちそうとも言い切れない事もある。
例えば、藍口君のレベリング時に訪れた緑区ダンジョン。
レアドロップを占有しているならば、スキルスクロールの宝箱などは真っ先にダンジョン特科が占有しているはずだが、そうはなって無かった。
まぁ、いずれにせよダンジョン特科がきな臭いのは間違いない。
好都合な事に、今美優先生は瑠奈と姉貴と一緒に桐斗の面倒を見てくれているのでこの場には居ない。
適当にはぐらかしてお帰り頂くとするか…