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献杯作戦3


 旗艦ラトラスブール。その指揮官席で厳しい顔をしつつも、司令長官エルネストは内心で拍子抜けしていた。献杯作戦は極めて順調に推移している。入ってくる報告は全て味方有利を告げるものばかり。


 混沌獣の報告もあるが、対策が機能している。そもそもここは彼らの本拠地。あまり派手な真似もできまい。この調子でいけば、あと数時間で聖杯の奪取に成功するだろう。エルネストが引き締めてはいるが、司令部にはすでに完勝の雰囲気が流れ始めている。


(こんなもの、なのか……?)


 作戦の推移を見守りながら、エルネストは胸中でそう呟いた。考えてみれば、まともな戦力が残っていれば混沌獣化による自爆テロなどという戦法は採らないだろう。つまりズィーラーの正規戦力はすでに払底していると考えて良く、そうであるならこの戦況の成り行きもなんら不思議なところはない。


(この状況で警戒するべきは……)


 このうえ警戒するべき事があるとすれば、それは神子が警戒していたような切り札の存在だろう。戦況はアーヴル軍に極めて有利とは言え、聖杯の奪取に成功したわけではない。聖杯はいまだ敵の手にあり、そして神器にはこの状況をひっくり返しかねないだけの力がある。気を抜いてはならないと、エルネストは自身と司令部を戒めた。


「……っ、レーダーに新たな感あり! 大型艦です!」


「モニターに出せ!」


 来たか、と思いエルネストはそう命じた。恐らくはその大型艦こそがズィーラーの切り札であろう。彼が睨むようにして見るメインモニターに、新たに現われた大型艦が映し出される。その船を見て、彼はすぐに違和感を覚えた。


 まず思ったのは、「武装が少ない」ということだった。確かに大きな船だが、戦艦のようには見えないのだ。少なくとも敵と激しくやり合うことを想定しているようには思われない。むしろその船はどことなくグラン・アーヴルに似ているようにさえ思えた。


「……っ!」


 そのことに気付いた時、エルネストの身体に怖気が走った。そして彼のその直感を裏付けるかのように、ズィーラーの大型船はゆっくりと反転してアーヴル軍艦隊から逃げるような素振りを見せる。それを見てエルネストは反射的にこう命じた。


「逃がすなっ、聖杯はあそこだ!」


 旗艦の司令部が慌ただしさを増す。戦場から遠ざかろうとするズィーラーの大型船と、それを追う味方艦隊。エルネストは表情を厳しくしながらそれらの様子を見守った。


「気付いたわね。でももう遅いわ」


 つい先ほどまで余裕まで滲んでいたアーヴル艦隊。しかし今やその余裕をかなぐり捨ててカイザー・ユーデルベルトに追いすがる。それを見てマルガレーテはそう呟いた。そして最後の戦力を率いて出撃する。下す命令はただ一つ。


「死守せよ!」


「「「「了解!」」」」


 それはあまりにも絶望的な戦いだった。敵艦隊に対し、一個中隊にも満たない戦力で足止めしようというのだから。だがマルガレーテ率いるズィーラー兵は全て死兵。彼らは一歩も退かずに踏みとどまり抵抗を続けた。


 そしてカイザー・ユーデルベルトが転移する。艦砲射撃の合間を縫っての危険な転移。だがエーデルベルトはそれを敢行させた。時間が経てば状況はますます悪くなる。せめて味方が踏ん張っている間に行わねばならない。そういう判断であり、彼は賭に勝った。


「くそっ!」


 ズィーラーの大型船の姿が消えるのを見て、エルネストは思わず肘掛けを拳で叩いた。まんまと逃げられてしまった。彼は己の無能を呪いつつも、大帝がどこへ向かったのかを素早く考える。答えは一つしかない。地球だ。すぐに向かうかは分からない。だが最終的には必ず、大帝はそこへ向かう。彼らにはもう他に向かうべき場所などないからだ。


「……これ以上の戦闘は無意味だ。味方を後退させろ。撤退する」


 エルネストはそう命じた。彼は苦い虚脱感と共に身体を背もたれに預ける。だが彼はすぐに跳ね起きることになった。味方が彼の命令に従わなかったのだ。


「命令に従え! なぜ後退しない!?」


「敵は排除しなければなりませぬ!」


「敵の偽装かもしれません。敵戦力を排除した後、徹底的な調査を行うことを具申します!」


「大帝が聖杯を手放すものか! ヤツが次に現われるのは地球だ!」


「それでは神子様のお手を煩わせることになります! 聖杯は必ずや我らの手で!」


 前線の指揮官たちはエルネストの命令に従うことを拒否した。目の色を変えた彼らを見てエルネストは直感する。彼らにとってこの作戦はただの軍事作戦ではない。いわば神事なのだ。全軍の手綱を握るため、エルネストはあえて聖樹の神子を持ち出したが、それがここへきてあだになった格好だ。


 今やエルネストの統率下にあるのは全体の三割に満たない。アーヴル艦隊は今までの鬱憤を晴らすかのように苛烈な攻撃を続けた。その攻撃にさらされ、玉砕覚悟で戦っていたズィーラー兵たちは次々に撃墜されていった。しかし彼らに悔いは無い。


「カイザー・ユーデルベルトの転移を確認。これでもう、思い残すことは何もないわ……」


 カイザー・ユーデルベルトの消えた空を見ながら、マルガレーテは満足げにそう呟いた。片目が潰れ、片腕を失い、彼女は満身創痍。しかしそれでも、彼女は好戦的に笑う。ようやく死に場所を得たのだ。最後は派手にいこう。そう思いながら彼女は愛用の槍を捨てて懐に手を入れた。


「対策はしてきたようだけど、これは防げるかしら?」


 彼女が取り出したのは聖樹の果実。アーヴル戦争時に入手し、研究用に保管されていた物だ。そしてアーヴル人を混沌獣に変えてしまう技術というのは、その研究の成果だった。つまり聖樹の果実を用いれば、より強力にアーヴル人を混沌獣に変えることができるのだ。


 これはもともと、アーヴル人の現在の本拠地を強襲して壊滅させるための技術だった。ただ今のアーヴル人というのは船団を組んで混沌の海を彷徨う流浪の民。その本拠地を特定するのは極めて困難で、要するに作戦の実行が事実上不可能であるためお蔵入りした技術だった。


 その技術が、今日こうして日の目を見る。用意はしておくものね、とマルガレーテは小さく呟いた。そして混沌獣化のトリガーを引く。遠ざかる意識の中、彼女は恋人の優しい微笑みを見た気がした。


 そして一体の混沌獣が現われる。その混沌獣は今までのどの混沌獣よりも巨大だった。その姿を見てエルネストは背中に氷刃を差し込まれたように感じた。彼はほとんど反射的に全軍へこう命じた。


「全艦、対抗フィールド出力全開!」


 その命令に従ったのは全体の半分弱だった。いや、もう少し時間があれば間に合った艦は多いのだろう。だがマルガレーテの混沌獣はその余裕を与えなかった。現われて数拍の後、その混沌獣は高らかに咆吼を上げたのだ。


「グゥゥゥウウオオオオオオ!!」


 その咆吼は戦場の隅々へ響いた。そしてズィーラー人・アーヴル人の区別無くその魔力をかき乱す。そして彼らを混沌獣へと変えた。数万、いや数十万の混沌獣が現われる。その中でアーヴル軍の艦船が次々に爆発四散した。乗っていた兵士たちが混沌獣と化してしまったのだ。


「ぐぅっ……、状況、は……?」


 胸を押え、脂汗を流しながら、エルネストはそう問い掛ける。旗艦ラトラスブールは混沌獣化の対抗フィールドの出力全開が間に合い、何とか彼らは混沌獣と化さずにすんだ。しかし彼らを待っていたのは地獄だった。


 無数の混沌獣が跋扈し、無秩序に暴れ回っている。無事だった艦も、しかし混沌獣に襲われて墜ちていく。それを見てエルネストは顔を歪めた。そこへさらに絶望的な報告がもたらされる。


「識別できる残存戦力は、およそ四割ほどです……」


「残存艦隊を、集結させろ……。撤退、する」


 奥歯を食いしばりながら、エルネストはそう命じた。この日、ズィーラーは滅亡した。少なくとも一つの独立した世界としてのズィーラーは滅んだ。侵攻してきたアーヴル軍艦隊のおよそ六割を道連れにして。それはまるで、かつての崩界作戦そのものだった。


エルネスト「軍事ではなく神事ではな。手綱を取れるわけもなし」

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