99話 美優先生に翻弄されるヤツら ①
※時間はAランクダンジョン攻略の前日記者会見に戻ります
《時雨視点》
拝啓、神城君。
君達『ガチ勢』が『VISITORS』と『餓狼』と提携を結ぶ際にボクら『暁月』にも声をかけてくれた事、とても嬉しく思う。
『暁月』は例の『蜷川コーポレーション』と『ディアブロ』の件で、今は余り表立って動けないから申し出を謹んでお断りした次第だけど、関係性を持った各所を蔑ろにしない君は本当に素晴らしい男だよ……
でだ。ボクは昨夜から君の婚約者さんだと自称する美優さんの接待をさせて貰っている……一つ聞きたいんだが、彼女は本当に君の婚約者なのかい?
とてもじゃないが、誠実さを重んじる君の婚約者とは思えないんだよ……
昨晩なんて……
「フーッ……やめよう。
こんな愚痴っぽい長文メールを神城君に送るなんて、アリかナシかで言えばかなりナシ寄りのアリだが、とにかくやめよう……」
ボクは『インペリアルオーシャン』という豪華ホテルのスイートルームのダイニングでスマホをポチポチする手を止めた。
「クソ!何だこの記者連中は!?
コイツらは弟クンを何だと思っているのだ!?
いや、それにしても弟クンの髪が銀髪と黒髪が良い感じにミックスされていてしゅてきしゅぎる……
はぅぅ……弟クン!今すぐベガスから日本に飛んで来て、はしたない私のお股にお仕置きしてくれぇっ!!」
今、モニターに叫びかけているのは、自称・神城雄貴の婚約者の美優さんだ。
ハァ……この人、朝9時から本当に煩いんだけど……
昨晩、都内のカプセルホテルから、『暁月』のスポンサーさんが経営しているこのホテルの一番高い部屋をボクのポケットマネーで抑えたんだけど、この美優さんはとにかく酷かった……。
先ず、スイートルームに荷物を置くなり、『暁月』のクランビルに入っている女性専用の風俗店に行きたいと喚き出した。
どうやら移動中にスマホでお店のSNSを検索したらしく、所属している『施術師』の1人が神城君と同系統のイケメンという事で、その施術師のマッサージテクを堪能したいと言い出したのだ。
あの時自分で進めておいて矛盾しているけど、あの手のお店は何かと宜しく無いので、1時間かけて何とか美優さんを説得した。
続いて彼女が言い出したのは、久し振りに美味い寿司が食いたいという事。
既に時間は深夜1時近かったが、ボクはウチのクランが贔屓にしているかなりお高い寿司店の大将に無理を言って出張してもらう事にしたんだが……
……この女…いや、美優さんは、大将を待つ間にウェルカムシャンパンを開けやがっ…開けてしまって、大将が到着した頃には爆睡していたんだヨ……
美しいルックスを保つ為に19時以降は特定のミネラルウォーターしか飲まないようにしているこのボクが、深夜2時に泣く泣くお寿司を食べる羽目に……
何とか寿司を流し込み、大将に厚い謝礼金を渡して送り出したボクは、直感的にこの女…いや、美優さんは目を離すと何をしでかすか分からないと判断して、スイートルームのダイニングルームで寝ずの番をした。
当然、その間彼女には指一本触れていない。
で、夜が明けると案の定、朝6時にも関わらず風俗店に行きたいと喚き出し、やはり1時間かけて宥めて、ルームサービスで豪華和食御膳を注文。
久し振りの本格的な和食だと、美優さんは喜色満面で食事を摂ったので、ボクも一息付いた所に今のこの騒ぎなんだよねぇ……
「これ程美男子な弟クンが真摯に答えているというのに、何と悪意に満ちた記者どもだ!!
コレはまるで誘導尋問ではないか!!
もう許せん!!今からベガスに飛んで、記者どもを八つ裂きにしてくれる!!」
「わぁ、ちょっと!落ち着いて下さいよ!
今から向かったら明日のダンジョン攻略が見れないですってば!」
ハァ……もうヤダ、この人……
普通にしてたら恐ろしい程可愛いのに、何でこうも思考が極端なの?
ああ……この人が只の神城君オタクで神城君と一切面識が無い人だったら速攻で切り捨てるのに、『ディアブロ』のチンピラが関係者認定してる上に、中高生の頃の神城君の生写真を持ってるんだよなぁ……
「クソ!口惜しいが貴様の言う通り、今からベガスに行ったら明日の弟クンの勇姿を見逃してしまうかぁっ!!
仕方がない。昨日の思いついた事だが、コレから弟クンの昔の職場に突撃しようじゃないか!!」
「はぁ!?ちょ、前の職場に行くって、アポとか取ってるんすか!?」
「ん?そんなモノ取ってる訳が無いだろう?
なに、たかがちっぽけな町工場だ!事情を話せば直ぐに弟クンと繋がりのある同僚とかに取り次いで貰えるさ!」
うわぁ……やっぱりアポ無しかよ……何なの?その根拠の無い自信は?
しかも、神城君の元職場の『長嶺魔石加工株式会社』って、この3ヶ月で急激に業務拡大して、工場も増設しまくったらしいから国内の魔石加工場の中で一番デカかったハズ……
クソォ……神城君の婚約者と知って今さら放置なんて出来ないし……こんな事ならディスアキなんて放置しておけば良かった……
「貴様が車を出すのか?
出さないならばタクシーをチャーターするが?」
「ああ、出します、出しますよ!
ったく、日本五大クランのリーダーを足に使えるのって、間違いなく日本でアナタだけですよ!」
「ははは!そんなに褒められても、私の使用済み下着くらいしか出せないぞ!」
「一ミリも褒めてないッスからね!?」
ハァ……神城君……お願いだからダンジョン攻略したら速攻で帰って来てくれぇ……
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《柊彩音視点》
「え!?美優先生の事?
何でそんな事聞きたいの?」
「ど、どうしても!
ダンジョン攻略に集中する為に、どうしても今日お聞きしたいのですわ!!」
波乱の前日記者会見が終わり、ユーキさんは怒って不貞寝してしまいました。
雪乃さんはお怒りのユーキさんの事を気にしておいででしたけど、私は雪乃さんから教えて頂いたユーキさんの初恋のお相手……『ミユウ先生』の事が頭から離れないのですわ!
どうしても気になって仕方の無い私は、夕食後にユーキさんのお姉様であるコズエ様に、『ミユウ先生』の事を尋ねました。
何故、『ミユウ先生』が気になってしまうのかですが……
かつては雪乃さんに対抗意識を燃やしていた私でしたが、雪乃さんの人柄に触れてみて、私如きとは格の違う女性だと実感致しました。
清廉潔白で深い思い遣りを持ちながら、ご自身の意に沿わない事には決して屈しない芯の強さを併せ持つ雪乃さん。
私は一時あれ程敵意を剥き出しにしていたにも関わらず、今ではとても優しく接して頂いております。
彼女がユーキさんの第一夫人になる事に一切の不満もございません。
日本の法律で、Aランク以上の高位探索者は3人まで伴侶を娶る事が出来ますの。
つまり、残る妻の座は2席という事でございますわ。
私の見立てでは、第二夫人は前の奥様のルナ様だと思いますし、可愛いキリトちゃんのお母様でらっしゃるルナ様が第二夫人で全く異存はございません。
そして、この私がユーキさんの第三夫人……前日迄はその心づもりでいたのですが……
彗星の如く現れた『ミユウ先生』によって、一気にユーキさんの妻ランキングがぶち壊されたのですわ!!
そんな訳でコズエお姉様にお伺いしたのですが、コズエお姉様は暫く思案して意外な事を仰いました。
「うぅん……実は、私は美優先生の事を良く知らないのよね…」
「えっ!?『ミユウ先生』はコズエお姉様のお師匠様だとお伺いしておりますが!?」
「ああ、確かにムエタイのイロハを教えてくれた師匠なんだけど、プライベートについてのお話って殆どした事が無いんだぁ。
だって、雄貴と結婚の約束をしていた事だってこの前初めて聞いたくらいなのよ?」
そ、そうだったのですわね……
先日、雪乃さんに『ミユウ先生』のお話を教えて頂いた時、雪乃さんは『ミユウ先生』こそが第一夫人に相応しいと仰っていたのですわ。
あの完璧な雪乃さんがナンバーワンとお認めになった女性……現在はロンドンにいらっしゃるとお聞きしましたが、ユーキさんの知名度がワールドクラスになった今、うかうかしていては私がユーキさんの妻の座に就けなくなってしまいます……
どうにか、ミユウ先生の情報を得る術は無いものでしょうか?
妻の座を懸けて戦うにしても、相手の情報が名前のみでは……
「あ!一つだけ美優先生の事でハッキリしてる事があるわ」
「そ、それはどんな事ですの!?」
「絶対に雄貴には言わないで頂戴ね。
あの子、恋愛系の事が小学生レベルで停止しているから、聞いたら女性不審になり兼ねないから」
そ、それ程の情報が!?
でも、もしその情報が私の有利に働くならば、うっかりユーキさんの前で口を滑らせる可能性は大でございますわ……
「おいおい、誰が小学生レベルだよ!」
「ひゃうんっ!!
ユ、ユーキさん、お、お休みになっていたのでは!?」
「お前の声がうるさくて寝付けなかったんだよ!」
何と、コズエお姉様と皆川様の寝室に、ユーキさんが入って来てしまいました……
でも、コレはある意味チャンスですわ!
もし、お姉様の情報でユーキ様がミユウ先生に幻滅すれば、私が第三夫人の座に返り咲くのですわ!!
「姉貴の言いたい事なら見当がつくよ……
美優先生は……
魔性の女だと言いたいんだろ?」
「あら、何だ…知ってたのね…」
えっ!?魔性の女とは穏やかじゃございません事よ!?
いえ、しかし、ユーキさんがご存知の情報では、打開策になり得ないのですわ!
ただ、どのように魔性なのかは非常に気になるのですわ!!
「そりゃ、美優先生に夢中だったし、姉貴よりも一緒にいる時間が長かったからな。
美優先生のせいで人生を狂わされた男達を腐る程見て来たさ」
「じ、人生を……く、狂わされた……ですの?」
「ああ。しかも、その人は結構身近な人だったから、俺は今でもその人に顔を合わせずらいんだ」
かつては身近な存在だったのに、そのミユウ先生のおかげ今は会う事が憚られるなんて……
私は固唾を飲んでユーキさんの言葉の続きを待ちました。
「まぁ、端的に言うと美優先生ってば、無意識なのか意識してなのか男をその気にさせちゃうのよね〜」
「そうそう。
俺が初めてキックスパーをした千堂サンっていう美優先生と同い年の先輩が居たんだけど、美優先生って異性だろうとめっちゃ距離が近いじゃんか?
偶にこそっと相手の腕とかに触れたりするし」
「ああ、アンタの前でもソレやってたんだぁ?
私の歴代のトレーナーがコロコロ変わったのも、トレーナーが美優先生に本気になっちゃってさぁ。
でも、先生って散々骨抜きにさせておいてこっ酷く振るでしょ?」
「分かる分かる。
千堂さんもそのパターンで美優先生にマジになってさ、しょっ中俺に美優先生とのお付き合いを懸けてガチスパーを挑んで来てたんよ」
「あ、千堂サンって、アンタが何度も病院送りにしたジムの先輩の事なのね!」
「そうそう。
俺も美優先生の婚約者である以上、万に一つでも負ける訳に行かないじゃん?
俺もついついボコボコにしちゃってた訳。
お陰で千堂さん、プロデビューする頃にはすっかり壊れててさぁ。
相手に打たれる時に目は瞑っちゃうわ、ある程度の打撃を受けると直ぐに失神しちゃうわで。
あははは…」
「ちょっと、待って下さいまし!!」
私は思わずお二人の会話の流れを止めてしまいました。
だって、余りに物騒なお話なのに…
「あははは、じゃございませんわ!!
何故、そんなに軽いテンションで話せるのですか!?
結局、そのセンドーさんという方の選手生命を終わらせたのは、ユーキさんではございませんこと?
笑い話にするような話ではございませんわ!!
「す、済まん……
でも、千堂サンはまだ現役のプロ選手だぞ?」
「え!?でも、壊れてるって仰ったではないですか」
「ああ、壊れてるってのはそこまで深刻な脳にダメージが残るみたいなのじゃなく、さっき言った目を瞑ったり一定の攻撃を受けると失神する程度のモノで、日常生活に支障が出るモノでは無いんだ」
「そ、そうですのね……。
でも、そんな欠陥をお持ちなのに何故未だにプロを続けられるのですか?」
「そりゃ単純で、千堂サンのニックネームは『死闘王』。
プロ戦績28戦18勝なんだが、内14がKO勝利。10敗は全てKO負け。
KOで決着が付いた試合は殆どが倒し倒されの素人ウケする試合なんだ。
つまり、試合を盛り上げる千堂さんは実力者への当て馬として引っ張りダコって事かな。
元々はアマで優秀だったらしいから、俺に突っかかってこなければタイトルマッチに絡めただろうに、本当に残念な先輩だよ」
は、話が思い切り格闘技に寄ってしまいましたが、将来有望視されていたアマ選手が毎回病院送りにされてもミユウ先生とお付き合いしたかったという事……
お、恐ろしい女ですわ……
「そう言えば、雪乃ちゃんから美優先生を第一夫人にするべきだって言われた話はどうすんのよ?」
私がミユウ先生にそこはかとない恐怖を感じていると、梢お姉様が最も気になる質問をしました。
この答え如何によって、私の進むべき道が決まると言っても過言では無い……
私はユーキさんの答えを聞き漏らすまいと、意識を耳に集中しました。
「ん?ああ……それは実際に会ってみないと分からんかな……
雪乃ちゃんが調べてくれて、美優先生っぽい世界ランカー……って言うか、ほぼ美優先生で間違いない『YOSSY』っていうランカーを見つけたんだけど、先生にしては若いんだよなぁ……
仮面を被ってて顔が半分見えないけど30歳ってもっとBBAだし、胸も尻も昔よりやや小さいんだ」
「アンタ、ホント失礼なヤツね!
どれ、『YOSSY』……世界ランカー……
あ、あった!
でもホントねぇ……美優先生っぽい紐みたいなコスを着てるけど、私の記憶にある先生よりも一回り細いし、目とか口周りは20歳とかに見えるわ……
ぽいと言えばぽいし……う〜ん……
でも、もし先生だとしたら相変わらずの痴女っぷりよね」
ハッキリとしないユーキさんの答えを聞いて少し肩透かしを喰らった気分になりましたが、耳寄りな情報を聞いたので私もミユウ先生っぽい『YOSSY』さんを調べなくては……
た、太刀打ち出来ないのですわ………
マスク越しでも充分に分かる美貌……
そして、女の私でもお触りしたくなる程の豊かなバストとヒップ……
仮に彼女が別人だったとしても、ミユウ先生はこの方と見紛う程の女性という事なのですわ……
私はそっと部屋を出て、自分のベッドルームで泣き明かしました……