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一筋の光明


「ズィーラーの本拠地。その座標とは、な……」


 ラ・ロシェルのフランス事務局長ミレーヌからの報告を見て、アーヴル軍の司令長官エルネストはやや疲れたように嘆息した。重大で重要な情報だが、素直には喜べない。


 今のところ、この情報を知っているのはミレーヌとエルネストのみ。だがいつまでも秘密にしておくことはできない。エルネストが心配しているのは、この情報を知った味方の反応である。


 報告書の中でミレーヌも指摘しているが、アーヴル軍の兵士たちはズィーラーの本拠地攻略へ前のめりになるだろう。末端の兵士たちだけではない。冷静でなければならない将官や参謀たちも、目を血走らせるに違いない。


 もっともらしい理由は幾つもある。だが彼らの本音は復讐だ。そして復讐を動機とする限り、その戦いは敵を滅ぼし尽くすまで終わらない。最終的に勝てたとして、それで味方にどれだけの被害が出るのか。自分たちの体制を維持できなくなるなら、そんな勝利に意味はないというのに。


 コールドスリープしている同胞たちに安住の地を見つける事。それが現在のアーヴル軍の至上命題である。そして現状、地球に一億人のアーヴル人を受け入れる余地はない。つまりズィーラーを滅ぼしたとして、アーヴルの旅は続くのだ。そのための余力は残して置かなければならない。


「地球との関係もそうだ。我々の立場が良くなる保証など、どこにもない」


 エルネストはそう呟いた。報告書の中で、事務局長は「戦争終結のために我々が決定的な働きをすれば、地球との関係においてアーヴルの立場を高めることに繋がる」と言っている。だが司令長官はその予想に懐疑的だ。


 戦争が終われば共通の敵がいなくなる。その時、地球側が危険視するのはアーヴルが持つ魔法技術だろう。いきなり敵視されることはないだろうが、それでも対応には警戒心が滲むに違いない。


 そもそも現在でさえ、アーヴル人を快く思わない地球人は多い。今は彼らの敵意もズィーラーに向いている。だが戦争が終われば、次にその標的とされるのはアーヴルだろう。奇しくも戦争という下地がある。異世界人としてズィーラーと同一視され、膨らんだ恐怖が排斥へと繋がるのは、決してあり得ないことではない。


「ふう……」


 エルネストはため息を吐いた。少々悲観的になっている。そのことを自覚して、彼は一度目頭をもんだ。戦争後のことは、まず戦争を終わらせてから考えれば良い。そしてこの情報が戦争終結のためのカギとなるのは確かなのだ。


(誘導されているな、確かに……)


 報告書の中のミレーヌの指摘に、エルネストも同意する。情報の提供者である聖樹の神子は、明らかにアーヴル軍を避けられない戦いへ追い込もうとしている。その理由は「聖杯がほしい」からで、ズィーラーとアーヴルを「潰しあわせる」ためだと言う。


 あからさまに不穏な理由だ。だがそれを口にしたのが聖樹の神子であるなら、納得もしてしまう。彼女は自分たちを恨んでいるはず。「潰しあえ」と言われるくらいならむしろ可愛いモノ。不穏ではあるがいっそ分かりやすく、それゆえに対処もしやすい。だからエルネストとしては、誘導を感じても得体の知れなさは感じない。


(重要なのは……)


 重要なのは、わざわざ彼女がアーヴル側へ接触してきたこと。彼女の要求は聖杯。ということは、聖杯さえ確保できれば彼女と交渉できるのではないか。エルネストはそこに一筋の光を見いだしている。


 アーヴルという世界を捨てたからなのか、それとも聖樹の神子を見殺しにしたからなのか、アーヴル人は女神アレークティティスに見放されてしまった。そのことが分かったのは、皮肉にも混沌獣に対処しようとしたまさにその時だった。


 地球側は不思議に思わなかったのだろうか。なぜアーヴル人は自分たちで聖樹の果実と契約し、「魔法士」となって混沌獣と戦わないのか、と。どう考えたって地球人よりアーヴル人のほうが聖樹の果実との親和性は高い。魔法士の数も揃えられるだろう。そうなれば地球のアーヴルに対する依存度はさらに高まっていたはずなのに。


 アーヴル側はこれまで「それはできないのだ」と答えていた。それはウソではないが全てでもない。より正確に言えば「できなくなった」のだ。


 かつてアーヴル人は聖樹の果実と契約することができた。全員ではなかったが、その適性を持つ者は地球人よりはるかに多かった。時代と共にその必要性は低くなり、やがて契約を行う者はいなくなったが、それでも契約方法などは伝えられており、いつでもできると思われていたのだ。


 実際、アーヴル戦争中も、混沌獣に対処するべく聖樹の果実との契約が何百年かぶりに行われた。彼らは古の呼び名通り「聖騎士」と呼ばれ、対混沌獣の戦いで戦果を上げた。それで地球に混沌獣が現われた際にも、アーヴルは当初聖騎士によって対処を行うつもりだった。そうやって自分たちを売り込むつもりだったのだ。


 しかし前述した通りなぜか契約は行えず、そのため新たな聖騎士を誕生させることはできなかった。それどころかすでに聖騎士であった者さえその力を失った。焦燥のなか様々な検証が行われ、最後に出された結論が「アーヴルは女神アレークティティスに見放された」というものだったのだ。


 この結論は全てのアーヴル人の心に痛撃を与えた。今の彼らはアーヴルという世界にも、聖樹にも、聖樹の精髄にも依存していない。その全てを切り捨ててズィーラーに一矢報いることを選んだ。しかしそれでもなお、女神は彼らの精神的支柱であり続けていた。その女神から見放されたという事実は、彼らをどうしようもなく不安にさせたのだ。それはエルネストとて例外ではない。


『赦されたい』


 それが今のアーヴル人の根源的な願いである。エルネストも同じ願いを抱えてはいるが、彼の場合、考えていることはもっと打算的だ。「神子と和解し、女神に赦されれば、アーヴル人はもう一度安住の地を手にできるのではないか」。司令長官としてそう考えている。覚悟していたとはいえ、やはりあてのない放浪の旅は辛いのだ。


(どのみち……)


 どのみち、ズィーラーとは決着をつけなければならない。ちょうど良い機会であることは確かなのだ。不安要素は多々あるが、このまま戦争が続いても良いことは何もない。そもそもズィーラーに主導権を握られていることが最大の不安要素だ。


「とはいえ、だ。まずは情報の真偽を確認しなければな」


 エルネストはそう呟いた。情報そのものがウソである可能性は残念ながら否定できない。それだけの仕打ちをしたのだから。しかしむざむざと罠に引っ掛かってやることもできない。彼は探索のために派遣する艦を調整するべく、副官を呼び出した。


エルネスト「ちなみに私はシマリスだ」

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