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降臨


 聖樹の神子サラの身体にはしる、不吉な赤い光の筋。アーヴル軍の軍医の意見によれば、それは混沌獣化の兆候に似ているという。「何にしても良いモノではないでしょう」という軍医の話を聞いて、エルネストは盛大に舌打ちした。そしてもう一度マイクを口元へ運ぶ。そしてサラへこう呼びかけた。


「神子様、どうか落ち着いていただきたい!」


 しかしサラは聞きたくないとばかりに勢いよく高度を上げた。そして巨大な光の剣を出現させた。エルネストはゾワリと悪寒を覚える。さすがにアレで一閃されたら、戦艦といえども輪切りにされかねない。


「司令長官、このままでは!」


「攻撃許可を! 牽制、牽制であります!」


「まずは神子様に落ち着いていただかなくては!」


「ダメだ! 一切の攻撃は許可しない!」


 同じ懸念を抱いたのだろう。艦隊から攻撃許可を求める声が次々に上がる。彼らもサラを殺そうとは思っていない。ただ一方的に攻撃されるのが怖いだけだ。だがエルネストは攻撃許可を出さなかった。


 その理由は何だったのだろうか。贖罪や罪悪感もあったのかもしれない。だがそれより大きかったのは、誠実さや真摯さを伝えること。一度裏切ってしまった相手に、もう一度信用してもらうには命を賭ける必要があったのだ。


 後にエルネストはこう語っている。「あの判断は軍人としては間違っていたのかも知れない。だが人としては間違っていなかったと自負している」。


 攻撃許可を出さないエルネストに不満を覚えたアーヴル軍人は多かっただろう。だが彼らは命令に従った。ズィーラーへの強襲作戦の際、命令違反のために大きな損害を被った記憶は新しい。それも彼らを踏みとどまらせたのかもしれない。


 だがアーヴル軍が攻撃しなくても、サラが攻撃を躊躇う様子はない。彼女は巨大な光の剣を振りかざし、急降下してエルネストの乗る旗艦を狙う。外部スピーカーを使っての呼びかけは続けられているが、彼女がそれに耳をかす気配はない。いよいよ光の剣が戦艦のシールドに触れたとき、予想もしていなかったことが起こった。突然、光の剣が消失したのである。


 エルネストは思わず唖然とした。モニターの向こうではサラも動揺している。彼女はすぐに次の攻撃を放とうとするが、それも不発に終わった。彼女は動揺するが、その様子を見ているエルネストたちも気が気がではない。彼女の腕はもうボロボロで、全ての皮膚が裂けたかのように赤い光に覆われてしまっているのだ。


(このままでは……!)


 このままでは本当に、サラが混沌獣と化してしまうかもしれない。エルネストは危機感を覚えた。また呼びかけようかと思うが、これまで呼びかけても逆効果だったように思える。とはいえそれ以外の手も思いつかず、エルネストは再びマイクを口元へ運ぶ。だが彼が言葉を発するよりも早く、サラの叫び声が艦隊に響き渡った。


「どうしてなのっ、ティス!」


 機械的にその音声を拾ったわけではない。サラが無自覚のうちに自分の声を拡散させているのだ。だからこそその声は、艦隊の全てのアーヴル人の耳にはっきりと届いた。悲痛で、今にも泣き出しそうな声だった。


 エルネストも言葉を失う。だが何か言わなければならない。彼女をそこまで追い込んだ、その原因の大きな部分は間違いなく自分たちなのだから。彼は口を開き、だが何かを言う前に、奇跡が起こった。


 女神アレークティティスが降臨したのである。有史以来一度も無く、ただ神話の中でのみ語られてきたその奇跡が、目の前で起こったのである。


 もちろん本体ではない。アレークティティスに限らず神とは高位の存在であり、つまり三次元には収まらないし人間には知覚することもできない。よって現われたのは女神アレークティティスの依り代と表現するのが一番正しい。ただしその意思を持ち、十分すぎる程の力を持った依り代だ。要するにこの世界では神と言ってまったく差し支えない存在である。


 ただそういう細々としたあれこれを考慮した者は、アーヴルの艦隊の中には一人もいなかった。皆がみな、女神の持つ神性に打たれ、跪いて祈りを捧げる。エルネストも例外ではない。女神アレークティティスを前にして階級は無意味で、彼らは等しくただのアーヴル人だった。


 女神アレークティティスは捧げられる祈りに当然ながら気付いていた。しかし跪くアーヴル人たちに声をかけることはしない。彼女はただ優しく、サラを後ろから抱きしめる。


「いやぁ、離して! 離して! 嫌い、ティスなんて嫌いよ!」


 まるで駄々をこねる子供のように、サラは泣きわめいて暴れた。艦隊への攻撃を止めたのはアレークティティスに他ならない。なぜという疑問が浮かぶ以前に、サラはただただショックだった。


「嫌い、嫌い、嫌い! あっちいってよっ、大っ嫌い!」


 涙を流し、腕を振り回しながら、サラは叫ぶ。アレークティティスだけは味方だと思っていた。いやアレークティティスだけが味方だった。それなのに彼女は敵を、裏切り者を庇った。それがサラには信じられなくて、今まで信じていたモノがガラガラと崩れていくように感じられた。


 サラはイヤイヤと暴れつづける。それでも女神アレークティティスはサラを抱きしめ続けた。頬をすり寄せ、頭を撫でて、愛情と親愛を伝える。そうしているうちに、サラは徐々に大人しくなっていく。やがて彼女のすすり泣く声だけが空に響いた。


「……どうしてっ、わたし、は、ただ……!」


「ただ?」


 アレークティティスがそう問い返して続きを促す。その言葉はまるでささくれた心を優しく撫でるかのよう。抱きしめるアレークティティスにもう抵抗もせず、サラはただガラス玉のようになった目からボロボロと涙を流しながらしゃくり上げる。


「……ただ、……ただ……」


「うん、うん」


「わたしは、ただ、安心できる場所が、欲しかった、だけ、なのに……」


「大丈夫、大丈夫よ」


「……ほんと、う?」


「ええ。だから今はお眠りなさい」


「……うん……」


 アレークティティスにあやされるようにしてサラのまぶたが閉じていく。それと同時に光が強く輝きだし、その中に二人の姿が隠れていく。そして二人を完全に包み込んだ光が空へ登っていく。


 それを見てエルネストは「あっ」と声をもらす。彼のその呟きに反応したわけではないだろう。だがそのタイミングで艦隊のアーヴル人に対してアレークティティスの声が響いた。


「あなたたちは罪を犯しました。けれどもわたしはその罪を裁きません。わたしの神子が目覚めた時にあなたたちを裁くでしょう。その日を心に留めて生きていきなさい」


 エルネストはハッとした表情を浮かべて畏まった。他のアーヴル人も彼に倣う。いやその場にいた全てのアーヴル人が同じようにする。そうしてアレークティティスとサラは、ル・アーヴルの女神とその神子は姿を消したのだった。


アレークティティス「後書きにも降臨よ~」

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