朱鷺宮有紗──お茶会
本日は待ちに待った春樹様とのお茶会の約束の日。
前回のパーティでつまらないトラブルに巻き込んでしまった負い目もあって、今日こそは楽しんで頂かなければと意気込んでいた。
最高級の茶葉に一流の技術を持った給仕、本場仕込みのパティシエに作らせたお茶請けなど、とにかく出来る限り楽しんでもらえるようにもてなしをするつもりだ。
「お嬢様、高梨様がお見えになりました」
春樹様の来訪を告げる使用人に連れられて、エントランスまで出迎えに上がる。
「春樹様、本日はようこそお越しくださいました」
「あ、有紗さん。わざわざ出迎えに来てくれたんだね、ありがとう。今日は呼んでくれて嬉しいよ」
そうにこやかに微笑む春樹様は、シンプルなハイネックのシャツにテーラードジャケットを合わせた、品がありながらもカジュアルな格好で、普段の配信よりもオトナな印象を受ける。
以前ここに招いた時には、スーツ姿の春樹様に対して少しばかり派手なドレスで出迎えてしまったことを思い返して、今日は控えめな服装にしたのは正解だったようだ。
「今日は天気も良いので是非この屋敷のお庭を見ていただきたいですわ」
そう告げて、手入れの行き届いた色とりどりの花が咲き誇る庭園の一角へ案内すれば、春樹様からも感嘆の声が上がる。
基本的な手入れはもちろん庭師の仕事ではあるけれど、幼少の頃からたびたび足を運んでは少しだけお世話をさせてもらっていたお気に入りの花々を褒めてもらえるのは素直に嬉しい。
庭園をよく見渡せる、開けた場所に設置したガゼボの中に案内してテーブルにつく。
「あ、そうそう、一応これ手土産持ってきたんだけど……」
春樹様に手渡された紙袋の中を覗いてみると、かわいらしくラッピングされたリボン付きの袋が入っている。
「これは……クッキーでしょうか?」
「そうそう、菓子折りの一つでも持って行こうと思ったんだけどさ、考えてみればどんな高級店の物でも有紗さんなら食べたことありそうだなって……それならいっそと思って、自分で作ってみたんだよ」
「──えっ!? こ、これ春樹様の手作りなんですの!?」
なんてことかしら……
私のことを考えてくださった上での手作りという選択は、まさに真心を込めたおもてなしと言えるだろう。
贅を凝らしたもてなしをしようとばかり考えていた自分がどこか恥ずかしくなってくる。
「本当に……とっても嬉しいですわ。春樹様はお菓子作りも嗜んでいらっしゃいますのね」
「嗜むって言っても簡単なものくらいだけどね、今回のは一応ちゃんと気合い入れて作ったけど……」
給仕に手渡して、紅茶と一緒にクッキーも広げてもらうと、いくつかの異なったフレーバーが付けられているようで見た目も彩りがあって楽しい。
早速その中から一枚頂いてみれば、オレンジの風味を感じるホッとするような優しい味。
──おいしい……まるで心まで満たされるような……
確かに高級品や名のあるブランドのお菓子も美味しいとは感じるけれど、それとはまた違った種類の感動を覚える。
きっとそれは、彼の手作りという付加価値がもたらしたものだろう。
素直に感想を伝えると照れくさそうに頬を掻く春樹様。
「ありがと……こっちのお菓子もおいしいね」
こちらが用意したお菓子はプロの作ったもの。それは確かに美味しいでしょうけれど……いっそわたくしもお菓子作りの勉強をしてみようかしらと思わされる。
そんな雑談をしていると、あらかじめ用意していた楽団の演奏が始まった。会話の邪魔にならない程度の上品なクラシック。
風に乗って流れてくる音色に耳を傾ければ、テーブルの雰囲気も次第にリラックスしたものへと変わっていく。
「……いいね。クラシックは普段あまり聴いていなかったけど、なんだか心が落ち着く感じがするよ」
そう呟いて、カップを片手に目を閉じて聞き入る彼の姿は一枚の絵画のように美しく、この場に画家を手配していなかったことを惜しいとすら思ってしまう。
それでも、普段から精力的に活動している彼にとって、この時間が一時の安息となったのならば幸いなことだ。
「いやー……こんな風に綺麗な庭園の中で、美味しい紅茶に焼き菓子と、素敵な演奏もあって、久しぶりにリフレッシュできたような気がするよ」
演奏がひと段落したところで、軽く伸びをしながら春樹様が微笑む。
「あら、もしも春樹様がわたくしと婚姻を結べば、いつでもこんな時間を過ごせますわよ」
「あはは、さすがにそんな理由で結婚するなんて軽すぎるでしょ」
私もここぞとばかりに冗談混じりで得意気にアピールしてみたけれど、さらりと躱されてしまう。
一般論としては、男性から見た女性のモテる要素として経済力や地位がまず第一に挙げられると言われているけれど、彼にはあまり響いていないように思う。
でも、そうなってくると私の魅力とは他に一体何があるのだろうか。
朱鷺宮の家に生を受けた時点で与えられた財力と、約束された地位。それは確かに私のアイデンティティではあるけれど、自身が成したものではない。
「……春樹様が結婚相手に求める条件って、どのようなものなのでしょうか?」
「条件? うーん……そんなの考えたこともないかなあ」
「──え?」
想定していなかった言葉に一瞬困惑する。
今まで私が縁談で提示されてきたような男性方のプロフィールには、それこそ条件の欄が一番熱心に記載されていたと言っても過言ではないだろう。
やれ毎月いくらの援助だとか、私生活には干渉してほしくないだとか、性的な接触は最低限だとか……
さすがにそんな有象無象の男たちと春樹様を同一視するつもりは毛頭なかったけれど、全く条件が無いと言うのもまた難しい話だ。
条件を出されたなら、それをクリアすれば良いだけだけど、無いのならどうしたらいいのだろう。
「それでは、一体どうやって今の婚約者をお決めになられたのですか?」
「んー……それはまあ、自然にだったり成り行きだったりもあるけど、やっぱりずっと一緒に居たいと思えるかみたいなそういう気持ちの部分じゃないかな」
なるほど……
気持ちが大事だというロマンチックな感性を持つ春樹様に対して、条件だなんて無粋な話をしてしまった自分とのギャップに気付かされて、またも自己嫌悪を覚える。
そういう意味では私たちはまだ数回顔を合わせた程度で、こちらからは一方的に配信やテレビで何度も見ていて想いを募らせているけれど、春樹様の気持ちを考えると、私とずっと一緒にいたいだなんてまだまだ思ってもらえる段階ではないだろう。
「でしたら、いずれ春樹様にそう思って頂けるように、これからも仲良くして頂けると嬉しいですわ」
「──ッ、そ、そうだね、うん……こちらこそ、これからもよろしくね」
頬を薄く染めながら言葉に詰まる様子を見せる春樹様に、あながち全く脈が無いわけではなさそうだと密かに喜んだ。
次のお茶会では、わたくしがお菓子を作ってもてなしてみようかしら……もしくは、彼に教えてもらいながら作るのも楽しいかもしれない。
そんな風に春樹様と一緒に過ごす次の時間を想像するのはどれも楽しそうで、まさに彼の言っていた通り、ずっと一緒に居たいと思う気持ちなのだろう。
改めて強く感じた好きだという気持ちに、叶うならばこれが一方通行で終わらずに、通じ合えたらと、そう思った。




