107話 神城雄貴に嫉妬したヤツ
《マックス・フォルモンド視点》
俺がユーキ・カミシロの事を知ったのは、今から3ヶ月程前の事だった。
今年の5月にイギリスで開かれた世界ランカーの交流パーティーに3年振りに顔を出した時、俺は1人の絶世の美女を目の当たりにした。
『YOSSY』という名の、綺麗なブルーの髪にナイスなバディを持つ世界ランカー。
彼女が纏っていたセクシーの塊でしかない色々とはみ出したドレスに俺の目は釘付けになったんだ。
「よぉ、マックス。
もしかしてYOSSYの事がお気に召したのか?」
不意に俺に声をかけたのは世界ランク43位で、以前合同でメキシコのスタンピードに当たったカナダ所属の探索者のヒュー・スティーブンソンだ。
「あ、ああ……あんなに美しい女を見るのは初めてだ……
まだ10代のようだが、何とかモノに出来ないだろうか?」
「世界一位は流石お目が高いぜぇ。
YOSSYはああ見えて30歳だが、まだ独身の筈だ」
俺はヒューの言葉に一瞬耳を疑った。
YOSSYはどう見ても18……行ってても20歳位にしか見えないのだから。
確かにレベリングをした者は基本的に老化のスピードが遅くなると言われているし、ごく一部の人間は殆ど老化しなくなる事が研究機関から発表されている。
しかし、YOSSYは余りにも若々しい。しかも、バストもヒップも極上だ。
「うひひひ、チャンスだぜぇ。
何と、YOSSYは世界一の男にしか興味が無いって有名なんだぜぇ。
世界一位のアンタが口説けば、あの気取ったアバズレも速攻でお股を開くっつーもんよ」
「君のそういう女性への敬意を欠く言い回しは頂けないが、それは耳寄りな情報だ。
だが、彼女には取り巻きが多過ぎて近付けそうにないな」
「ウヒャヒャヒャ!
俺っちは顔が効くからアンタとの間を取り持ってやらなくもねぇ。
ただ、俺っちもそれなりに美味しい思いはしてえってもんでよぉ、アンタの二番目の嫁のアマンダを一晩貸してくれよ。
そうすりゃ、俺っちが女神様との間を取り持ってやるぜぇ?」
ヒューの提案は正に破格だった。
女性の世界ランカーは僅か17人しかいない。しかも、あれ程の美貌の持ち主は絶対に彼女しかいない。
一般人は理解出来ないらしいが上位探索者の婚姻関係ほど制約の緩い婚姻関係は無い。
俺には探索者の妻が4人いるが、他所でも愛人を沢山作っている。
妻達も妻達で、俺がいない時は好き勝手に色々な探索者と寝ている。
愛妻家を自負する俺だが、アマンダはヒューに何度か貸しているので、彼女と引き換えにYOSSYという極上の女性を抱けるなら1ヶ月のレンタルくらい屁でも無い。
俺は速攻で彼の破格の提案に乗ったのだが……
「誰だ貴様は?馴れ馴れしく私の手に汚い唇を付けようとするな」
ヒューにYOSSYを引き合わせて貰っての第一声がそれだ。
俺はただ単に挨拶として彼女の手を取り、軽くキスをしようとしただけなのに、彼女は速攻で手を引いて俺の頬を張って俺を拒絶したんだ。
「ま、待て!落ち着けよ!YOSSY!
お前、世界一の男にしかヤらせないっつーてただろ!?
彼が世界ランク一位のマックス・フォルモンドなんだゼェ!?
さっさとパンティーを脱いで、彼のビッグマグナムを熱い子猫チャンで咥え込むのがお前の今すべき事だろうが!」
「フッ、ふざけるな。
こんな男の一位など弟クンに2年で抜かれるだろう。
仮初の世界一位などに股を開く程、私は安い女ではない!
私を肉便器にして良いのは、世界でただ1人。
弟クンしか居ないんだ!」
ヒューの言い方は相変わらず彼女への敬意に欠いたモノだが、それに腹を立てたにしても俺を仮初の世界一とは言葉が過ぎると感じた。
俺はピリついた雰囲気のYOSSYの気に障らぬよう、言葉を選んで口を開いた。
「YOSSY、ヒューのヤツが君に敬意を欠いた発言をして申し訳ない!
だが、私はもうかれこれ5年、世界一の座に君臨している。
仮初とは聞き捨てならない。
それに、『オトートクン』というのは何なんだ?そんな名の世界ランカーには覚えが無いのだが」
「フッ、仮初が気に障ったのならば暫定王者とでも言っておこうか。
それから、弟クンは1ヶ月程前に探索者デビューしたばかりのSランク探索者だ。
探索者ネームはユーキ・カミシロ。
まだ世界ランカーでは無いが、半年以内には確実に世界ランク入りするだろう天才だ」
な、何!?
彼女は1ヶ月前にデビューしたSランク探索者と言ったのか!?
そ、そんな……
「ハ、ハハハ……ブラックジョークか何かかな?
デビュー1ヶ月でSランクなんて有り得ないだろう」
「ククク、無知な男は話にならんな。
貴様は先月全世界の探索者ニュースで取り上げられた、レベリング前のハンサムガイが1人でワーウルフを討伐した話を知らんのか?」
「う、噂程度で耳にしたが……あんなモノはただのフェイクニュースだろう?」
「実際の動画を見もせずにフェイクと決めつける浅はかな貴様とはこれ以上話しても無駄なようだ。
だが、これだけは覚えておけ。
世界でユーキ・カミシロだけが私のこのパーフェクトな身体を抱く権利を持つ天才探索者だとな!
では、さらばだ、暫定王者!」
余りに屈辱的だった……
しかし、彼女の言う通り俺はユーキ・カミシロの動画を見もせずにデマだと決め付けてしまっていた。
直ぐにホテルに戻った俺は、急いでYOSSYが言っていたワーウルフの討伐動画をチェックした……
……そして、言葉を失った……
何だ、この男は!?
本当にレベリング前の状態のスピードとパワーだ……スキルを使用している形跡も皆無……なのに、ワーウルフの攻撃を全て捌いている……
彼女の言った通りだ……まさか、ジャパンにこんな天才がいるなんて……
無性にユーキの事が気になった俺は、彼のチャンネルに登録して、アーカイブにあった彼の初ダンジョンアタック動画もチェックした。
ユーキと一緒にいるヤマトナデシコのユキノという凄まじい美少女についつい目が行ってしまうが、彼は僅か1ヶ月という期間で体内魔力を自在に操っている。
そして、遂にはイレギュラー出現した小ボスのケルベロスまで容易く屠ってしまった……
俺以外にも体内魔力を操作出来る者がいるなんて……やはり、彼は天才としか思えない。
……そして、嫉妬をしてしまう程ハンサムだ……
俺はそれからという物、ユーキの動向を小まめにチェックするようになったんだ……
ーーーーーーーーーー
そして今、俺は画面の向こうでしか見た事が無かったユーキと対面して思った。
……ムカつく程ハンサムだ……
しかも、俺の実力を正確に把握しているとは、何処までも恐ろしい男だ……
俺は底知れないユーキの実力に触れてみたくて勝負を申し込んでしまった。
そして、ユーキは何の躊躇もなく俺との対決に同意した。
勢いとノリで言ってしまったので、何で勝負をするかは決めて無かった……どうしよう……
模擬戦では恐らく俺の方が圧倒的に有利だろう。
これまで彼の動画を見た感じでは、ユーキの剣術はそこまで熟達していないし、素手で俺の剣術に渡り合えるとは到底思えない。
何より、世界一位の俺がランクが格下の素手のユーキと模擬戦なんてプライドが許さない。
「そうだ、ボクシングで対決というのはどうだ?」
「ボクシング?
……マックスよ、それはいくら何でもプロ格闘家を舐め過ぎだ。
普通に模擬戦にしておいた方が身の為だぞ?」
ユーキの方が俺を舐めていると感じた。
幾ら魔導具で力制限をされていても、流石に俺とユーキとでは素のステータスに差があり過ぎる。
力制限の魔導具には僅かな誤差が出てしまい、ステータス差はどうしても生まれてしまう。それがスキル無しの対人戦では大きな差となって如実に現れるんだ。
俺は彼の忠告には従わずに、ボクシングで勝負をする事にしたんだが……
ズドンッ!!
ユーキの繰り出したオープニングのジャブをまともに貰ってしまった。
な、何だこのジャブは!?
まるで拳大の鉄球を至近距離からぶつけられたようだ……クッ口の中に大量の鼻血が流れ込んで来やがった……
「どうだ?
まだ続けるか?」
クソ!ユーキのヤツはワザと追撃して来なかったってのか?
俺は返事の代わりに右の拳を目一杯の力で振り抜いた。
ゴズッ!
俺の拳には何の感触も無く、再び頭部が大きく後ろに弾かれる。
何なんだ、コイツは!?
どういうマジックか分からないが、ユーキのグローブが突然大きくなったように見えた次の瞬間には鉄の塊をぶつけられたような痛みと衝撃に襲われる……
パスン、パスン……
今度はワザと手加減したような威力の無い打撃だ……チクショウ!舐められたままで終われるかよ!
グシャァッ!!
手加減した拳に腹を立てた俺が前に出た瞬間、恐ろしく硬く、鋭く、重い拳が俺の顔面を捉えた……
俺はそのまま意識を手放した……
◆◇◆◇◆
「よう、大丈夫か?」
「……そうか、俺は負けたんだな……」
目を覚ました俺に心配そうに声をかけて来た雄貴。
俺は自分が訓練場に仰向けに寝かされている事を知り、ジワジワと敗戦の悔しさが滲んで来た。
「ひ、左手一本でマックスを沈めやがった……」
「ユーキはマジでプロボクサーだったんだな」
「ジャパンに友人が居るんだが、ユーキは金メダリストのアイグチから唯一ダウンを奪った男らしい」
「いや、だとしても、マックスをジャブだけで倒すとか有り得んだろ……」
他のランカー達のヒソヒソ話が聞こえる……そうか……俺はジャブだけで……
「なぁ、マックス。
何故普通に模擬戦を提案しなかったんだ?
剣を使っての模擬戦なら、俺はアンタに勝てなかったっつーのに」
「ハ、ハハハ……
意地だよ……君の話は聞いていて、実際に何度も君の戦闘の動画を見て来た。
惚れた女をモノにする為に、君の土俵で戦ってコテンパンにしてやろうって意地になっただけさ……
剣を拳に変えるだけだから勝てると思ったんだがな」
「剣の模擬戦とボクシングじゃ間合いが全然違う。
ボクシングは距離が近いから、幾らステータスが高くても格闘技未経験では対応出来る訳がない。
逆に剣の間合いで戦ったら、俺はアンタの予備動作が殆ど無い剣閃に対応出来なかった筈だ」
俺はユーキの言葉を聞いて、唖然とした。
普通の探索者は大なり小なり我が強く、自分を大きくアピールしようとする者が殆どだ。
世界ランカーなら尚更他人を認めたくないモノ。
ランキングが50位以上離れていればまだ理解出来るが、ユーキは27位で俺に手が届く位置につけている。
「……ハッハッハッ!
負けた……俺の完敗だよ!探索者としても、男としても完敗だ!
局長!ユーキは間違いなく本物だ!
彼を正当に評価しなければ、US支局は大恥をかく事になるぜ!」
俺は目の前のハンサムガイに心から感服して、負けを認めてしまった。
そこには不思議と悔しさは無かった。