海外派遣
「今度はフランスかぁ。この前はシンガポールで、その前はブラジル。その前は……、陽菜、どこだったっけ?」
「ニュージーランドだよ、凪ちゃん」
「そうだった、ラム肉を食べたんだった。じゃあ今度はフレンチだな」
「凪ちゃん、食べ物のことばっかり。……でも今回はいつもと様子が違うって話だし、ちょっと心配だよ」
小さく笑ってから、陽菜は俯いて不安げな顔をする。凪は陽菜の手を取ると、こう言って彼女を励ました。
「大丈夫。陽菜はわたしが守るから」
「ありがと、凪ちゃん。でもね、凪ちゃんがもうちょっと慎重に戦ってくれると、わたしもフォローしやすいし、心配事も減るんだけど」
「う……、い、いや、ほら、わたしの場合、武器の関係上どうしても……」
凪が目を泳がせる。握っていた手はがっちりと握り返され、逃がしてくれそうにない。そもそもここは狭い機内。逃げ場所など最初からない。最後の頼みの綱のイネスとユーグは仲良くお昼寝中だ。
(詰んだ!)
凪は心のなかでそう叫んだ。すると陽菜は小さく微笑んで「本当に気をつけてね」と念を押す。凪はガクガクと何度も頷いた。そんな二人に、コックピットから顔を出した自衛隊員がこう声をかける。
「お二人とも、そろそろ到着します。準備をお願いします」
「はい、分かりました」
「了解です」
陽菜と凪はそう答えてシートベルトを確認する。それから少しして、二人の乗る輸送機が高度を下げていくのが分かった。到着したのはフランス某所の空軍基地。ラ・ロシェルのフランス事務局がある場所だ。
「ヒナ、ナギ。二人とも、良く来てくれた」
輸送機から降り立った二人を出迎えたのは、一人の青年。金髪碧眼にして長身痩躯。一度微笑めば世の中の女の子達が揃って黄色い悲鳴を上げそうな甘いマスクには、しかし斜めに大きな傷が走っている。そして彼の姿を見て、陽菜と凪もパッと顔を輝かせた。
「ヴィンセント、久しぶりだ。前に会ったのは確か……」
「だいたい十ヶ月ぶりだよ、凪ちゃん。……お久しぶりです、ヴィンセントさん」
陽菜がそう言うと、ヴィンセントも嬉しそうに頷く。そして三人は親しげに握手を交わした。ヴィンセントはフランス人の青年で、フランス唯一の魔法士である。年齢は今年十九歳で、今のところ魔法士の中では最年長になる。
ちなみに陽菜と凪が話しているのは日本語で、ヴィンセントが話しているのはフランス語。それなのに三人ともまるでお互いの母語で話しているかのように会話できるのは、要するに契約によって得た力の一つである。さらに言えば片方が魔法士ならもう片方が魔法士でなくとも同じようにコミュニケーションが取れる。
まあそれはそれとして。簡単な挨拶を終えると、ヴィンセントがスッと表情を改めた。そして陽菜と凪にこう言った。
「さて、ブラン、ノワール。到着早々で申し訳ないが、これからミーティングだ。二人にも参加して欲しい」
「了解だ、シュヴァリエ」
凪がそう答え、陽菜も一つ頷く。ヴィンセントは「こっちだ」と言って歩き始めた。ユーグとイネスをそれぞれ肩に載せて、二人は彼の後に付いていく。ちなみに陽菜や凪というのは対外的なコードネーム。プライバシー保護の観点から、魔法士の個人情報は公開されていない。
三人が基地の中を歩いて行くと、通路にいる兵士たちが壁によって彼らに敬礼する。その真ん中を三人は堂々と歩いた。ただヴィンセントはともかく、陽菜と凪は実のところ内心で結構いっぱいいっぱいである。それでも二人が恐縮した様子を見せないのは、かつて一人の自衛官にこう言われたからだ。
『お二人が恐縮してしまうのも分かります。ですが、どうか堂々としていて下さい。お二人は魔法士で、魔法士は世界の希望なんです。それなのに自信がなさそうにしていたら、人々が不安になってしまいます』
そういう期待は、正直重いと思う。けれども理解もできてしまう。だからなるべく答えたいと思う。それが陽菜と凪が話し合って出した結論だった。
さてヴィンセントに案内されたのは、基地内にある一つの会議室。室内にはすでに人が集まっていて、三人が入室するとすぐにミーティングが始まった。口火を切ったのはラ・ロシェルのフランス事務局長であるミレーヌ女史。ちなみに見た目はペルシャ猫である。
「これで全員揃いましたね。ミーティングを始めましょう。まずブランとノワール、二人とも良く来てくれました。二人は世界中を飛び回っていて大変だとは思いますが、今回の作戦は特に重要です。二人の力を貸してください」
「はい」
「頑張ります」
二人がそう答えると、事務局長は一つ頷いた。ここで少し余談になるが、なぜ二人が世界中を飛び回っているのか、その理由について説明しておきたい。
端的に言うなら、日本は魔法士の数がずば抜けて多いのだ。これまでに確認された三七名のうち、実に十一名が日本人なのだ。この内二名はすでに戦死してしまったが、それでも九名が現在でも魔法士として戦っている。
世界の国々を見渡せば、魔法士のいない国の方が圧倒的に多い。いたとしても一名というのが普通で、そんな中で日本の十一名というのはもはや奇跡的である。ちなみにその原因についてラ・ロシェルは今のところ「不明」と回答している。
さて、世界的に見て魔法士の数はまったく足りていない。そんな中にあって、日本だけが突出した数の魔法士を揃えている。さすが露骨に「寄越せ」と言う国はなかったが、派遣や駐留を求める国は後を絶たなかった。
当初は日本も渋った。自らを守る戦力を減らしたくないと思うのは当然だ。ただ要請は世界中からあり、さらには硬軟織り交ぜた交渉の結果、日本政府は魔法士派遣を容認することになった。
「容認」なのは、あくまで魔法士はラ・ロシェルの管轄であり、日本政府と言えども自由に動かせるわけではないからだ。ただ現地政府の意向が重要になってくるのは当然で、ラ・ロシェルも日本政府の同意がなければ、なかなか魔法士の海外派遣には踏み切れなかった。
しかしながら日本政府が容認に転じたことで、ラ・ロシェルの日本事務局は日本人魔法士の海外派遣を決定。志願者を募った。陽菜と凪は最初志願するつもりはなかったが、ラ・ロシェルの職員から打診を受けて海外派遣組に加わった。
二人がいわばスカウトされた理由は、「ツーマンセルでの活動に秀でている」から。派遣した魔法士が海外で戦死すると、国内で反対の世論が強くなるのは目に見えている。また混沌獣との戦闘が想定されるのに、計画段階から「一人で戦え」と言うのは派遣される魔法士の負担があまりにも大きい。
よってその危険性を下げるために海外派遣組は二人一組で行動することになっていた。そして陽菜と凪は初戦から二人で戦っており、その経歴を買われたわけである。
ただ残念ながら海外派遣組からも戦死者が出てしまう。日本人魔法士の死者二名の内の一名だ。彼の死が伝えられた時、世界中が悲嘆に暮れた。その嘆きようは日本国内よりも悲痛だったほどである。
そしてそういう報道を見て、日本国民は日本人魔法士が海外でどのように活躍し、また評価されているかをより詳しく、そして強烈に知ることになった。実際のところそういう報道は、「日本人魔法士の海外派遣が取りやめになったら困る」という意図が裏にあるわけだが、それでも「日本人が評価されれば日本国民として誇らしい」という心理は働くらしい。予想通り「海外派遣反対」の声は上がったものの、大きなうねりとはならず、日本人魔法士の海外派遣は継続された。
そんなこともあり、陽菜と凪はここ二年以上の間、海外を飛び回る生活を送っている。その関係もあって彼女たちの知名度は日本国内よりも国外のほうが高い。戦闘経験も豊富だが、そんな彼女たちにとっても今回の作戦は大きい。二人は真剣な顔をしてミーティングに加わった。
ノワール「あははは、厨二病だ!」
ブラン「ツンデレよりマシだね!」