終末獣2
空母から飛び立った魔法士達は、まず牽制の攻撃で竜の意識を引き、そして艦隊から引き離した。すでに何隻かの護衛艦が沈められており、海には救助を待つ人たちが何人も浮いている。早く助けなければならないし、そんな場所で激しくドンパチはできない。
艦隊のいる場所から離れること十数キロ。リーダー格の魔法士が指示を出して、魔法士達は散開した。彼らは竜を取り囲んで完全に包囲する。それを見て竜は周囲を警戒するような素振りを見せた。
「みんな、油断するなよ!」
リーダー格の魔法士がそう声をかける。他の魔法士たちが返事の声を上げる中、陽菜も真剣な顔をして頷いた。いつも通り彼女の隣にポジションをとった凪も、厳しい顔で武器を構えて竜を睨み付けている。
エーデルベルトもこうして包囲したが、倒すことはできなかったし、最後には好きなようにやられてしまった。竜にエーデルベルトのようなずる賢さはないだろうが、しかし巨大だし単純な地力は彼以上。楽観できる要素は一つも無い。
戦闘は魔法士たちの一斉射撃から始まった。多数の攻撃が竜に当たって爆発が起こる。ただ、見た目は派手だがあまり効いているようには見えない。陽菜も顔を険しくする。とはいえ竜も煩わしくはあったようで、大きくはばたいて急加速した。
竜を逃がさないよう魔法士たちも動く。陽菜も加速して竜の背中に張り付き、魔力弾を打ち続けた。竜は魔法士たちを振り払おうとしてデタラメに飛んだが、的は大きいし動きも単調で、追うことは難しく無かった。ただし動きが鈍らないのを見ると、ダメージが入っているのかは疑わしい。
「接近戦! 斬り込むぞ!」
リーダー格の魔法士もそれを感じ取ったのだろう。よりダメージを与える為に接近戦を行うと宣言した。陽菜の隣で、凪はぶるりと身を震わせて武器を握る。陽菜は小さく苦笑すると、援護のために強めの砲撃を放った。
「今だ!」
偶然だろうが陽菜の砲撃が合図になり、近接戦を得意とする魔法士たちが斬り込んだ。数は全体の半分程か。それぞれ竜の身体に得物を叩きつけてダメージを与えていく。竜は手足を振り回して追い払おうとするが、スイスイと空を飛んでそれを避けた。まあ、実際には結構必死なわけだが。
「グゥゥァァァアアア!!」
うるさい魔法士どもに苛立ったのか、竜が吠え声を上げる。そして勢いよく身体を回転させながら炎を吐いた。自分の周辺に対する範囲攻撃だ。接近していた魔法士たちがそれに巻き込まれた。
幸い、炎だけなら防ぐのは容易だった。だがそのために動きが止まる。そこを狙われた。一人の魔法士が竜の太い腕に叩かれて海に落とされ水しぶきが上がった。別の魔法士は尻尾に打ち据えられ、また別の魔法士は翼ではたかれる。他の魔法士たちも距離を取らざるを得ない。
「凪ちゃん、大丈夫!?」
「ああ。でも……」
凪が悔しそうな顔をしながら竜を見る。彼女の気持ちは陽菜にも分かる。竜にダメージは残っていない。すでに回復したのだ。つまり味方は決定力不足である。今はまだ竜を包囲できているが、竜がこちらを無視して突破を図れば、それを阻めるかは分からない。
「狙いを絞らないと」
「じゃあまずは翼だな」
凪の言葉に陽菜も頷く。三対六枚の翼のうち一枚か二枚でも奪えれば、竜の機動力は落ちるだろう。そしてここは太平洋のど真ん中で、竜は混沌獣。倒せずともタイムリミットまで時間を稼げれば、陸地の被害は防げる。もっとも空母を沈められてしまうと魔法士たちも辛くなるので、そちらも守らなければならない。
ともかく、二人は竜の翼を狙って動き始めた。彼女たちが竜の背後へ回ろうとすると、それに気付いた幾人かの魔法士達が竜を牽制してくれる。その中にかつて一緒に戦った事のある魔法士ら姿を見て、陽菜はちょっとだけ嬉しくなった。
「いくよ!」
「ああ!」
凪の元気の良い返事を聞きながら、陽菜は杖を構えた。そして翼の一つに狙いを定め砲撃を放つ。着弾と同時に凪が斬り込んで日本刀を振り下ろしたが、両断するには至らない。それを見て凪は舌打ちをした。危険を承知でもう一撃と思ったが、そこへ別の魔法士が割り込んだ。
「どけぇぇぇ!」
「わあぁ!?」
割り込んだのは黒人男性の魔法士で、手にはハルバートを持っている。彼はそれを振り上げ、十分に加速した状態で振り下ろした。十分に魔力の込められたその一撃は、ついに竜の翼を一つもぎ取った。
「危ないよ!」
「Sorry! でもやってやったぜ!」
黒人男性の魔法士に悪びれた様子はなく、むしろ彼は満面の笑みを浮かべてサムズアップした。その様子に凪も毒気を抜かれて肩をすくめた。一方で竜だが、翼が再生する様子はない。さらにさっきまでと比べて明らかに飛びにくそうにしている。それを見て手応えを感じたのが、黒人男性の魔法士は「もう一丁!」と叫んで突っ込んでいった。
「ラテン系だなぁ。で、陽菜。わたしたちはどうする?」
「動きは鈍ったから、次に狙うなら急所!」
「なら逆鱗だな!」
凪が得意げにそう答える一方で陽菜はポカンとなった。確かに竜の急所といえば逆鱗が定番ではある。ただ陽菜としては首か心臓のつもりでいたのだが。いや逆鱗の下は心臓だというからそれでもいいのか。なんだかよく分からないうちに凪が動き出したので、陽菜は慌てて彼女の後を追った。
凪は竜の周囲を素早く飛び回る。逆鱗を探しているのだ。そんなに簡単に見つかるものではないと思うが、しかし陽菜は彼女を信じている。こういうときの凪の嗅覚は神懸かっているのだ。
「見つけた!」
ほどなく凪が嬉しそうにそう叫んだ。彼女が指さす先を見て、陽菜も逆鱗を見つける。人間で言うところのみぞおちの近く。そこに逆さまになった鱗が一枚。だがそれを狙うと言うことは、真正面から突っ込むと言うことでもある。
「行っくぞぉぉぉ!」
「えぇ? 援護! 援護お願いしまぁす!」
突っ込むのだから突っ込むのだ、と言わんばかりに躊躇無く突っ込む凪。思い切りの良すぎる相棒に肝を冷やしながら、陽菜は周りの魔法士達にも声をかけて彼女を援護する。竜牙が放つ迎撃の攻撃を回避しながら凪が飛ぶ。彼女がルートを確保できるように、陽菜は狙い澄まして砲撃を放った。
そして凪が日本刀を水平に構える。彼女は勢いをおとさずに日本刀の切っ先を竜の身体へ、その逆鱗へ突き立てる。だがそう容易くはいかない。分厚い障壁、いや何か力場のようなモノが、その攻撃を押し返そうとする。凪は一度歯を食いしばり、そして裂帛の声を上げた。
「はぁぁぁぁあああ!!」
日本刀の切っ先が力場を切り裂く。そして逆鱗に届いた。それを突き破って刺さり、だが竜の防衛本能なのか力場の反発が強くなる。そのせいで凪は弾き飛ばされた。だが彼女は日本刀を手放している。そして彼女は叫んだ。
「いっけぇぇぇぇええええ!」
弾かれた凪と交差して、杖を構えた陽菜が竜に肉薄する。狙いは逆鱗、そこに刺さった凪の日本刀。その柄尻目掛けて、陽菜は杖をフルスイングする。勢いよく押し込まれた日本刀は、ついにその切っ先で竜の心臓を貫いた。
「グゥァ……!」
竜の絶息は短かった。一瞬空中に停滞した後、竜はまっ逆さに海へ落ちていく。巨大な水しぶきを上げ、さらにその数秒後に大きな水柱を上げる。それが竜の最期だった。
凪「処刑用BGM、スタート!」