オペレーション:パルクダトラクション1
遊園地の地下に築かれたズィーラーの秘密研究所。その制圧作戦である「オペレーション:パルクダトラクション」はまずフランス軍によるミサイル攻撃から始まった。戦闘機や駆逐艦から多数のミサイルが発射され某遊園地へ降り注ぐ。しかしそれらのミサイルは全て空中で爆発した。
「これで連中がいることは確定だな」
空中で爆発するミサイルの花火を眺めながら、魔法士部隊の隊長であるヴィンセントはそう呟いた。祖国フランスの情報部が文字通り命がけで掴んできた情報が間違っているとは彼も思っていない。だがこれであまりにもハッキリとした証拠が出た。つまり向こうも、もう隠す気はないということだ。
ヴィンセントも詳しくは知らないが、フランス軍のミサイルを空中で爆発させているのは、ズィーラーの迎撃システムで魔力を使用しているのだという。科学技術の魔法技術に対する相性の悪さは、科学兵器が混沌獣にまったく通用しないことからも明らかで、それを思えば目の前の光景は当然と言える。
それでもフランス軍によるミサイル攻撃は継続されている。それはヴィンセントら魔法士たちを支援するためだ。ミーティングでも説明されたそのことを、彼はしっかりと理解している。彼は他の三人に合図を出し、四人の魔法士は行動を開始した。
当初、四人の魔法士はそれぞれ単独に動くはずだった。そもそも彼らは普段から一人で戦うことが多く、二人以上での連係はほぼ経験がないと言って良い。そんな彼らにわざわざチームを組ませるよりは、それぞれ単独に動かした方が作戦に柔軟性を持たせられると考えられたのだ。
だが敵将マルガレーテの姿が確認されたことで事情が変わった。罠の可能性がある以上、各個撃破される危険性の高い単独行動は控えるべきとされたのだ。それで四人の魔法士は一塊になって目標の遊園地を目指す。その様子を少し離れたところから、予備戦力の二人と二匹が見ていた。
「ここまでは順調ですねぇ~」
凪の肩の上に座りながら、イネスがやや間延びした声でそう呟く。他の三人は揃って頷いた。ただ敵側も四人の魔法士の接近にすぐに気付いたらしい。無人の遊園地のあちこちから、多数の混沌獣が現われた。
「アレ、は……!」
陽菜が思わず声を出す。彼女の声には嫌悪感が滲んでいた。その隣りで頷く凪の表情も険しい。言うまでもなく、その原因は現われた混沌獣にある。
今まで彼女たちが見てきた混沌獣は、すべて強大なバケモノであり、こういう表現が正しいかは別として力強いフォルムをしていた。それと比べると遊園地に現われた混沌獣は、数こそ多いものの、貧弱なフォルムで弱々しい。その理由はなにか。
言うまでもなく「素体」である。従来の混沌獣はズィーラー人が素体となっている。そして一般的にズィーラー人は地球人に比べてはるかに多くの魔力を持つ。だからこそ力強く、禍々しいバケモノになるのだ。
ではズィーラー人と比べて魔力では大きく劣る地球人を素体とした場合、生まれる混沌獣はどうなるのか。その答えは彼女たちの目の前にある。貧弱な混沌獣となるのだ。つまりあれらの混沌獣はさらわれた地球人のなれの果てだった。
貧弱な混沌獣は、その見た目通りに弱い。もちろん一般人からすれば十分な脅威だろうが、魔法士からすれば「数だけは多いザコ」でしかない。ヴィンセントたちも苦戦することなく蹴散らしていくが、しかしその動きはどこかぎこちない。それは慣れない連係のためではないだろう。彼らもこの混沌獣の素体に気付いたのだ。
「ねえユーグ、あの人たちはもう助けてあげられないの?」
「……残念だけど。コーヒー牛乳を作るのは簡単だけど、コーヒー牛乳をコーヒーと牛乳にもう一度分けることはできないだろ? そういうことなんだ」
ユーグがそう答えるのを聞き、陽菜は辛そうに俯いた。だが目の前の光景から目を背けることはしない。凪も一緒に、二人の少女は下唇を噛みしめながら戦場を見続けた。
同じ頃、遊園地の地下にも、同様に戦況の推移を見守る者がいた。彼女の名前はマルガレーテ。ズィーラー側の作戦責任者である。多数のモニターを眺める彼女の表情は、不満なようであり達観しているようでもあった。
「やっぱりダメねぇ。ザコはどこまでいってもザコだわ」
彼女の言葉は辛辣だったが、しかし口調に落胆の色はない。地球人を素体にした混沌獣が戦力的に使えないのは最初から分かっていた事。とはいえ必要な研究データは全て大帝のもとへ送ってあるし、すでに最低限の任務は完了している。
ただそれだけではつぎ込んだリソースには到底見合わない。マルガレーテは「さて」と呟いて立ち上がると、部下たちに通信を送ってこう言った。
「さあお前たち、次は狩りの時間よ。対人魔法戦の経験がないボウヤ達を徹底的に教育してあげなさい」
「了解です!」
「閣下、受講料はどうしましょうか?」
「彼らの命を貰いましょう。高い受講料を払って貰うのだから、手落ちがないよう徹底的にやるのよ?」
「了解であります、閣下!」
次々に返ってくる気の良い返事に、マルガレーテも笑みを浮かべる。皆、アーヴル戦争の頃から彼女に従っている部下達だ。気心は知れているが、そのせいでこんな死地にまで付いてきてしまった。
優秀で実戦経験のある軍人は、今のズィーラーには少ない。彼らには大帝の傍で仕えて欲しいと言ったのだが、全員に笑って拒否されてしまった。まったくをもって遺憾である。遺憾であるのだが、嬉しかったこともまた事実だった。
(ジーク、あなたもこんな気持ちだったのかしらね……)
戦争中、文字通り血路を開いて死んでしまった恋人のことを思い出し、マルガレーテは少しだけ感傷に浸った。ただその感傷は甘いと同時に苦くもある。
ジークハルトは血路の先にズィーラー再興の光を見ることができた。一方でマルガレーテはどうか。ここを死地と定めたその気持ちに偽りはない。だがその先にズィーラーの再興した姿を思い描くことが、彼女はなかなか出来ずにいる。
「…………」
マルガレーテは無言のまま首を横に振った。今はもう、そんなことを考えている時ではない。彼女は意図的に好戦的な笑みを浮かべ、そして意気揚々と部下達に号令を下した。
「行動開始!」
マルガレーテ「『イヤであります、閣下』って、まったくなんなのよ、アイツら」