宣戦布告
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「この世界の人々に挨拶を送る。朕はズィーラー皇帝エーデルベルトである。朕は汝らにこの世界の明け渡しを要求する。期限は72時間。期限を越えて明け渡しが行われぬ場合、朕は汝らに宣戦を布告する。世界は地獄となるであろう。心して返答せよ」
全世界の、あらゆる電波やネットワークをジャックして行われたこの宣言は、当然ながらタチの悪いイタズラと判断された。宣言を行わしめたその技術力は驚異的ではあるものの、その内容は三流小説よりもひどい。
一体誰がこれを信じるというのか。人々も暇ではないのだ。一日大きく騒がれたあとは、日々の新たなニュースに押し流されて忘れ去られていく。そのはずだった。だがそうはならなかった。期限とされた72時間が経過したその瞬間、全世界で同時多発的に攻撃が仕掛けられたのである。
「グゥゥゥウウオオオオオオ!!」
現われたのは異形の獣。後に「混沌獣」と呼ばれる事になるモンスター。それが世界の大都市と呼ばれる街に突如として現われたのだ。そして破壊と殺戮の限りを尽くした。
ある混沌獣は破壊光線をばらまいて街を火の海に変えた。別の混沌獣は地震を起こして高層ビルを軒並み倒壊させた。中でも強力な電磁波で街を覆い沸騰させた混沌獣は、最大の人的被害を出したと言われている。
当然ながら、各国は警察や軍を動かして混沌獣の駆除を試みた。だが混沌獣にはあらゆる科学兵器が通用しなかった。機関銃も、戦車砲も、ミサイルも、一切が通用しなかったのである。
もはや核兵器の使用もやむなしかと思われたが、出現からおよそ三時間で混沌獣は次々にその動きを止めた。そしてホッとした人々の目の前で自爆し、最後の破壊を行った。それは混沌獣の、いやズィーラー帝国の徹底した破壊と殺戮の意思を人々に知らしめたのだった。
さて、混沌獣による攻撃の被害は甚大だった。最初の攻撃だけでさえ、どれだけの被害が出たのか分からない。皇帝エーデルベルトがいったとおり、混沌獣の現われた街はこの世の地獄と化したのだ。その中で混沌獣が現われたにもかかわらず、他と比べて極端に被害が少なかった街があった。日本の東京である。
東京で混沌獣が現われたのは渋谷のスクランブル交差点だった。ある男がその真ん中に立ち止まり、何事かを叫んだかと思うと、次の瞬間に混沌獣へと変身したのである。それを目撃して生き残ったある人は、その様子について後にこう語っている。
「まるで人の皮を破って悪魔が現われるかのようだった」
悪魔と呼ばれたその混沌獣は、他の混沌獣と同じく、現われるとすぐ手当たり次第に破壊と殺戮を始めた。だが他の混沌獣とは異なり、それは長くは続かなかった。突如として空から光が走り、混沌獣の胸を貫いたのである。さらに光は連続して降り注ぎ、次々に混沌獣を貫いていく。この混沌獣は最初の攻撃で唯一屍を残した混沌獣となった。
そんなわけでこの混沌獣の屍を巡っては各国が水面下で熾烈な情報戦等々繰り広げることになったのだが、この時、渋谷のスクランブル交差点ではそれよりもはるかに重要なことが起こっていた。それをとある目撃者がこう語っている。
「ビルの上、屋上に人がいたんです。たぶん女性だと思います。顔とかはよく見えなかったんですけど……。その人がこう、腕を横に振ったら、あの光が振ってきたんです。あれって、もしかしてあの人が……。いや、そんなわけ、ねぇ……?」
あの時、混沌獣が暴れ回るスクランブル交差点は阿鼻叫喚としていた。それで目撃者も混乱しており、あれは見間違いだったかも知れないと考え、長らくこの証言は表には出てこなかった。だが結論から言えば、この目撃者の見た女性こそが、後に災厄戦争と呼ばれる戦争の、最後のキーマンだったのである。
- § -
「ボクと一緒に世界を救ってよ」
明石陽菜は、しゃべるイタチ(のような生き物)から突然そう言われて戸惑った。陽菜は今年で十三歳の中学一年生。陽菜はお父さんもお母さんも大好きだったが、両親は共働きで、二人ともほとんど家にいない。一人で家にいるのは寂しくて、彼女はあてもなく街を彷徨うことが多かった。
あの日、世界に初めて混沌獣が現われたあの日。彼女が渋谷にいたのは、やはり寂しさを紛らわすためだった。スクランブル交差点からは少し離れた場所にいたので、彼女は混沌獣の姿を直接には見ていないし、また被害にも遭っていない。ただあの日、空から降り注ぐ光を見た。そしてその時、確かに彼女の運命は変わったのだ。
そしてあの日からおよそ十日後。学校帰りの公園で、陽菜は彼に出会った。いつもは子供が遊んでいるはずの公園はしかし無人で、そのことを不思議に思った彼女が公園に入ると、茂みの中から一匹の小さな動物が飛び出して来たのである。そして彼女にこう言ったのだ、「ボクと一緒に世界を救ってよ」と。
「ええっと……、ハクビシン?」
「どちらかって言うと、イタチに近いかなぁ。っていうか、良く知っていたね? ハクビシン」
「この前ニュースで見たの。家の屋根裏でおしっこしちゃうって。ダメだよ、そんなことしちゃ。今どき、猫だってトイレを使うんだから」
「ボクはそんな粗相はしないよっ! それに白いのは鼻の頭だけじゃなくて全身だからね!」
心外だ、と言わんばかりに白いイタチ(?)がプンプンと怒る。その様子がなんだか可愛くて、陽菜はしゃがんで喋るイタチの喉元をコショコショと撫でる。たちまち、彼は腰砕けになった。
「あ、ダメ、そこは……、ふにゅぅぅぅ」
全身をなで回されること十数分。ひとしきり醜態を曝し終えると、イタチは「えほん」と咳払いをして威容を正す。とても今更な感じがして、陽菜はその様子を生暖かく眺めた。
「くそぉ~、この姿になると本能まで引っ張られるなぁ……。お腹も弱くなっちゃうし……。いや、だからそうじゃなくってさ! ねぇ、ボクと一緒に世界を救ってよ!」
イタチ(?)がヤケクソ気味にそう迫る。陽菜は苦笑しながら首をかしげてこう答えた。
「いや、いきなり世界とか言われても分かんないし……。そもそもあなたは誰なの?」
「ボクはアーヴルのユーグ。よろしく! キミの名前も教えてくれるかな?」
「……陽菜。陽菜よ」
これが陽菜とユーグの出会いだった。
エーデルベルト「さて、エゴサするか」