第18話:さらわれた不老不死エルフ
死神の騎士の鎧を手に入れた晩、ホークウィンドはアトゥームと契りを交わした。
傷ついたアトゥームを癒したいという思いと自身の欲望に正直になった結果だった。
自分を庇って傷ついたのに何も求めない、その純粋さに惹かれた。
女神アストレイアに対する意趣返しの気持ちもある。
自分の胸の中で眠る男の姿を見て、死神の騎士などと呼ばれていてもまだ子供なのだと微笑んでしまった。
義娘シェイラはホークウィンドの行動をよくは思わなかったが認めてはくれた。
自分はこの男を愛している、そしてこの男も自分を――咎められることは何一つない筈だった。
不老不死エルフの自分は彼よりも長生きするだろう。
今までも人間を愛した事は数え切れないほど有ったが、皆自分を置いて逝ってしまった。
一度も人を愛した事が無いよりは数え切れない位愛した方が良いに決まっている。
それが「さよなら」で終わる事であったとしても。
愛する時には精一杯愛してきた。
その思い出は別れの寂しさを癒すとは言わないまでも少しは耐え易いものにしてくれた。
全力で愛さなければ傷つきもしない、そういう者もいるだろうが自分は違う。
今夜の事も忘れない、ホークウィンドは自らにそう言い聞かせた。
朝までアトゥームに寄り添ってやった方が良いだろう。
シェイラには辛い思いをさせてしまうが、この男を見捨てる事は出来ない。
〝戦争が起こる〟ホークウィンドは女神から聞いた言葉を思い出す。
エセルナート王国には直接報告しなければならない。
その時はアトゥームとラウルを連れて行こう、万神殿カント寺院にかかれば、彼の病も癒えるかもしれない。
――腕の中に抱き抱えた男の顔を見つつ、いつしかホークウィンドも眠りに落ちていた。
* * *
翌朝、日の出と共にホークウィンドとアトゥームは起きた。
「よく眠れた?」ホークウィンドの問いにアトゥームは死神の騎士らしくもなく顔を赤くする。
「死神の騎士の鎧は?」話を逸らそうとしたのかアトゥームは今話さなくても良い事を訊いてきた。
「ラウル君が預かってるよ」アトゥームは女神アストレイアが顕現した時は意識を失っていた為、女神が彼を欲している事は知らなかった。
「今日はゆっくり休んで良いと思うよ。皇国が戦争を始めるまでは骨を休めた方が」
「死神の騎士の鎧を魔鍛冶師に打ち直してもらわないと」
「その必要は無いってラウル君が言ってたよ。鎧は持ち主に合わせて形状を変えるんだってさ」
「観光でもすればいいのかな」アトゥームは息をついた。
ドアをノックする音が響く。
「ラウル君だね。足音で分かるよ」ホークウィンドは外出着を着始めた。
アトゥームも服を着る。
アトゥーム、ホークウィンド、ラウル、シェイラの四人は一階で朝食を摂る。
死神の騎士の鎧を着けて街の練兵場に行こうという話になった。
練兵場は冒険者や街の衛兵、イェスファリアの騎士、傭兵等が身体を動かす為に設けられたタネローンだけでなく多くの街にある施設で、市民が護身術を学ぶ為にも使われる。
愛馬スノウウィンドに乗ったアトゥームと馬を宿屋から借りた一行は練兵場に入った。
古リルガミン時代に造られた露天の闘技場をそのまま利用した施設だ。
タネローンを守る衛兵や冒険者が戦闘訓練を行っている。
「アトゥーム君、まずはボクと手合わせしてみるかい。デスブリンガーを使って」
アトゥームはためらった。
「大丈夫。心配いらないよ」
「お義母さまに恥をかかせる気?」尚も戸惑うアトゥームにシェイラが不機嫌さを露わにする。
母親が赤の他人に寝取られて嬉しい訳もない。
アトゥームは答える代わりにデスブリンガーを抜いた。
死神の騎士の鎧を念じて呼び出す、見る間に身体は真っ黒の板金鎧に覆われた――兜だけは未だ手に入っていない。
両手剣を正眼に構えホークウィンドと向き合う。
対するホークウィンドは八字立ち、構えを取らなかった。
暫らくそのままでお互いに攻め手をうかがう。
先に動いたのはホークウィンドだった。
苦無を両の逆手に持って一瞬で間を詰める。
アトゥームは前に突っ込む、デスブリンガーで前に出ている左の苦無を弾き飛ばそうとした。
デスブリンガーと苦無が激しくぶつかり合う、アトゥームの予想に反してあっさりとデスブリンガーは止められた。
ホークウィンドの右手に握られた苦無が襲ってくる、アトゥームは左腕の甲に付いている短刀をとっさに抜き出して苦無を止めた。
腹部に衝撃が来た。
ホークウィンドが間髪入れずに左の中段蹴りを放っていたのだ。
予想外の攻撃にアトゥームは一瞬息が詰まった。
更にホークウィンドは右の脚で足払いを掛ける――捨て身技だ。
アトゥームはあっさりと転がされた。
次の瞬間ホークウィンドの苦無が首元に当てられる。
「俺の負けだ――手加減してたな」
「加減はしてないよ。その若さでここまで出来れば大したものだよ」
「余り嬉しくはない。もう一勝負お願いできるかい?」
結局アトゥームは更に五戦して全敗した。
シェイラにも挑まれたが、こちらも一度引き分けに持ち込むのが精一杯だった。
「死神の騎士なんて大層な呼ばれ方をしていても、これじゃ」アトゥームは自嘲した。
「戦い慣れてない相手だとそんなものだよ。気に病んだから強くなるって訳じゃないし、気にしない方が良いよ」ホークウィンドは慰めているのかそうでないのか分かりにくい気遣いをした。
「ラウル君は――」
「義兄さんが敵わないのに僕が敵う訳ないでしょ。僕は負ける戦はしない主義なんだ」
「これは戦じゃなくて訓練じゃない。白兵戦の訓練は魔術師といえど必要でしょ。この私が相手してあげる」シェイラがラウルを指差した。
物理攻撃の魔法を使わないで模擬戦を戦う――結局ラウルも引き分けを一度取るのが限界だった。
パンに野菜と燻製肉を挟んだ弁当を食べながら午後からどうするかを話し合う。
腹ごなしをしてから、街を散策する事にした。
午後の訓練を始めようとした時、ホークウィンドに声を掛けてきた男がいた。
ホークウィンドとほぼ同じ背丈、長身の白子のエルフだ。
華美な装飾を施された真っ黒な全身鎧がエルフらしからぬ雰囲気だった。
腰から大剣を下げ、龍の装飾の付いた兜をかぶって、隣に人間の小男を連れている。
「エルリック、お主本当に――」小男がエルフに話し掛ける。
「ムーングラム、分かってくれとは言わない。だが私は――」
「何か用?変わったお二人組」二人の会話に割り込む様にシェイラが尋ねる。
「そこのメルニボネの御婦人と勝負したい」エルリックと呼ばれたエルフがホークウィンドを見た。
ホークウィンドは怪訝な顔をしたが、勝負を受ける事にした。
「良いよ、審判役は――」
「要らぬ。どちらかが負けを認めるか、気絶するまで戦う――怖いかな?」
「どんな戦いでも恐怖を感じなくなったら終わりだよ」ホークウィンドはあっさり言った。
二人が向かい合うと人だかりができた。
「同族殺しのエルリックとやり合う女がいるって?」
「ホークウィンドってまさか邪悪な魔術師ワードナを討ち取ったホークウィンド卿か?」
方々からそんな声が聞こえてくる。
「行くぞ」腰の剣を抜いたエルリックが襲い掛かる。
ホークウィンドは苦無でその一撃を受け止める――剣と苦無が接触した瞬間、白い光が炸裂した。
まばゆい光の中で影が交錯する。
「義母さま!」龍族の力で何が起きていたかを悟ったシェイラが叫ぶ。
エルリックもホークウィンドも、そして人間の小男までも姿を消していた。
「ホークウィンドさんがさらわれた!?」ラウルは目の前で起きた事が信じられない。
「魔法で飛んだわね――後を追うわよ。いいわね、ラウル、アトゥーム!」シェイラは殆ど動じていなかった、即座に指示を出す。
「どこに逃げたか分かるのか?」
「伊達に親子じゃないわ。どこに居るかくらいすぐに」
シェイラは黄金龍の姿に戻る。
周囲から驚きの声が上がった。
「乗って」シェイラが首を伸ばす。
アトゥームとラウルは素早くその背に乗った。
「行くわよ。しっかりつかまって。エルリックとかいうあの男、赦さないわ、絶対に!」
シェイラは羽ばたいた――土ぼこりが巻き上げられ、アトゥームとラウルを乗せた黄金龍は空に舞い上がる。
〝何の為にエルリックはホークウィンドをさらった?〟アトゥームはホークウィンドをさらわれた怒りと疑問が同時に頭を埋め尽くすのを禁じ得なかった。




