陽菜とユーグ
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「……つまり、ズィーラー帝国のエーデルベルト大帝はその混沌獣? を送り込んでこの世界を滅ぼそうとしている。混沌獣にこの世界の武器は効かない。だけどあなたと契約? すれば混沌獣と戦えるようになる、ってこと?」
「そうそう。だいたいそんな感じ!」
そう言って白いイタチ(?)のユーグが器用に親指を立てる。それを見て陽菜は「可愛いなぁ」と思ったが、しかしだからといって簡単に頷くことはできない。それで彼女はユーグにこう尋ねた。
「どうして、あなたが戦わないの?」
「いや、だってほらボク、イタチっぽいし」
「…………」
「っと、まあ、そういう冗談はさておいて」
陽菜がジト目で見据えると、ユーグはちょっと焦った様子で視線を逸らし、意味もなく前脚をわちゃわちゃとさせる。そしてポリポリと頭をかいてから、真面目な声でこう言った。
「……混沌獣の咆吼は、ボクたちの魔力をかき乱すんだ。そしてボクたちのことも混沌獣に変えてしまう。それを防ぐために今はこういう姿になっているんだけど、この姿は見た目通りとても非力でね。とてもじゃないけど、混沌獣には立ち向かえない。だからキミに、キミたちに戦って欲しいんだ。あ、もちろんサポートはしっかりやるよ!」
「どうして、わたしなの?」
「資質があるから。いや、資質が目覚めたから、と言うべきかな。あ、言っておくけれど君一人だけじゃないよ。まあ、ともかく、キミたちには特別な才能があるんだ。キミたちは世界を救えるんだよ!」
「……それで、あなた達にはどんなメリットがあるの?」
「……」
「ユーグはさっき、“アーヴルの”って言った。それに『混沌獣の咆吼は、ボクたちの魔力をかき乱すんだ』って。あなた達は何人かの組織なんでしょう? それもたぶん、この世界とは何の関係もない。そんなあなた達が、どうして『この世界を救う』なんて言うの?」
「良く聞いてるなぁ。いや、後で説明するつもりだったんだよ? ええっとね、ボクたちは故郷の世界を失って放浪の旅をしているんだ。だけどその旅はいつまでも続けられるものじゃない。だからこの世界に腰を落ち着けるか、最低でも拠点みたいなのを作りたい。そのためにもズィーラーの奴らにこの世界を好き勝手されるわけにはいかないんだ」
「…………」
陽菜は難しい顔をした。ユーグの話は納得できる、気がする。だがそれでも「戦って」と言われてすぐに「はい、分かりました」とは言えない。彼女もニュースなどで混沌獣の映像は見たことがあるが、どれもこれも恐ろしいバケモノだった。
あんなのと戦うなんてできない。それが彼女の素直な本音だ。「無理です」と言おうとしたその時、ユーグがハッとした様子で振り返り、こう叫んだ。
「混沌獣だ!」
「えっ、どこっ!?」
「ここじゃない! でも近くだ!」
そう言うと、ユーグは白い尻尾で大きく円を描いた。するとその円のなかに別の場所の映像が映し出される。そこには三つ首でドラゴンのような姿の混沌獣と、それと戦う一人の少女の姿があった。
「えっ……、この子って……」
「どうやらこの子は契約に応じてくれたみたいだ。でも……」
映像を見ながらユーグは言葉を濁らせた。日本刀を持ち、黒い服を着て戦う少女は、しかし劣勢だった。三つ首の一つに弾き飛ばされてビルに激突する。さらにそこへ三つのブレスは集中した。たちまちビルが焼き尽くされる。それを見て陽菜は「ひっ」と悲鳴をもらした。
幸いにも少女は無事だった。炎と煙の中から姿を現わした彼女は、あちこちを焦がしたまま果敢に混沌獣へ斬りかかる。傷は負わせたが致命傷にはほど遠い。混沌獣はまた彼女を弾き飛ばした。少女は攻めあぐねている。陽菜の目から見てもそれは明らかだった。
「……ねぇ、ユーグ。あなたと契約すれば、わたしも戦えるんだよね?」
「そうだよ、陽菜」
「あの子を、助けられる?」
「もちろんだよ!」
「じゃあ契約する! 早くして!」
「ありがとう! じゃあ、いくよ!」
ユーグがそう言うと、二人を中心に魔法陣が展開される。そしてその中心に光り輝く結晶のようなものが現われた。それを見上げながらユーグが叫ぶ。
「それを、聖果を受け入れて! そして思い浮かべるんだ、自分が願う力の形を!」
「……っ!」
言われるままに陽菜は聖果を両手で包み込むように掴み、それを胸に抱いた。そして言われた通り思い浮かべた。戦う為の力を、今まさに混沌獣と戦っているあの少女を助けるための力を。
輝きが彼女を包み込む。次の瞬間、彼女は空にいた。手にした力の形は「杖」。白い戦闘衣装に身を包み、彼女は空を飛ぶ。なぜ飛べるのか分からない。頭の一部は混乱している。だがそれを押しのけて、彼女は杖をギュッと握った。
やがて見えてくる異形の獣、混沌獣。そしてそれと戦う一人の少女。少女はさっき見たときよりもさらに傷ついていた。それでも少女は戦う。鬼気迫る表情で、自分の身も顧みず。それが陽菜の心を締め付けた。
(助けなきゃ……!)
そう思う。それは本当だ。だが同時に怖い。混沌獣が恐ろしい。三つ首の一つが吼える度に、空気の振動がガクガクと陽菜の身体を揺さぶるのだ。身体が震えてしまうのは、外側からだけじゃない。内側からもだ。
「大丈夫。ヒナ、強く願うんだ! そうすれば聖果は答えてくれる。ボクもサポートするよ!」
いつの間にか肩に乗っていたユーグが陽菜にそう声をかけた。その言葉に背を押され、陽菜は一つ頷いて加速する。
そして彼女は戦場へ飛び込んだ。
陽菜「イタチっぽいっていうけど、本当は何なの?」
ユーグ「あ、いや、イタチでいいです……」