100話 美優先生に翻弄されるヤツら ②
《時雨視点》
ああ……サイアクだ……。
美優さん、『長嶺魔石加工株式会社』工場管理部の大下統括部長、魔石加工技術課の宮原課長と竹元係長と共に、『暁月』のクランビルに入っている大人気キャバクラ『エスプロジオーネ』に行く事になった……
絶対に美優さんにはキャバなんかに行かせたくないのに……
何故こんな状況になっているのかは、単にボクの考えが甘かったから……っていうか、美優さんの人間力が凄過ぎたからだな…うん。
時間は前後するけど、あの後の事を順を追って説明しよう。
美優さんは『長嶺魔石加工株式会社』の品川工場に着くなり、受付に自分が神城雄貴の婚約者だと豪語した。
普通はアポ無し凸でそんな事をする人など門前払いにされる所が、美優さんの圧倒的美貌と威風堂々とした佇まいに気圧されたっぽい受付嬢が大下統括部長に取り継いでしまったんだよねぇ……
「私は神城君に入社当時から目をかけていてね?
彼はとにかく熱い男だったんだ。
それは仕事に対しての情熱も凄かったし、息子さんへの愛情の熱量も凄かった!」
「ほう、流石は弟君。
格闘技も物凄い熱量で取り組んでいたが、仕事や育児への熱も凄いのだな」
「うん、そうなんだ。
彼は何事にも一生懸命に取り組む!手を抜くという事を知らないんだよ!
言葉にするのは簡単だが、実行するのは中々どうして難しい。
彼のように熱い若者は最近めっきり減ってしまった……
探索者を引退したらウチに戻って来てくれないだろうか……」
「部長、湿っぽい話はそれくらいにして、私にもっと弟クンの若かりし頃の話を聞かせてくれえ。
取り敢えずホラ。一杯飲め」
ボクらはその後工場近くの居酒屋に行った。
美優さんの人間力が凄過ぎて、速攻で神城君の元上司の大下統括部長、神城君と同期入社にして最も仲が良いと豪語する宮原課長、そして我こそが神城君に一番可愛がって貰っていた後輩だと豪語する竹元係長の3人と意気投合。
昔、神城君とも良く行っていたという居酒屋で更に話を弾ませたという訳だ。
元インキャで人見知りなボクには全くもって理解出来ない。
普通、アポ無しで会社に押しかけて来た人と飲みに行く!?
幾ら絶世の美女で神城君の婚約者と言っても、初対面で居酒屋で一杯やろうなんてならないだろ……
ボクはただただ美優さんと大下部長達とのやり取りを少し離れた場所で見守るしかなかった。
「ユーキはめちゃくちゃノリが悪いんすよ!
俺という大親友がオッパブに連れてってやるっつってんのに、『キリトが〜』とか『ユキノちゃんが〜』とか言いやがって……」
「ちょっ、カケル先輩。飲み過ぎですって!
そんな話されても美優さんが困るじゃないですか!」
ボクが空気になっていると、結構なペースで飲んでいた宮原課長がオッパブの話まで出しやがった。
この人ら会ったばかりで砕け過ぎだろ……
「ははは、私は全く構わないぞ。
弟クンに男同士の付き合いを蔑ろにする一面があると分かって、実に興味深い。
ところで、オッパブとは何なのだろうか?」
「へ!?オッパブ知らないんすか!?
めっちゃ楽しくお酒が飲める店なんすよ!
じゃ、これから俺が行き付けのオッパブに連れてってあげるッスよ!」
「コ、コラ、宮原!女性に何て事を言い出すんだ!」
「いや、私は暫く日本を離れていて、今流行りの店を全く知らないんだ。
宮原クンが迷惑じゃないなら是非案内して貰いたい!」
「ちょっ、ちょっと待ったぁ!
オッパブなんて昔から有るし、今流行りとかでは絶対にない!
大体女性が行くような店じゃないんすから!
美優さん、明日は神城君のダンジョンアタックがあるからそろそろホテルに戻りましょう!」
ボクはすかさず待ったをかけた。
恐らく、飲み物のオーダー以外でボクが居酒屋で発した初めての言葉がソレだ。
「ええ〜霧雨さん、ノリが悪すぎるっしょ〜!
まだ9時だし、夜は全然コレからっしょ〜!俺ら明日休みっしょ〜!二次会はマストっしょ〜!」
「霧雨って誰やねん!?ボクは時雨や!
ア、アカン、また大阪弁が出てもうた!
取り敢えず、もうお開きっつー事で!」
「ええ〜!せめてもう一軒、もう一軒だけ!
おし!もうオッパブとは言いません!
間を取ってキャバクラ行きましょう!キャバなら良いでしょう、五月雨さん!」
「だから五月雨って誰やねん!
一文字も掠ってへん!いや、『れ』だけ合うとるか!
何をどう間取ったらキャバクラになるんか知らんけど、何を言おうがあかんものはあかん!美優さん、帰るで!」
ボクは最早大阪弁を正す余裕すら無くなり、とにかく美優さんを居酒屋から連れ出す事に必死になった。
ここで何とかしなくては、どんどんヤバい方に流れると思ったから。
「時雨クン、最後に一軒くらい良いじゃないか。
せっかく弟クンの親友が誘ってくれているのだ。
あと、キャバクラ?とはどんな所なのだ?店の名前なのか?」
「へ?キャバクラを知らないんすか!?
うう〜ん、言うなれば『オトナの社交場』って感じっすかねぇ?」
「いや、宮原さん、何上手い事言うてん!
美優さん、悪い事言わんからやめとき。
大人しくお暇した方がええって」
「いや!キャバクラに行く!
『オトナの社交場』か……うむ!とても良さそうな場所じゃないか!」
「あ!じゃあ俺、『暁月』のクランビルに入ってる『エスプロジオーネ』に行きたいッス!
超レベルが高いって聞くし、いつも混んでて入れない超人気店だけど時雨さんが一緒だったら余裕で入れるっしょ!」
「いや、最後はちゃんと時雨て呼ぶんかい!
あかん!『エスプロジオーネ』は絶対にあかん!」
「時雨よ、貴様さっきから否定してばかりだな。
大人しく従わないと、弟クンが帰って来た時に貴様に風呂場を覗かれたとバラすぞ!」
「ハァ!?春雨!!
お前、ミユウさんのナイスバディを覗いたのか!?
羨まし過ぎるぞ、この野郎!」
「誰が春雨やねん!!アレは事故や!覗いたんちゃうわ!」
「いいや、アレは間違いなく覗きだ。
女風呂の脱衣所に堂々と入って来た癖に、事故などと呼べる訳が無かろう!
弟クンに言ったら、さぞ激怒するだろうな」
そんな感じでボクは美優さんの脅しに屈してしまい、今ボクはクランビルに向かって車を運転している訳だ。
後ろの席では酔っ払い共が楽しそうにくっちゃべっている……ボクの気苦労も知らずに……
「そうだ、時雨クン。
私は社交場に行く前に化粧を直したいので、私だけ先にホテルで下ろしてくれないだろうか?
君のクランビルの場所は分かるし、2階のワンフロアが『エスプロジオーネ』だと宮原クンに聞いたから、私をホテルで下ろしたら皆んなは先に行っててくれ」
「いや、アナタを1人にするとか普通に無理……」
美優さんの言葉を聞き、ボクは直ぐに却下しようとしたが、ふとある事が頭を過った。
コレ、部屋に帰って一杯引っ掛けたら昨日みたいに寝るんじゃね?
正直、この人は神城君が戻って来るまで寝ていて貰いたいくらい行動がぶっ飛んでいる。
ボクは彼女の意見に従い、先に美優さんをホテルで下ろしてから野郎共4人で『エスプロジオーネ』へと向かったのだった。
◆◇◆◇◆
「ヤッベ!顔パスでVIPエリアに通されたんですけど!
流石梅雨君!クランリーダーだけはある!」
ボクらのスポンサーさんの八条グループが力を注いでいる『エスプロジオーネ』は、『暁月』幹部がいつ来ても良いように、VIPエリアと呼ばれる他の席よりも一段高い場所にある島を少なくとも一席分確保してくれている。
まぁ、VIPエリアと言っても個室とかでは無いし、大衆的なキャバクラなのでVIPエリア料金も5万円と然程高くは無いのだが、宮原課長はご満悦のご様子だ。
相手するのも面倒いので、彼の小ボケはもう拾わない事に決めた。
「うっわ、『中年リーマンの推し』の雅美さんが来た!
カケル先輩、場所変わって下さいよ!」
「時雨さん、何かウチの若いヤツが我儘言って済まないねぇ。
君もそんな所で立っていないで座ったらどうだい?」
「お気遣いありがとうございます。
でも、ボクは急な用事が入る事も有りますし、酒も控えているので気にせずに楽しんで下さい」
大下部長は唯一大人な感じでボクの事を気遣ってくれたが、ボクはやんわりと断った。
そろそろ部屋でシャンパンを飲んで眠りに付くであろう美優さんの様子も見に行かなくては安心出来ないので、皆が座る長がけのソファの側で立っている事にしたのだ。
美優さんを下ろしてそろそろ1時間……時間は間も無く23時……恐らく彼女は部屋のシャンパンを空けてウトウトしてる頃だろう……
フフフ……男共はナンバーワンキャストの雅美さんに鼻の下を伸ばしている……あと1時間も雅美さんと飲めば、彼らも大満足で家路に着くだろうさ……
「あの、時雨様。
お連れ様と名乗る女性が入り口で時雨様の席に通せとゴネてらっしゃるのですが、あの方は本当に時雨様のお連れ様という事でよろしいでしょうか?」
ボクが今日一日を何とか乗り切ったと確信する中、『エスプロジオーネ』の店長が最悪なタイミングで最悪な事を告げて来た。
「マジかよ……ガチで化粧直して来るとか……ハァ……今行って知り合いか確認するよ……」
もしかしたら美優さんでは無い別の女性かも知れない。
ボクは極薄い望みに縋る思いで店の入り口に向かった……
「だから、私はこの『オトナの社交場』に招待されてだな!
早く私を時雨クンの席に通さないと、後で地獄を見る……」
「ああ、時雨様、申し訳ありません!
此方の同業他社のキャストの方が時雨様の知り合いだと申してまして……」
「あ、時雨クン!
良かった、彼に説明してくれ!」
ボクの方に振り返った美優さんは正にミッドナイト・エンジェルだった……
どデカく形の良いバスト、素晴らしいくびれを見せるウェスト、芸術的な曲線を描くヒップ……
何より顔立ちが抜群に美しい……
いや、今は見惚れている場合では無い!
「つーか、何つうドレスを着てるんだよ!?
あちこちが溢れそうな絶妙なバランス過ぎるだろ!
客が本職のキャストより目立つとか、営業妨害も良い所でしょーが!!」
「む?何を怒っているのだ?
コレは社交パーティーに着て行く用にスポンサーの『ギャルティエ』が仕立ててくれた一張羅だ。
そこいらの吊るしのドレスとは訳が違う。
『オトナの社交場』にこれ程相応しいドレスは無いだろう?」
クッ……この人、完全に『オトナの社交場』を誤解している……
それにしても、彼女のメインスポンサーは『紐の魔術師』と呼ばれるエドウィン・ギャルティエがメインデザイナーを務めるスポーツ用品ブランドの『ギャルティエ』だったのか……
という事は、美優さんはボクの想像を上回る凄腕探索者という事か……
『ギャルティエ』は20年前から女性アスリート用に極力無駄を省いた前衛的なデザインのスポーツウェアを展開して、そのウェアの余りの露出度の高さから邪道呼ばわりされていた異端児スポーツブランドだ。
だが、ウェアの各所に使用される『紐』が、筋肉に適度な緊張と刺激を与える事が科学的に証明されて、遂には『ほぼ裸のスイマー』と言われたエカチェリーナ・ヌギトワが『ギャルティエ』製水着を着用して200メートル自由形で金メダルを獲得。
一気に業界再注目の女性用スポーツブランドにのし上がった。
今では陸上や水泳競技の女子選手の7割が『ギャルティエ』製のウェアを着用している。
世界にダンジョンが出現してからは、独自の『紐力学』を駆使した前衛的デザインの女性探索者用装備を数々と打ち出し始めた。
日本では露出狂装備と揶揄されるが、一見ディフェンス面がザルな紐装備は様々な効果が付与されている為に防御力が恐ろしく高い。
また、装備品が非常に軽い事と紐による筋肉への緊張と刺激の相乗効果で、運動能力の大幅な向上も認められている。
主にヨーロッパ圏の女性探索者が好んで着用している超メジャー女性探索者用装備品ブランドが、現在の『ギャルティエ』の世界的ポジションだ。
だが、『ギャルティエ』が誰かのメインスポンサーに就いているという話は殆ど聞かない……
唯一の例外はイギリスに拠点を置く、謎の世界ランカー『YOSSY』のみ。
まさか……
「あの……『ギャルティエ』がメインスポンサーって……美優さんはあの、『全世界のお父さんのオカズ』として有名な『YOSSY』さんですか!?」
「ああ、その通りだ!
探索者としての稼ぎは女性のソロ探索者としては世界14位だが、探索中の私のこの究極のボディをメインで編集したイメージブルーレイが飛ぶように売れてな。
副収入を含めると、世界で二番目に収入を得ている探索者がこの『YOSSY』だ!」
す、凄い……
ボクも『YOSSY』さんのブルーレイは15本全て網羅して夜のオカズにしている。
サディスティックなパーティーに参加している人が着用するようなマスクと、あのダイナマイトバディの組み合わせは史上最高。
そんなボクのオカズが目の前に……
ゴメン、神城君……ボク、今晩羽目を外し過ぎちゃうかも知れません……