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献杯作戦1


 聖樹の神子アンジェ(本人はサラと名乗ったと言うが)からもたらされた、ズィーラーの本拠地の座標データは本物だった。そのことが確認されると、司令長官エルネストは直ちに幕僚会議を開催。その会議でズィーラーの本拠地を強襲し、聖杯を奪取する作戦を行うことが決まった。


 作戦について地球側にも事前に説明を行うかどうかについては賛否が分かれた。説明を行えば、物資などの面で協力を得ることができる。だが同時に作戦がズィーラーに露見するリスクもある。結局、直前に説明する、つまりぎりぎりまで秘密にしておくことになった。


 作戦は速やかに立案され、作戦計画に沿った準備が行われた。崩界作戦でズィーラーの戦力は壊滅状態にあると思われるが、しかし油断はできない。神子が言うように「切り札」の存在も懸念される。なにより混沌獣。これはアーヴル人ととことん相性が悪い。不測の事態にも対処できるよう、可能な限りの戦力が動員された。


 そして迎えた出撃の日。エルネストは作戦に加わる全ての将兵にこう呼びかけた。


「勇敢なるアーヴル兵士諸君。ついにこの時が来た。ズィーラーとの因縁を終わらせる時だ。戦争を、アーヴル戦争から続く我々の戦争を終わらせる時だ。どうか日頃の訓練の成果を発揮し、同胞の未来を切り開いて欲しい。奮起せよ、アーヴルの未来はこの一戦にかかっている!


 ……あえて言おう、我々は罪を犯した。我々は女神アレークティティスに見放されてしまった。これは目を背けてはならない事実である。では我々は嘆くだけで良いのか。嘆いていれば赦されるのか。否、断じて否! 我々はみそぎを経なければならない。罪は贖われなければならないのだ!


 諸君もすでに知っているだろう。我々が見捨てた神子は、しかし生きていた。そして我々の前に姿を現わした。神子は聖杯を所望である。ズィーラーより聖杯を奪取し、神子へと捧げるのだ。これをもって我らの贖罪とする。これが赦しを得る唯一の道だ。そして我らは安住の地へと同胞を導くだろう!」


 エルネストのその演説をもって「献杯作戦」は発動された。投入されたのはアーヴルの残存戦力のおよそ六割。負ければあとはなく、大きな戦力を動かすことへの不安は大きい。だがここが勝負どころと見極め、司令長官は使える限りの戦力を投入した。まさに総力戦だ。


 一方でエルネストはこの戦いが徹底的な殲滅戦になることを望んでいない。そんなことをしても意味がないし、自軍の損耗も増すからだ。作戦のための戦力を惜しむつもりはないが、しかしできる限り温存もしたい。それが司令長官の本音で、だからこそ彼は作戦目的を「聖杯の奪取」とした。際限の無い戦火の拡大を避けるためである。


(それに……)


 それに聖杯を奪取すれば、ズィーラーは自然消滅する。わざわざ殲滅するまでもない。十分に思い知らせることができるだろう。その点を強調すれば、復讐のために暴走しかねない兵達をコントロールできる。そのためにエルネストはあえて神子の存在と、彼女が聖杯を求めていることを公にした。


 アーヴル戦争中にプロパガンダとして使ったこともあり、聖樹の神子については兵達の全てが知っている。そして脱出作戦の最終局面において彼女を置き去りにして切り捨てたことも。それこそが女神アレークティティスに見放された原因だと、多くのアーヴル人は思っている。


 全てのアーヴル人は赦しを求めている。混沌の海を彷徨う、あてのない放浪の旅は彼らの心を弱らせていた。皆が望郷の念に焦がれ、しかし女神に見放されてはそれも叶わぬと絶望している。赦しを求め、しかしどうすれば赦されるのか分からず、また絶望する。その絶望がズィーラーへの強い憎しみと結びついていることは、いまさら説明する必要も無い。


 そこに姿を現わした神子は、アーヴルにとってまさに一縷の希望となりえる。聖杯を求めているというのも良い。同胞のため、未来のための戦いなら、兵士たちも復讐心を抑えてくれるだろう。それに「復讐のために戦え」と煽るよりは、「希望のために戦え」と命じる方が前向きだ。


 もちろん、聖杯の奪取も決して簡単ではないだろう。当然のことながら激しい抵抗が予想される。結果的には殲滅戦に近い戦いになることも十分にあり得る。ただやはり作戦目的は明確になっていた方が良い。


(いずれにしても……)


 いずれにしても、賽は投げられたのだ。心の中でそう呟き、司令長官エルネストは戦艦ラトラスブールに用意された指揮官席に座る。アーヴル軍の総旗艦はグラン・アーヴルだが、これは戦艦と言うよりコールドスリープ装置を積んだ移民艦。それで今作戦のために別の艦を旗艦に選んだのだ。


 そして司令長官は旗艦ラトラスブールより命令を発する。


「全艦へ通達。準備のできた艦より、座標データを入力して発進せよ」


 献杯作戦が始まった。



 - § -



 アーヴル軍の献杯作戦の発動に先立ち、ラ・ロシェルより国連軍へ作戦の概要説明が行われた。これに伴い、「不測の事態に備えるため」として、陽菜と凪には待機命令が出されている。南アフリカで待機となった二人と二匹は、あてがわれたホテルの一室でおしゃべりをしながら時間を潰していた。


「ズィーラーの本拠地かぁ」


「そこを叩けば戦争も終わるな」


「凪ちゃん、目標は制圧じゃなくて聖杯の奪取だよ?」


「まあ、聖杯を失えばズィーラーは大幅に弱るからね。戦争も終わると思うよ」


「そうねぇ。少なくとも地球に干渉し続ける余裕はなくなるでしょうねぇ」


 ユーグの意見にイネスも賛同する。陽菜は「そうなのか」と思って頷き、凪は「ほら!」と言って目を輝かせた。実際のところ、聖杯を失うことはズィーラーにとって滅亡を意味するのだが。ユーグもイネスも、それを二人に教えようとは思わなかった。


「それにしても、やっぱりヴィンセントはスゴいな。あの状態で敵にマーカーを仕掛けていたなんて」


 腕を組んで何度も頷きながら、凪はそう言って戦死したヴィンセントのことを讃えた。ラ・ロシェルの説明によれば、彼が敵の指揮官にマーカーを仕掛けたことでズィーラーの本拠地が判明した事になっている。だがそれが事実ではないことを、ユーグとイネスは知っていた。


「これはここだけの話にして欲しいんだけど、マーカーを仕掛けたのはヴィンセントじゃない。この情報をくれたのはアンジェ、サラなんだ」


 ユーグがそう明かすと、陽菜と凪は目を見開いて驚いた。イネスは苦笑しているが、ユーグを咎めることはしない。ということは、これは明かしても良い情報なのだろう。


「どうして、あの人が……」


「それは分からないわ~。だけどあの子は『聖杯が欲しい』と言ったそうよ~」


 凪の疑問にイネスが間延びした声でそう答える。だからこその献杯作戦。陽菜は色々と納得した。ただサラが関わっていると知ると、なんだかモヤモヤとした不安を感じる。そしてその不安は彼女に一つの懸念を思い至らせた。


「ねえ、ユーグ。ズィーラーが混沌獣を使ってきたら、アーヴルの人たちは大丈夫なの?」


「う~ん、対抗策はあるという話だけど……。実際のところはちょっと不安かなぁ。でも、さすがのズィーラーも本拠地では混沌獣を使わないと思うよ」


「それは、どうして?」


「混沌獣っていうのは自爆兵器だからね。本拠地で使えば自分たちが傷つく。それに混沌獣の咆吼はアーヴル人にとって脅威だけど、ズィーラー人にとってはもっと脅威なんだ。そりゃ対抗策はあるんだろうけど、全員には行き渡らないだろうし、やっぱり本拠地では使えないと思うよ」


「そっか……」


 陽菜は一応納得してそう答えた。だが、かつてアーヴルは崩界作戦を決行して自分たちの世界もろとも敵に大打撃を与えた。ズィーラーが同じことをしないと言い切れるだろうか。不安は消えなかった。


エルネスト「乾杯じゃないぞ、献杯だ」

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