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プロローグ

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「え……、どうし……て……」


 少女は戸惑いの声をもらした。見つめるのは空。そこには何もない。あるべきはずのモノが、ない。


 少女は囮だった。彼女が敵を引きつけて遅滞戦闘を行い、その間に本隊がこの世界から脱出する。そういう作戦だった。


 作戦それ自体はいい。少女も説明は受けていた。そして最後に彼女が脱出しようとしたその時、しかしゲートはすでに閉じられていた。


「置いて、いかれた……?」


 少女は呆然と呟いた。現実を受け入れられない。しかしそれでも、敵は迫ってくる。動きを止めた彼女の背中に多数の攻撃が集中する。その攻撃に彼女は身体を仰け反らせて悲鳴を上げた。


 そして振り返る。迫ってくる敵は圧倒的。そもそも勝てる敵ならばこの世界を、自らの故郷を捨てて脱出しようなどとは思わなかっただろう。どう足掻いても勝てないと結論されたからの脱出計画。その敵を残して、彼女はただ一人置き去りにされたのだ。


「う……、ああ、うわぁぁああああああ!!」


 涙を流し、叫び声を上げながら、少女は敵主力へ突撃する。もはや退路はない。それは味方の手によって閉じられた。彼女は前に進むしかなかった。


 彼女は戦い、戦い、戦い、そして……。



 - § -



「司令長官! なぜですか!?」


 総旗艦グラン・アーヴル。今まさに故郷を捨て、混沌の海を彷徨うあてのない放浪の旅へこぎ出したその艦のブリッジで、一人の作戦参謀が艦隊司令長官に掴みかかってそう怒鳴った。周りにいた兵士たちが参謀を拘束しようとするが、当の司令長官本人がそれを制する。そしてこう答えた。


「アーヴルの民の、一億の民のためだ」


「……っ」


「敵の侵攻は想定よりも速く、そして激しかった。あのままゲートを開いておけば敵の追撃を受ける可能性が高く、その場合、残存艦隊は損耗を免れない。このグラン・アーヴルも損傷を受けるだろう。


 それでどれだけの資源と人命が失われる? 我々には補給のアテすらないのだ。いや、補給の有無など今更大きな問題ではない。最も重要なのはこのグラン・アーヴル。今の我々にはこの艦をもう一隻作るだけの余力はない。この艦が失われるとき、我々もまた滅ぶのだ。


 グラン・アーヴルが損傷しても、我々は専用のドッグで修理してやることはできない。一つ傷を負うごとに、この艦は寿命を縮めるのだ。ただでさえ耐用年数があるというのに。我々にはただの一秒さえも、それを浪費することは許されないのだ」


「しかしっ、それでは聖樹の精髄はどうなさるのですか!?」


「プラーナはすでに十分な量が確保されている。その量はグラン・アーヴルの耐用年数以上に我々を支え得る。どのみち、この艦が沈む前に第二の故郷を見つけなければ、我々に未来はないということだ」


「聖樹の精髄があれば、ル・アーヴルを再建できるはずです!」


「そうだな。そしてその再建は、女神アレークティティスの視点では、一瞬でただちに終わるだろう。だが我々の感覚からすれば、それは1億年にも及ぶかも知れない。その賭けに、アーヴルの民一億の命を賭けることは、私にはできない」


「彼女はっ……、アンジェは……!」


「……彼女には、悪いことをした。だが彼女には聖樹の精髄と女神アレークティティスの加護がある。……運が良ければ、生き残るだろう」


 目をつぶり、司令長官はそう呟いた。ブリッジには作戦参謀のすすり泣く声だけが響いた。



 - § -



「大帝!」


 作戦の進捗を見守っていた玉座の間で悲鳴が上がり、ざわめきが広がる。やがて人々の視線は玉座に座る男へ集まった。三ツ目の人々の縋るような視線の中、彼は口を開く。


「やられたな。ふむ、世界を崩壊させて我らを滅ぼす、か。思い切ったものだ。いや、それだけ恨みを買ったというべきか。……聖樹の精髄はどうだ?」


「ロスト、しました……」


「大帝……、どうすれば……」


「戦力の回収を急げ。可能な限り温存せよ。それから世界の崩壊に伴い大量のプラーナが放出されるはず。それを聖杯に満たせ。今後必要になるであろう」


「御意。そのように、いたします……」


 大帝の命令を受けて人々が動き出し、玉座の間から退出する。薄暗く寒々しいその部屋に一人残った大帝は、硬い玉座に身体を預けて重いため息を吐いた。


「……ままならぬものだ」


 神パド・メレに見捨てられたズィーラーの民。その民を救うために実行された作戦は、しかし無残にも失敗した。しかもこれはただの失敗ではない。持てる力の全てをつぎ込んだ上での大敗である。


 いったいどれほどの兵が、民が死ぬだろうか。戦力の回収と温存を命じはしたものの、生き残れるのはほんの一握りだろう。失ったものは残ったものよりはるかに多く、しかももはや回復の見込みはない。あるのはただ絶望のみ。


「絶望か。ひとしきり、し終えたはずだったのだがな」


 大帝の口調に苦笑が混じる。あの時、ズィーラーの民にとって苦難の時が始まると思った。だが真の苦難はこれから始まるらしい。だがそれでも、彼に玉座と聖杯を投げ出すことは許されない。


「朕はズィーラーの皇帝である。最後の臣民が息絶えるその時まで」


 責任が軽くなることはなく、彼はズィーラーの民に道を示し続けなければならない。例えそれが艱難と辛苦、怨嗟と流血に満ちた道であったとしても。


「神に見捨てられし哀れな民に、安住の地を」


 それは意地や責任感ではない。誇りである。



アンジェ「ワケが分からない!?」

作者「というわけでもう本日一話投稿します」

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