101話 美優先生に翻弄されるヤツら ③
《時雨視点》
「ま、魔性の女や……あの嬢ちゃん、ホンマに素人かいな……」
ボクは美優さんの魔性に触れ、大阪弁ダダ漏れで呟いてしまった。
あの後ボクは完全に浮かれて、意気揚々と美優さんを連れてVIPエリアに戻ったんだけど、彼女は色々と異質過ぎた。
先ずは美優さんが座った席位置。
VIPエリアは集客上、大きなコの字型にソファが設置されており、二組の客が座れるようにしてある。
彼女が座ったのはもう一組の別客の直ぐ隣で、隣のテーブルとボクらのテーブルの端の部分。
ここは通常はヘルプのキャストが座る場所なのだが、何故か本日の主役の美優さんはヘルプが座る場所でグラス片手に楽しそうに大下部長や宮原課長の話を聞いている。
それ等の所作から、思わず貴方はヘルプですか?と聞きたくなる。
続いてヤバいポイントは、身体を大下部長達の方に向けない点だ。
丁度L字になった角部分に部長が座っていて、普通の人は話している人の方に身体を向けるんだが、美優さんは身体と顔を真正面、目線だけを話している人に向けている。
彼女の座っている位置とVIPエリアの他の島との位置関係で、彼女が身体を正面に向けていると彼女の攻めまくりのエロドレスやおパンツが通路を挟んでお向かいの島の客から見放題である。
そして、顔が正面を向いているという不自然さも、彼女の美貌に視線を集める事に一役買っている。
現に別の島の客は自分の所の嬢の事など気にもかけず、美優さんの方ばかり見ているのだから本職の嬢達は立場が無い。
そして、ヤバいポイント3つ目が絶妙な距離感。
美優さんは普段ハキハキと喋っているんだが、今は時折聞き取れないくらいの声量で何かを楽しそうに話す。
彼女の隣に座る竹元係長でも良く聞き取れないようで、当然美優さんに何を話したのか尋ねるんだが、その時に彼女は肌が触れ合わない程度に竹元係長に身を寄せてそっと耳打ちをする。
コレはマジでヤバい。
先ずは身を寄せた時に、彼女の豊満なバストが竹元係長の腕に触れるのではとハラハラする。
そして、2人だけが楽しそうに笑い合い、竹元係長……いや、最早竹元で良いだろう。
竹元は竹元で返事を美優さんに耳打ちをする。
完全に2人きりの空間が出来上がってしまった為、大下部長と宮原課長の嫉妬が凄まじい。
っていうか、一番嫉妬しているのはこのボクだ!
何てったって、この2年間定期的に彼女のイメージブルーレイを夜のオカズにして来たんだ!
最早、ボクのオンナにちょっかいをかけられていると言っても良い!
いや、正確には神城君のオンナだけれども……
クソ!耳打ちの時だけ美優さんが少し竹元の方に身体を向けるから、ポジション的に竹元だけが彼女のおパンティを見られるじゃないか!!
ボクは嫉妬し過ぎて竹元の首を絞めてやりたくなるのを堪えて、気を取り直して席を立ってトイレに向かった。
そして、通路を通り際に横目でチラリと美優さんのおパンツを覗いた……
凄え……何か、凄え面積が狭くて光沢感のあるおパンティだ……この間脱衣所で見たグチョ濡れのヤツも凄かったが、あの『YOSSY』さんだと判明してから見るこのおパンティは別格だ……
ボクが心の中で『イエス!』、『イエス!』と何度もガッツポーズをしながらトイレに向けて歩き出した時、何か違和感のようなモノを向かい側の島から感じた。
よく分からないけど、向こうの島のボックス席がゴチャ付いてるような……
まぁ、今は憧れの『YOSSY』さんの生パンツをガン見出来た悦びを噛み締めよう。
そんな浮かれた気持ちでキャバのトイレに入った俺は思わずギョッとした……
「だ、誰だ?……このだらし無く鼻の下が伸び切った締まりの無い表情の男は!?
こ、コレが……ボクだと!?」
手洗いの鏡に映る自分の顔を見て、僕は思わず心の内を口に出してしまった。
それ位、鏡に映るボクはいつものミステリアス系クールガイとはかけ離れた顔をしている……
「しっかりしろ!時雨!
お前は『暁月』のリーダーだろうが!」
ボクは両手で自分の頬を張り、鏡の向こうの自分に呼びかけた。
ふぅ……もう大丈夫だ。
もう何があっても取り乱したりはしない。
それにしても美優さんは恐ろしい女性だな……普段の話口調や振る舞いから、あの美貌に反して女を感じさせない節があるのに、一度何かしらのスイッチが入ると見事に可愛さとセクシーさの暴力と化す。
それだけ彼女は女性としての魅力に溢れた人なのだ。
彼女を侮る事はもうやめよう……彼女が『YOSSY』さんだという事も忘れよう。
緊張感のギアを二段階上げたボクは、クールに卓へと戻り……
「何か隣のデブの足に触れちゃってるんすけど!?」
クソ……またしても取り乱してしまった……
だってアレって無自覚でやる方が難しいゾ?キャバ嬢でも結構ガツガツ客の指名を取りに行く層がやるワザなんだから。
自然とソファに手を付いているフリをして、別宅の客にアピールする為にチョンと太腿に触れる。
気になった客の視線はついついそのキャバ嬢へと行ってしまう。
現にあの隣の卓のデブはめっちゃ鼻の下を伸ばして美優さんのおパンツを覗こうとしてやがる。
あのデブは、ヤツの右手側に座ってるナズナちゃんの指名客っぽいが、ナズナちゃんの事など目に入っていないんだろう。
「あ、あのぉ、き、君は何ていう名前なのかな?」
あ、遂にデブ君が美優さんに声をかけた……
「む?私は美優だが」
「へぇ、ミユーちゃんって言うんだ。
メチャクチャ可愛いね。
指名替えすっからさぁ、コッチの席に来なよっつーか黒服が来ねえなぁ。
何やってんだ?」
指名替えすんのかよ。まぁ、キャバだと普通に指名替えはあるけどさぁ、せめて隣に自分の使命のコが居ない時にしろよ。
つーか、デブ君の言う通り本当に黒服が居ないな?
ん!?て言うか、我々のVIPエリアの向こう側の通常のエリアに客が殆ど居ない!!
どういう事なんだ!?
「アンタ、他所の卓でしょうが!
ミユウちゃんは、お、お、俺のモノなんだから、アンタはそっちのキャバ嬢と話してろや!」
「何だぁ?指名替えなんてキャバの常識だろ?
ミユーちゃんだってアンタみたいな冴えない貧乏リーマンの相手より、俺のような一流企業勤めのセレブの相手をした方が絶対良いに決まってるっつーの!」
「ハァ?似合もしない『ボルモーニ』のTシャツと『コッチ』のブランド主張が激しいデザインのパンツを着てドヤ顔とか、普通にダサいんじゃ!!
更に『アサブロ』の金時計とか、いつの時代の成金だよ!!
ブランド品を身に付ける事でしか自分をアピール出来ねえダサ坊が、ミユウちゃんに馴れ馴れしく口を聞くな!」
おお……色々と凄いな……
美優さんを挟んで、竹元とデブ君が舌戦を繰り広げているゾ……
そして、美優さんは……露骨に怯えたポーズを取ってる……
アンタ、そんなタマじゃねえでしょうが……
「ミユウさん、怖いでしょ?
ホラ、俺の隣においでよ」
「す、済まない……だ、男性の怒鳴り声に慣れて居ないんだ……
ふ、震えてしまって立てそうにない……」
「そ、それは大変だ!
俺が抱き起こしてあげるからね!
あ、ちょっと、雅美さん悪い。美優さん座るからそこ退けて」
2人が言い争っている間に、しれっと宮原が美優さんの救出に向かいやがった……ナンバーワンの雅美さんを足蹴にしとるし……
雅美さんは一見穏やかな笑顔を浮かべているようで、目の奥は笑っていない……
当然だ。
この場にいる男達の関心が水商売の経験ゼロの美優さんに持って行かれたんだから。
「ちょっと待ってくれ!
き、君!この店で一番高いボトルを入れるから、コッチの席に来てくれないか!?」
場が混乱を極める中、向かいの島のボックスにいたオッサンが美優さんの元へ向かったぁ!
黒服も通さずに勝手が過ぎるだろ!?
あ、その黒服がどういう訳か見当たらないから、直接交渉をしたって事か!
「何だよオッサン!ミユウちゃんは俺らと飲んでるんだ!
大体、ミユウちゃんはお店のコじゃねえんだ!
ボトルを入れた所で一文の特にもならねえんだよ!
分かったらどっか消えろ!」
「見え透いた嘘を吐くな!
こんな露出度の高いドレスを着た煌びやかなコがキャバ嬢じゃなかったら、何だと言うんだ!?」
「わ、私のことで喧嘩をするのはやめてくれぇ……お、お願いだ……私は男の怒鳴り声が怖いんだ……仲良くしてくれないと泣いてしまうかもだ……」
うわぁ……美優さん絶対に猫被ってるよ……
あんな見え見えの演技に騙されるヤツなんて……
「あ、いや、ミユウちゃん違うんだ!
喧嘩なんてしてないから!
な?オッサン!」
「あ、ああ!
け、喧嘩じゃない、喧嘩じゃない!
ちょっと彼とふざけていただけなんだ」
いた……騙されてるヤツが2人もいるよ……いや、今の美優さんの言葉でデブ君と竹元も言い合いを止めてしまった……
何であんな露骨に目をウルウルさせて上目遣いをされただけでコロッと騙されるのか……いや、分かるな。
美優さんは何よりギャップが凄いんだ。
普段は凛とした声で体育会系というか、男のような話し方をするのに、か弱い女の子の一面を見せたり、ふとした仕草も結構女の子っぽいんよな……
「良かった……皆んな仲直りしてくれたのだな……
では、皆んなで楽しく呑もうではないか」
おお……美優さんの取りなしで場が収まったゾ?
別の島から来たオッサンも勝手にソファに座り出したし。
恐ろしい事に、美優さんは色々と掻き回しつつも、この場を完全にコントロールしている……
世間では神城君を無自覚系と称しているけど、美優さんの方が遥かに厄介だ。
2人とも容姿が圧倒的に優れている前提があるのだが、神城君は彼なりの理性を働かせた行動で人々をダンジョンの脅威から救い、名声を高めて女性を虜にしている。
短気を起こすし発言は結構ヤバいのにあれだけモテるのは、行動でキッチリ結果を残すからだろう。
しかし、美優さんは自分のその時の気分に従った発言や行動、相手との距離感や見た目と言葉遣いのギャップなど、様々な要素が男を強烈に惹きつける。
どれが計算でどれが無自覚なのか良く分からないが、彼女と僅か1日一緒にいるだけのボクがコレだけ振り回されて心をかき乱されているのだ……
並の童貞ならばガチで人生を狂わされるだろう……
普段イイ男を気取ってはいるが、ボクは生来根暗で完全に引きこもり体質だ。
脱童貞も今から3年前の25歳の時で、相手は泡の国のプロ。
素人の女性とは昨年初めて致した次第だ。
何が言いたいのかと言うと、ボクは限りなく童貞寄りな人間だという事。
だから分かるんだ……
「神城君……彼女はモンスターだ(良い意味で)……君は彼女を御し切れるのか?
彼女をしっかりと繋ぎ止めておかないと、おそらく多くの童貞が死ぬ事になるぞ……」
美優さんの脅威を痛感したボクは、思わず胸中の不安を遠くアメリカの地にいる神城君に問いかけるように呟いた。
ダァンッ!!
「もういい加減にしてくんない!?
アンタのせいでコッチは商売上がったりなんだけど!!」
ボクの呟きはテーブルを激しく叩きつける音と、雅美さんの怒声によって掻き消されたのだった……