98話 大人の対応しましたけど?
16時にセレブ車両でベガスを出た我々は、アリゾナ州のキングマンという街で一泊する事にした。
キングマンはかつては人口が3万人程度だったらしいが、今はベガスや他の街からの避難民が流れ込んで来た影響で、10万人を越える人が住んでいるらしい。
現在の荒廃したベガスよりも遥かに栄えているように感じられる。
俺達は街で一番グレードの高いホテルに宿泊する事にしたのだが…
「はっ!?グランドキャニオンが封鎖だと!?」
「おいおい、ユーキ。
グランドキャニオンに3つのダンジョンが固まっているのは有名じゃないか」
夕食を摂りに訪れたレストランで、『S.W.A』のベイツからショッキングな情報を聞いて、思わず取り乱してしまった。
何だ?その、『セイ◯トに同じ攻撃が通用しないのはもはや常識』みたいな言い方は!?
「ベイツ、ユーキのアメリカについての知識は、ダンジョン発生前の情報で止まっているのよ。
ユーキ、残念だけどグランドキャニオンは今、非常に危険なの。
あの峡谷内は元々Cランクダンジョンが2つ、Dランクダンジョンが1つ有るのだけど、ダンジョンの入り口が何も絶壁の横穴のような形なので、間引きもまともに出来ていなかった。
ダンジョンの間引きが進まないと何が起こるか分かるわね?」
「馬鹿にするな。そこまで無知じゃない。
ダンジョンオーバーフローが起こるだろ」
「そう。
3つのダンジョンの浅い階層に居るのは何れも飛翔系の魔物で、Cランク中位のスパイダーホーク、Cランク下位のアクアスパロウ、Dランク下位のファントムバタフライ。
不思議な事に、3種のダンジョンから溢れた3種の魔物は、お互いを敵と見做して三つ巴の戦闘を行なっているの」
「は!?魔物同士が戦っているのか!?」
無知な俺に説明してくれたメアリーの口から、信じられない言葉が飛び出した。
ダンジョン内の魔物が同士討ちするなど、見た事も聞いた事も無い。
メアリーは唖然とする俺にはお構い無しで、そのまま話を続けた。
「現在は一番ランクの高いスパイダーホークが優勢で、グランドキャニオン一体を縄張りのようにしているわ。
コレも理由が解明されてないのだけど、どういう訳かあの一帯のオーバーフローは48時間経っても解消されない上に、スパイダーホークはグランドキャニオンから外には出て行かないの」
「魔物が外界で縄張りを作るとか、マジかよ…。
だが、外に出て行かないなら好都合じゃんか。魔法使いの部隊でも結成して、広域殲滅魔法連発で一網打尽にすりゃいい」
「とっくに試したわ。
そして、結果は失敗というか、20名近くの高位魔法使いがほぼ全滅状態となったの。
魔物も魔物を倒した個体は強化されるらしいわ。
つまり、他の魔物を多く倒したスパイダーホークはCランクを遥かに越える力を宿しているという事よ。
昨年の合同殲滅作戦の時には当時アメリカナンバーワンの攻撃魔法使い『豪炎』のアレックスが居たのに、スパイダーホークの群れのボス個体『ケイレブ』にまともなダメージも与えられずに敗走したわ」
「ちょ、ちょい待て!魔物のくせに名前なんて持ってるのか!?
大体、厨二っぽい二つ名を付けられて、アレックスは怒らないのか!?」
「チュ、チューニ?よく分からないけど、『豪炎』はアレックス自身が自ら名乗ったんだから怒る訳ないじゃない。
それから、『ケイレブ』は余りに異質な存在なのよ。
他のスパイダーホークとは一線を画す特殊個体だからWSAによって名前が付けられたの」
メアリーから告げられた衝撃情報の数々に俺は絶句した。
そして、アメリカから感じられる過度な探索者崇拝も何となく合点がいった。
アメリカニワカな俺でも知っているラスベガスやグランドキャニオンと言った観光地ですらダンジョン魔物による脅威に晒されているのだ。
アメリカ国民にとっては自国のランカーパーティーに縋るしか無いのだろう。
最強パーティーの〇〇ならダンジョンを何とかしてくれる、ランカーの〇〇なら自分達の街を救ってくれる。
その手の願望を強く持たないと、未来に希望を抱けないんだろう。
「良し決めた!
明日から3日くらいLAで桐斗と雪乃ちゃんと豪遊して、日本に帰る。
んで、『餓狼』の皆んなと特訓して、三ヶ月後にアメリカに戻って来て『ケイレブ』を倒すぜ!」
「おお!!
マジかよNIKI!ケイレブを倒してくれるのか!?
おい皆んな!NIKIがクソ忌々しいビッチを倒してくれるってよ!!」
俺がテーブルで高らかに宣言すると、隣のテーブルにいた小太り髭もじゃチェックシャツデブがテンション高く声をかけて来た。
「うぉぉ!ベガスのダンジョンを攻略したNIKIがケイレブをヤルのか!?」
「おお、NIKI!!俺は家族全員『GACHI=THEY』の大ファンなんだ!
アンタらの配信にスーパーチャットをした事もある!
全てのアメリカ人がアンタらをバッシングしたと思わんでくれよ!!」
「そうだぜ!英雄のアンタを非難したのは主にイーストコーストの連中だ!
西の連中は大体アンタらのファンなんだぜ!!」
「アタシ、NIKIの大ファンなの!!
是非ウチに来て!たっぷりサービスしちゃうわ!!」
な、何か最初のオッサンを皮切りにゾロゾロと客達が寄って来たぞ!?
中には若い女性もいてお誘いをして来たが、一体どんなサービスをしてくれるのか聞くのはアリなんだろうか?
いや、雪乃ちゃんがいるから無理だ。
俺は周りに集まった連中を落ち着かせ、『ケイレブ』討伐は三ヶ月後に予定している事を伝え、そそくさと飯を食ってホテルへと戻ったのだった。
◆◇◆◇◆
「ミスター・カミシロ、この度は私の発言で貴方には多大なご迷惑をおかけした。
誠に申し訳無かった」
翌日、俺達がホテルをチェックアウトしていると、コワモテのSPをゾロゾロ引き連れたパイロン大統領がロビーにやって来た。
目的は当然俺への謝罪である。
俺は速攻でドローンを取り出して生配信をスタートする。
「さて、ミスター・プレジデント。
もう一度、何が申し訳無かったのか、誰に何を謝るのかをハッキリと言いたまえ」
《うぉぉお!ニキがパイロンに頭を下げられとるwww》
《大統領が悪人面で草》
《ニキは何て言ったの?》
《パイロン、ハラキリだ!》
《大統領の切腹が見れると聞いて》
《大統領、ジャップに謝罪なんてやめてくれ!》
《翻訳班:『さあ、Mr.大統領。もう一度説明して、誰に対しての謝罪か言って欲しい(キリッ』だと思われ》
《ニキが全く日本語を話さなくなった事を誰も突っ込まない件》
《パイロンたん顔真っ赤だぞwww》
《凄え!同接800万越えだぞ!》
《ユーキ様、抱いて❤️》
《翻訳班GJです》
【¥300,000:ユキナリ:ともあれ、大統領に頭を下げられた記念スパチャです】
《頭を下げさせた上に説明を求める男www》
《見たかアメ公!神城様の方がアメリカよりも立場が上なんだよ!!》
うん…コメ欄が追い切れないね…
つか、同接がもうすぐ1,000万行くな。日本は深夜だと思うけど、日本の視聴者っぽい人のコメントが多いのはありがたい。
スパチャもかなりの額を投げてくれていてありがたいな。
「日本の皆んな、沢山のスパチャマジでありがとね〜!
ちょっとパイロンは世界中で報道される公式会見で名指しで俺をディスったから、取り敢えず生配信で謝罪を晒そうって感じで配信してるぜ!
さて、大統領くん。
お前はどうして俺に頭を下げているのか説明してくれ」
「ぐ、ぐぬぬぬ……
……私、合衆国大統領のジェラルド・パイロンは公式会見でミスター・カミシロを批判し、多くの合衆国民にミスター・カミシロに対するヘイトを植え付けてしまった……
私が間違えていた……
誠に……申し訳無かった……」
ふむ、渋々頭を下げている感満載だが、これ以上大統領を晒し者にすると日米の関係が悪化してしまいそうだ。
此処は大統領の名誉を少しだけ回復させるか。
「うむ、大統領の誠意を見せて貰ったので、コレで全て水に流そうじゃないか。
昨日発言した謝罪の1兆ドルは今の言葉で帳消しにしよう」
「ほ、本当か!?」
「ああ、大統領の直接の謝罪には1兆ドル以上の価値がある。
俺も合衆国と揉めたい訳じゃないし、寧ろアメリカと日本が協力する事こそこの先のダンジョン災害に人類が立ち向かう上で重要ではないか?」
「おお!正にその通り!
ミスター・カミシロ、寛大な対応に感謝する!」
「いやいや、礼には及ばないさ。
お互い蟠りが無くなったという事で、仲直りの握手をしようぜ」
「もちろんだ!」
俺はドローンに向かって満面の笑みを見せてパイロンと握手をしてみせた。
このアクションはかなり効果的だったようで、大統領付きのイカついSP達の表情も一気に柔らかくなったように感じる。
《おお!ニキが大人の対応を見せたぞ!》
《国費から1兆ドルが消えずに済んだのか!?》
《翻訳班、今のやり取りを訳してくれ》
《大統領の謝罪で全てを水に流すNIKIは男としてグレートだ!》
《Fワードを使ってまでディスった大統領と仲良くなってて草》
【$500:BOB COOPER:USとジャパンの友情に】
《ニキがドヤ顔で握手しとるwww》
《翻訳班:大まかな流れだが、大統領の謝罪は1兆ドルの価値があるとかで謝罪金の1兆ドルを帳消しにして、今後のダンジョン災害に向けて日米で協力しようって事で握手かな?》
《西海岸を救った英雄と合衆国大統領が友情の握手を交わしているなんて素晴らしい!》
うむ、視聴者の反応も上々だ。俺も短気を起こしたのは悪かったから、もう少しサービスするか。
「大統領、貴方の謝罪には1兆ドル以上の価値があると言ったんだが、1兆ドルを超えた余剰価値分と今後のアメリカと日本の友情を含めて、3ヶ月後に『ケイレブ』を討伐しようと思うのだがどうかな?
勿論、ドロップ品などは全て貴国に無償で譲渡したいのだが」
「何!?『ケイレブ』の討伐だって!?
し、しかし、あのクソったれ…いや、あの魔物にはステイツの上位探索者が束になっても太刀打ち出来なかった危険な相手だ。
討伐が可能ならば願ってもない事だが……本当に可能なのか?」
「動画をチラッと見ただけだから断言は出来ないが、『ケイレブ』対策の特訓を2ヶ月みっちりやれば8割方イケると思うぞ。
『S.W.A』も2週間ではあるが日本に来て俺達と特訓すると言っているし、メアリーとオリビアは魔法使いとして相当なポテンシャルを秘めている。
3ヶ月後に2人が仕上がっていれば、ほぼ100パー勝てるな。
パイロン大統領が誠意を以て一探索者に頭を下げてくれたのだ。
此方もその誠意に応えるのが筋だと思うが、どうかな?」
「願ってもない事だ!
是非、お願いしたい!ああ、今日は何と素晴らしい日だ!
ありがとう、ミスター・カミシロ!」
俺はホテルで昨夜『S.W.A』のメンバーと話して決めていた事を、さも大統領の謝罪のおかげという事を押し出して提案してみた。
パイロン大統領も喜んでいるし、コメ欄も殆どが好意的なコメントだ。
良し、日米がバチバチになる事はコレで回避出来ただろう。
これが上手く進めば、弓削チャンもアメリカと色々な交渉をし易くなるだろうな……
俺はそんな事を思いながら、笑顔で大統領専用魔導ヘリを見送ったのだった……
案の定、この日のワールドニュースは日米の協力関係が強化されたという好意的なモノだったらしい。
だが、2日後に思わぬ所で日米…と言うか、『ガチ勢』とアメリカが揉める事になるとは、この時の俺は思いもしなかった……。