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暗い未来


「聖杯の調整、進捗はどうか?」


「はっ。最終段階に入ってございます」


 無事に出航したカイザー・ユーデルベルトの一室。姿を見せた大帝エーデルベルトに、研究者の一人が恭しくそう答えた。エーデルベルトは一つ頷くと、透明な容器の中で調整されている聖杯へ視線を向けた。


 聖杯。それは神パド・メレの神器。膨大なプラーナを貯蔵可能で、持ち主はそれを自由に使うことができる。さらにズィーラー人は第三の目を通じて聖杯からプラーナの供給を受けることができ、それが彼らの戦闘能力を支えていた。まさにズィーラー人の誇り、アイデンティティーそのものと言って良い。


 だがエーデルベルトの聖杯に対する想いは複雑だ。神器とはそれを与えた神を象徴するモノ。神パド・メレ。ズィーラーの創造神にして、ズィーラーを見捨てた気まぐれな神。しかしズィーラーとエーデルベルトは最後まで聖杯に頼っている。


「飽きた」とまで言われてなお、それでも縋らざるを得ないこのやるせなさ。世界は数多あろうとも、それに共感できる者はいないだろう。エーデルベルトはある種の諦めと共にそう思っている。


「大帝……。その、極めて差し出がましいこととは思うのですが……」


「なんだ、遠慮無く申せ」


「本当に、御自ら最終作戦を決行なさるおつもりなのですか……?」


 研究者の一人が恐る恐るそう問い掛けると、他の研究者たちの視線もエーデルベルトに集まる。エーデルベルトは苦笑しながらこう答えた。


「もちろんだ。罪も責任も朕のものゆえな。取らないでくれ」


 研究者たちは何かを言いかけたが、それを堪えて頭を下げる。エーデルベルトは小さく頷いてからまた聖杯へ視線を向けた。


 ズィーラーの最終作戦。それは地球人根絶作戦である。聖杯に残ったプラーナを使って混沌獣化し、その咆吼をもって地球人全てを混沌獣へと堕とすのだ。マルガレーテがフランスの遊園地で行っていた研究もこのためのものである。地球に破滅をもたらす混沌獣、エーデルベルトはそれを終末獣と名付けていた。


 究極の自爆テロともいうべきこの計画を、エーデルベルトは自らの手で行おうとしている。つまり彼は終末獣化するつもりでいるのだ。一度終末獣と化せば待っているのは確実な死。それでも彼はこの役を誰かにやらせようとは思わなかった。


 エーデルベルトはこれまで多くの者を死なせてきた。敵のことではない。味方の、自らの臣民のことだ。志願者を募っては地球へと送り込み、混沌獣化させて混乱を引き起こし続けた。またつい数時間前には多くの民を見殺しにした。「朕も必ずそこへ逝く」とそう言って。


(約定は、果たさねばなるまい)


 エーデルベルトは口には出さずにそう呟いた。それに聖杯を誰かに預ける気にはなれない。作戦が成功しても失敗しても、恐らく聖杯は失われるだろう。神パド・メレとその神器に囚われ殉じるのは自分で最後だ。彼はそう思っている。


 ただその一方で。彼の中には「これは逃避ではないか」と言う自分もいる。作戦が成功して地球人を絶滅させたとして、しかしアーヴル人は残る。無人になった地球を、ズィーラーのための楽土をアーヴル人にかすめ取られてしまうのではないか。その懸念は決して的外れではないだろう。


 だがそれでも。やらないという選択肢はない。ズィーラーはすでに滅亡に両足を突っ込んでいる。このまま何もしなければただ沈んでいくだけ。せめて片足を引き上げるには、この最終作戦をやるしかないのだ。


(アーヴルも弱っておる。地球人さえ根絶してしまえば、そう簡単には立ち直れまい)


 最終作戦を成功させても、しかしズィーラーの明るい未来は想像しづらい。その事実がズィーラーの置かれた絶望的な状況を如実に表している。それでもズィーラーは進むしかないのだ。後戻りする場所など、もうないのだから。


「……大帝。その、一つ懸念が」


「なにか」


「作戦のためには聖杯内のプラーナをいわば臨界状態にしておく必要がございます。ただその状態ですと、地球への転移が完了する前に敵に探知される恐れが……」


「ふむ。待ち伏せの可能性がある、か」


「はっ……」


 当然ながら、この作戦は秘密裏に行うのが最も成功率が高い。だが科学者の懸念が正しいなら、転移したその場所には敵が待ち構えている可能性がある。それでも地球の戦力や魔法士程度なら問題は無い。だが地球には無視できない存在がいる。聖樹の神子だ。神子だけはこの作戦を阻止しうるだけの力を持つと認めざるを得ない。


「マルガレーテの話を聞いた限りでは、神子は魔法士どもと連係しているわけではないらしい。勘付いたとして間に合うかは別問題。それに当初の予定よりもプラーナを多く確保できた。たとえ神子相手であろうとも、易々と負けはせぬ」


 エーデルベルトは自信をのぞかせながらそう言った。プラーナを確保できたのは脱出の際に回収したから。そのせいでズィーラーという世界の崩壊は早まっただろうが、一方で最終作戦のためにより多くのプラーナを使えるようになった。これは数少ない明るい材料だ。ただそうは言いつつも、彼の自信は実のところ虚勢だった。


 例え聖樹の神子が相手であっても、終末獣はそう簡単に負けはしない。その確信は強固だ。だが懸念は別にある。つまり例え終末獣であっても神子を混沌獣化することは難しいだろう、という点だ。


 混沌獣化しないなら、神子には逃げ回るという選択肢がある。終末獣は混沌獣であるから、つまり一定時間が経過すると自滅するのだ。それを待てば良い。だがエーデルベルトの側からすると、それをされると非常にまずい。かといって妨げる良い手があるわけでもない。


(なるべく至近で咆吼を浴びせるしかないが、それも、な)


 それはつまり聖樹の神子が出てくるまで待つと言うこと。秘密裏に全てを終わらせるという、当初の計画に反する。エーデルベルトは小さく嘆息した。


(どのみち……)


 どのみち、本拠地をアーヴル軍に強襲された時点で、当初の計画などすでに破綻している。かといって計画を修正するだけの余力もない。あの攻撃さえなければもっとやりようはあったはずなのだが、起こってしまったことは変えられない。ならばあとは臨機応変にやるしかないのだ。


「聖杯の調整を急げ。アーヴル軍が立ち直る前に、全てを終わらせる」


「御意」


 頭を下げる研究者たちに小さく頷いてから、エーデルベルトは部屋の外へ出る。調整が終わるまでにそう長くはかかるまい。身辺の整理をしておかなければ、と思った。


エーデルベルト「願わくばこの身が光明とならんことを」

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