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第30話:集う神々

 貴方の代理人の運命には同情を禁じえないわ――女神アストレイア、十代半ばにしか見えない黒い肌の少女神は、同じく黒い肌の死神の騎士の主、死の王ウールムに語りかけた。アストレイアの肌は褐色に近いがウールムは炭のように真っ黒な肌をしている。ウールムは真っ白な衣に真っ白な長髪、信じられない程の美しさの男だった。


 神々の集まる神界の世界樹の元、死の王ウールム、調和の少女神アストレイア、混沌の女神アリオーシュ、憎悪の神ラグズ、知恵と戦いの女神ラエレナ、冬の神ウルリック、癒しの女神メルサリア、運命の三女神にして時の女神でもあるアトロポス、ラキシス、クローソーの十柱の神々がいた。


 空はどこまでも青く高く、心地良い風が吹いている。


 アトゥームの行く末を決める神々の集まりだった。


「アトゥームが死んだらその魂を私に下さいな」アストレイアはウールムに直談判する。

「死の国で無為に過ごすより役に立たせられますわ」アストレイアは神々が地上を見限った時も最後まで人界に残って人間を救おうと奮闘した女神だった。


「何の役に立たせるというの」混沌の女神アリオーシュが皮肉な光を目に宿らせてアストレイアを茶化す。アリオーシュは雪白の肌に長い黒髪で緑の目をしていた。


「自分の版図を拡げることにしか興味のない方に言われたくないわ。それに貴女だって人間の情人を囲ってるでしょう」


「アストレイア様はアトゥームを恋人にするつもりなのですね」癒しの女神メルサリアが納得する。


「くだらぬ。そもそも女神と人間の男の交わりは禁忌だ」ウルリックが吐き捨てるように言った。


「それも昔のこと」運命の女神たちが口を挟む。


「アリオーシュ殿がこのディーヴェルト征服を目論んでいると疑いが掛かってます。改めてお伺いしますがその気は無いのですね」ラエレナが混沌神に尋ねた。

 ラエレナは羽の付いた兜に長い金髪、胸当てをつけ、長剣を履いていた。年の頃は18くらいに見える乙女神だ。


「いと気高き唯一絶対神にかけてそのようなことは」アリオーシュも余裕しゃくしゃくと応える。


「始原の赤龍グラドノルグはどう言っているのです」


「現世に干渉する事はそう許される事では無い。グラドノルグがアトゥームをどうするかは彼女に任せるしかない」ウルリックが濃い髭の密生する顔を渋らせる。蛮族風の豪奢な仕立ての鎧が音を立てた。


「全知全能の御方は世界が滅びを選択するならそれも良いと仰るのだろう。お気楽な事だ」ラグズは青い肌を諧謔に歪ませて唯一神を揶揄する。


「外なる神々の侵略を止めねばならない。魔王アザトースを元の世界に押しとどめ、その配下共をこの次元から追放せねば。そうしなければ世界は破滅だ」黙っていた死の王ウールムが発言した。


「その為に我が騎士には命を賭してもらわねばならない。任務を果たした暁にはアストレイア、そなたの望みを叶えても良い」


「では私が死神の騎士を手助けしても良いのですね? 死神の王」アストレイアは言質を取ろうとした。


「度を越したものでなければ。神の力ではなく人間が人間自身の手で邪神を屠る必要がある」


「外なる神々の侵略を排する事ができるのは死神の騎士アトゥームのみ。彼の者がしくじれば邪神どもはこの世界に雪崩れ込みましょう」運命の三女神の末妹、<未来>のクローソーが告げた。


「大地母神も、いや外なる邪神達さえも望むのは平和。ただ己が生存する為に他者から奪わなければならないという誤解が悲劇をもたらしているのです」三女神の一人、<現在>のラキシスも述べた。


「アストレイア、貴女はアトゥームが他の女を抱いていても平気なのですか?」<過去>のアトロポスが普通の感覚なら訊けないような事を尋ねる。


「どうして?」アストレイアは大きな目をしばたいた。


「私は気にしないわ――彼が誰を愛そうと私は彼を――愛している」少女の言葉に迷いは無かった。


 大きく吹いた風が世界樹の枝を揺らす。葉擦れの音が心地良い。


 その時、世界樹が大きく揺れた。一陣の風が無数の葉を散らす。

 空一面に真っ黒な雲が湧きだした。雷が轟き、風が冷たくなる。

 無数の稲妻が空を走った。


 間髪入れずにウルリックとラエレナは得物を構えて上へと跳んだ。ラグズが魔剣を、アリオーシュも剣を中空から取り出す。


「アザトース……盲目にして痴愚の神……」アストレイアが空を見て呻く。白い光が辺りを照らした。

ウルリックが戦斧を、ラエレナが長剣を渦巻く光に叩き付ける。


 山ほども有るアザトースの身体を二柱の神の得物が十字に引き裂いた。


 重苦しい悲鳴を上げてアザトースが吠える。


 そこにアストレイアの魔法が襲い掛かる。


 アザトースの身体を無数の亡者の手が掴む。断末魔の悲鳴を上げながら空に開いた穴に邪神は引きずり込まれた。


 二柱の神の一柱は音もたてずに、もう一柱は辺りに響き渡る大音響を立てて着地した。


「やるわね。ディーヴェルトの神々。我が主を倒すとは」くすくすと笑う声がした。いつの間にか銀髪の少女が神々の前にいた。


「ナイアルラトホテップ……」ウールムが少女を睨む。


「そう、私が這いよる混沌――ナイアルラトホテップ」少女はその愛らしい顔からは信じられないほど歪んだ邪悪な笑みを浮かべた。


「貴方たちの世界は私が貰う――これは宣戦布告よ」


「そうはさせない」アリオーシュが少女に突進した。突き出された剣が身体を貫き通す。しかしナイアルラトホテップは嗤ったままだった。


「無駄よ。無駄無駄。私は死なない、私は不死身なのだから」その姿が薄れ始めた。


「せいぜい足搔いてもらうわ――何の抵抗もなくディーヴェルトを明け渡すなんて事は許さない。私の支配の下に入れば貴方たちも人間も全ての生命も生きたままその肉体と精神と魂を食らってあげる――素敵でしょう? ああ、考えるだけでぞくぞくしちゃう。貴方たちもそう思わなくて?」邪神の声だけが辺りに響く。


 いつしか雲は晴れていた。冷たさとじめついた湿気のある風が爽やかなものに戻る。邪神がいた痕跡は跡形もなく消えていた。陽の光が神々を照らす。


「外なる神々、大した神だ」<憎悪>の神ラグズが息をついた。「これでも全知全能の御方は我らを助けてはくれぬのか」


「御方はこの世のみならず邪神たちをも創り出した方。どちらか一方に肩入れする事は叶いません」<過去>の女神アトロポスが冷徹に告げた。


「彼の邪神を討ち果たせるのは人間。死神の騎士のみ。彼を我々が庇護するべきと考えます」<知恵>の女神ラエレナが提案した。


「神が倒せぬものを人が倒せると申すのか? いかに貴殿が知恵と戦いを司る者と言えどその見通しは甘いと言わざるを得ん」<冬>のウルリックが疑問を呈した。


「外なる神々を我々と人間が協力して討ち果たす。人間だけでも神々だけでも勝つことは出来ぬ」<死>ウールムがラエレナの後を引き取った。


「それ以外に道は有りませぬ。この世界を救うには」<運命>の三女神、ラキシス、アトロポス、クローソーが唱和した。それは予言ではなく、預言だった。

 十柱の神々はその言葉にそれぞれに頷いた。


『神の望みは我らの望み。我らの望みは神の望み。いと高き所におられる御方。その御心は最も高き所から、最も低き所まで、あまねく存在し、天国から地獄に至る全ての者を救い給えり。我ら神の使者にして神は我らの使者。我ら神の命を受け、神に命令せん。あらゆるものを救う御方の剣と盾となりて、我ら神の祈りを遂行せり』世界樹が唄う――その声に十柱は全き調和を持って祈りを唱和した。


 ――十柱は受肉を解いて己の領域へと還る。


 邪神ナイアルラトホテップのディーヴェルト侵攻に備えて。


 風が吹いた。


 誰もいなくなった世界樹の根元の泉に一枚の葉が舞い落ちる。


 水面を落ちた葉が揺らした。


 時ならぬ時が支配するこの神界で、葉は自ら起こした波に揺られて、永遠にたゆたうかのように水面に揺れていた。


 邪神の気に当てられて泉の水を飲みに来た魔物が、水面に映った己の姿に驚いた。甲高い悲鳴を上げて煙のように消える。


 あとはただ世界樹の間を抜ける風が葉を揺らすだけだった。

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