113話 どこまでもご都合主義ですけど?
「はぁっ!?アイドルを辞めるだってぇ!?」
午前の訓練を終えた俺は、雪乃ちゃん、美優先生、彩音、ミュイと共に家に帰って来たのだが、家に着くなり彩音から爆弾発言が飛び出した。
彩音は表情を曇らせるのみで理由を語ろうとしない。
「な、何でだよ!
現役アイドル兼SSランク探索者ってのが彩音の売りだろ!?
それに、トップアイドルになるっていうのも目標だったんじゃ無いのかよ!?」
「そうだよ、どうしてなの?
もしかして『ガチ勢』のスケジュールがハード過ぎて体が休まらないとか?
だったら、私達が皆川さんに相談して……」
「いえ、そうでは無いのですわ……
雪乃さんにはいつも体調を気遣って、ちょくちょくお休みを頂けてますし……
……コレを見て下さいまし」
そう言うと、彩音はトレーニングウェアの上位をはだけて見せた……
コ、コイツ……素肌にジャージを羽織ってたのかよ!?
い、いや、それよりも……
「す、凄え!
バキバキに仕上がってんじゃんか!
いやぁ、惚れ惚れするような実戦向きの筋肉だよなぁ。
カットも入っていて最高だぜ!」
「本当にキレてるわ!
無駄に筋肥大してなくて、プロボクサー顔負けのヒッティングマッスルじゃない!」
「うむ、雪乃ちゃんの言う通り、無駄にバルクアップした筋肉じゃないのが素晴らしいな。
本当に無駄を削ぎ落としつつ引き絞られた惚れ惚れするような肉体だ!
彩音ちゃんに匹敵する筋肉を誇る女子格闘家は、私の知る限りではムエタイ現役時代の神城くらいだな!」
彩音の仕上がった筋肉美に、俺も雪乃ちゃんも美優先生もテンションが爆上がった。
何より、この身体に至る迄の彼女の直向きな努力が素晴らしい。
そう言えば、彩音はこの1ヶ月くらいは近接戦闘の模擬戦もかなり動けるようになっているし、俺達のフルパワーランニングにもついて来られるようになった。
素晴らしい!実に素晴らしい修練だぞ、彩音!!
「仕上がってるじゃないのですわ!!
何ですか?バキバキとかキレてるとか、引き絞られたとか……
アイドルを形容する表現ではないのですわ!!
ハァ……ハァ……
こんなに筋肉が付いてしまって、正直先月くらいから衣装がかなりキツキツになってしまいましたの……
特にノースリーブの衣装が着れなくて……その時点で私はアイドル失格なのですわ……」
彩音は再び目を潤ませて俯いてしまった……ここは将来の旦那としてバチっと慰めなくては。
「そうか……ただ、酷な言い方かも知れないが、俺は彩音が今のグループを抜けるのは有りだと思っている。
そもそも、前から疑問だったんだ。
彩音は『27人羽織』メンバー106人の中でも飛び抜けて可愛いじゃんか?
人気もグッズの売り上げもダントツだったんだろ?」
「な、何かユーキさんに可愛いって言われると……て、照れてしまうのですわ……」
「いや、照れてないで話を聞いてくれ。
元々似たようなレベルの烏合の衆に彩音という突出した存在がいるのが不自然だった。
お前ならソロアイドルとして充分やって行けると思うんだがどうかな?
そうすれば衣装も自分の好き勝手に決められるから、自分に合ったデザインを選び放題だ」
「それ、雄貴さんにしては良い考えだと思う!
私も彩音ちゃんが他の人よりも際立って可愛いから、1人だけ浮いてると思ってたの!
絶対ソロになるべきだよ!」
「うむ。アイドルの事はよく分からないが、彩音ちゃんがめちゃくちゃ可愛いのは間違いない。
それに、昨日雪乃ちゃんに彩音ちゃんが歌っている動画を見せて貰ったが、歌も抜群に上手いじゃないか」
「雪乃さん、美優先生……
ありがとうございますわ!!
グループを抜けるくらいでアイドルとしての人生が終わりだと落胆していた私が愚かでした!
ソロアイドルとして、再びトップを目指しますわ!!」
良し、俺のナイスな機転により彩音の笑顔が戻ったぞ!
俺達が所属した事で急成長した『ラブリー・ワン』は、コレから一般のタレントなどのマネジメントもして行くと義兄さんが言っていた。
それに、義兄さんは様々な業界に顔が利くので、音楽プロデューサーも一流どころを引っ張って来れるだろう。
俺達も色々とバックアップ出来るだろうし、間違いなく彩音はトップアイドルになれる。
俺達はその後も彩音と一緒に今後の展望を話し合ったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆
「ママぁ、これおみやげらよ!」
「まぁ、桐斗!!こんなに可愛いネックレスをママにくれるの!?
どうもありがと〜!!
ママこれから毎日このネックレス付けるからね!!」
昼過ぎに桐斗が託児所から戻って来たタイミングで、俺達は瑠奈の病院にお見舞いとお土産を渡しに行った。
やはり、桐斗は瑠奈と会っている時は本当に嬉しそうだ。
さて……今日は結構重たい話をしなくてはならないんだよな……
桐斗の面倒を見て貰う為に姉貴夫婦にもついて来て貰ったんだ。
ある程度ママに甘えて落ち着いた所で、桐斗には姉貴夫婦と一緒に席を外して貰おう。
俺はこれからの事をどのタイミングで瑠奈に伝えようかと思案しながら、幸せそうに抱き合う桐斗と瑠奈を見ていた。
◆◇◆◇◆◇◆
「ねぇ、何か色々とあるんでしょう?
新しい美人さんを連れて来ているみたいだし」
桐斗がタップリ1時間半ほどママとおしゃべりをした所で、姉夫婦が桐斗におやつを食べに連れ出してくれた。
姉夫婦が出て行って暫くすると、瑠奈の方から俺に問いかけて来た。
「ああ……そうだな……先ずは少し聞きづらい事を質問したいんだが良いかな?」
「あ、うん。どんな事?」
「藍口君からBOINが来たけど、藍口君の『勇者パーティー』への誘いを断ったんだって?」
「……うん……」
俺が藍口君から聞いた『勇者パーティー』への勧誘を蹴ったという話を瑠奈に問いかけると、瑠奈は気まずそうに目線を逸らした。
「別に責めてる訳じゃ無いんだ。
ただ、理由を聞かせて欲しくてな」
「……あの……厚かましい話だから….その、全然断ってくれて良いんだけど……
……雄貴のパーティーに……『ガチ勢』に……入れて貰えないかなって……
その……雄貴と桐斗を傷付けてしまった償いじゃないけど….…少しでも雄貴の役に立てたらなって….
あ、ダメだよね!
うん、断られて当然だって分かってるから……」
「良いぞ」
「いや、ホント虫が良すぎるってモンだよね!
今のナシ!忘れて貰って……」
「だから、ウチへの加入はオッケーだって!」
「へ!?……ウ、ウソ……ホントに私なんかが入っても良いの?」
「ああ。皆んなで話し合って、瑠奈に入って貰おうって決めたんだ。
お前から言われなかったら、こっちから勧誘するつもりだったんだよ」
「……
……ぅぅぅ……
どうして?……わ、ワダジ……最低な女なのに……
ふぇぇぇ……どうして?何でそんなに優しくするの?」
俺の言葉を聞いた瑠奈は思い切り泣き崩れた。
俺は彼女の背中を撫でて、落ち着いてから今日の本題を切り出した。
「まぁ、今日来た目的は瑠奈の勧誘以外にも色々あってさ。
そもそも、瑠奈と俺や桐斗の仲が引き裂かれた元凶って、名前も口にしたくないあの死刑囚だろ?
確かにヤツだけじゃなく、当時仕事が忙しくて充分に瑠奈の事を気にかけてあげられなかった俺にも非が有るし、マッチングアプリなんてモノに手を出してしまった瑠奈にも非がある。
でも、そもそも瑠奈は浮気する為に使った訳じゃ無いし、エピノロロジウムを使われさえしなければ俺達は今も円満な家庭を築いていた筈だ。
何より、俺はもう瑠奈の事をこれっぽっちも恨んでいないんよな。
……つぅか、俺は今でもお前を大事に思ってるんよ……」
「……
……雄貴……
……ぅぅぅ……泣かせないでよ……バカァ……」
「ご、ゴメン……
たださ、もし瑠奈にほんの少しでも俺を思う気持ちが残っているなら……
どうか、俺の4番目の嫁になってくれ!!」
「……ぅぅぅ……
……へ?4番目?
どういう事?」
「いや、実はちょっと紹介のタイミングが遅くなってしまったんだが、こちらの綺麗なブルーの髪の美人さんが例の美優先生でさ、俺の第二夫人になる予定なんだ」
「瑠奈さん、初めまして。
吉永美優だ。
貴女の事は弟ク…雄貴と雪乃ちゃん、彩音ちゃんから聞いている。
私との婚約関係が白紙になって失意のドン底にいた雄貴を支えてくれて、本当にありがとう」
「え、あ、貴女があの……雄貴の初恋の……てか、若くね!?
あ!ご、ゴメンなさい……私ったら、初対面の人に……
あの、雄貴の元嫁の備土瑠奈です。
よろしくお願いします」
うむ、瑠奈は少々パニクったようだが、何とか頭の中を整理してくれたようだ。
「ご存知の通り第一夫人が雪乃ちゃんで、美優先生が第二夫人、第三夫人が彩音で、申し訳ないが瑠奈は4番目の妻になるんだが、やはりダメだろうか?」
「瑠奈さん、ゴメンなさい!
私も美優先生も彩音ちゃんも瑠奈さんが第一夫人にって言ったんだけど、雄貴さんがそれは譲れないって引いてくれなくて」
「あ、いや、そ、それは別に……
……て言うか、何か頭がごちゃごちゃして来たぞぉ……
いや、雄貴が私なんかとまた一緒になってくれるなんて、もう幸せ過ぎて気が狂いそうなんだけど、ちょっと待って……
そもそも、探索者の重婚って確か3人までじゃなかった?」
「ああ、それはこれまで日本にSSランク探索者が居なかったからなんだ。
弓削チャン…総理が早急に法案を通してくれてるみたいでな。
SSランク探索者は世界各国の基準に従って、5人まで結婚出来る事になるんだよ」
俺の言葉を聞いた瑠奈は一瞬フリーズした。
が、直ぐに大粒の涙を溢して俺に縋り付いて来た。
「ふぇぇぇん!雄貴、ゴメン……本当にゴメンなさい……
……ありがとう……ぅぅぅ……私みたいな……」
「おっと、その先は無しだ。
瑠奈は最低なんかじゃない。俺には勿体ない程素晴らしい女性だよ」
俺はその後も大泣きする瑠奈を優しく抱きしめて、頭を撫で撫でするのだった。
「な?弟クンは女をその気にさせるプロだろう?」
「た、確かに……雄貴さんにあんなイケメンな微笑みをされて抱き竦められたらどんな女も落ちちゃいますね」
「私達……女の敵と結婚するのですわね……」
美優先生達から俺へのディスが聞こえたが、今は無視で良いだろう。
彼女達には申し訳ないが、コレが俺にとっても瑠奈にとっても、桐斗にとっても良い選択なのだから。