柊木柚葉─私のハッピーエンド
「お疲れ様ー」
オフコラボの配信を終えて一息つく。
いまや最大級のインフルエンサーと言っても過言では無い存在であるハルくんとのコラボは、数字的に見たならば大成功だったと言えるだろう。
今までに見たことのない同接数に加えて、私たちのチャンネル登録者数の爆発的な増加。
もちろんそれが良いことなのは疑いようのない事実ではあるのだが、これまで莉子と二人で活動してきた自分達の努力や苦労を考えると素直に喜ぶだけではいられない気持ちもある。
「ハルくんのおかげでチャンネル登録者数が信じられないくらい増えてる……私たちの今までの苦労はいったい……」
「んー? 確かに同接は影響あったかもしれないけど、チャンネル登録まで行ったなら、それは単に今まで二人を発見できていなかった層にリーチしたってだけなんじゃない?」
些細な不満を冗談めかして口にしてみれば、なんてことないように私たちの成果だと言ってくれるハルくん。
それをストレートに間に受けるのはさすがに躊躇うけれど、ハルくん自身にそんな風に言ってもらえると少しは救われる気がした。
配信でも言ったけれど、本当に彼はまさに理想の男性の顕現なんだと思う。
私が生まれてから十九年、莉子にもはっきりとは伝えていなかったけど自分は同性愛者だと思っていた。
周りにあまり男性自体がいなかったのも原因だとは思うけど、学生の頃も好きになるのはみんな女の子だったし、莉子と同棲を始めてからは当然のように彼女に惹かれていった。
莉子の方はたぶんただの興味本位だったと思うけど、私は少なくとも本気で莉子を求めていた。
──まぁ本気とか言っておいて、今ではハルくんにも惹かれてる私は気の多いダメなやつなんだけどね……
幸いだったのは、莉子も彼に気があること。
つまり私にとって一番のハッピーエンドは、三人で付き合うこと……これが最高。
我ながら欲深いことだが、好きという気持ちはコントロールできるものでもなく、莉子もハルくんも好きなんだから二人と付き合いたいのだ。
彼はいつかのインタビューでも重婚に対しては前向きな発言をしていたし、決して無理ではないはず。
そんなことを考えながら、着替えたり配信で使ったものを片付けたりしていると時刻はもうずいぶん遅くなっている。
莉子に目配せをすると頷いて話を切り出した。
「ねえハルさん、今日もう泊まって行こうよー」
「賛成。お酒も飲んでたし、夜道は危ないから泊まっていくべき……」
私たちがまだ未成年であることを知らずに、ハルくんが食材と一緒に差し入れで持ってきたお酒は、配信中に彼が飲む事になっていた。
完全に作戦外の出来事だったが悪くない流れである。
「いいの? それは助かるけど……お邪魔じゃない?」
思いの外すんなりと前向きな言葉が返ってきて俄かに色めき立った。
「全然お邪魔じゃないよ! ハルさんがウチに来てからは打ち合わせして、すぐ配信して、まだあんまり話せてないから嬉しい!」
こういう時に飾らない言葉で素直に喜びを表現できるのは莉子の美点だ。
「ふふ……お邪魔したいなら、してもいいんですよ……」
莉子に抱きつきながらハルくんに目を向ければ、目を見開いてゴクリと息を呑む姿。
──この人……やっぱり……
配信を見ていた頃からもしかしたらとは思っていたけど、ときおり彼が配信で見せる貞操逆転……つまりビッチなキャラクターは、ただのキャラ作りではなくガチなのではないだろうか。
私たちは女に生まれた性として強い性欲と付き合いながら生きているけれど、ハルくんも同じなのかと思うと私たちの目的も案外すんなりと達成できるかもしれない。
ハルくんがお風呂に入ってる間に莉子と改めて作戦を練り直す。
「莉子、落ち着いて私の話を聞いてほしい……ハルくんは、えっちなんだと思う」
私の言葉にポカンとした顔で固まる莉子。かわいい。
言葉足らずだったことを謝って自分の推測……ハルくん性欲つよつよ説を話してみる。
「うーん……確かにあたしも考えたことあるけど、それって結構願望とか入ってない?」
うっ……それは確かにあるかもしれない。
いわゆる確証バイアス、そうであって欲しいという思いからその仮説を肯定する情報ばかりを集めてしまう現象だ。
……でも、そこに賭けるのが一番可能性が高そうだし……それに私の説も願望だけとは言い切れないと思う。
「とにかく、その前提で行動するの。ハルくんがもし女の子並の性欲モンスターなら、私たち二人で誘惑したらイチコロ……なはず」
最初の内は、まだどこか懐疑的な莉子だったが、どんな風に誘惑したら、ハルくんがどうなるだろうかなんて話していたら、莉子も妄想が楽しくなってきたのかノリノリになってきた。
「それいいね! じゃあそうなったら次はあたしが後ろから──」
「ただいまー、お風呂ありがとねー。すっきりしたよー」
盛り上がり過ぎてハルくんが帰ってくるのに全然気が付かなかった。
──聞かれてないよね……?
というかお風呂上がりで薄着のハルくん、めちゃくちゃ色っぽい。ついさっきまで二人で猥談に花を咲かせていたこともあって、むらむらと湧き上がるものがある。
「じゃああたしたちもお風呂入ってくるね!」
莉子と連れ立ってお風呂に向かおうとするとハルくんが首を傾げる。
「……んん? 二人で入るの?」
「うん、よく一緒に入ってるし」
「そ、そっか、本当に仲良いんだね。いってらっしゃい」
少しだけ顔を赤くして逸らしたハルくんは、配信の時に女の子同士の恋愛にわくわくするって言っていた通りに見える。
──やっぱり仮説は間違ってないはず!
そんな確信を深めて莉子とお風呂に向かった。
◇◇◇
お風呂を済ませてリビングに戻ると、ハルくんは残っていたお酒を追加で空けていたようだった。
「あ、おかえりー」
「ただいま……あの、ハルくんって、お酒あんまり得意じゃなかったような……」
「あー、うん、そだね。でも残して帰るわけにも行かないし……」
だったら持って帰ってもよかったのでは? と思ったが、いまさら言っても仕方がないだろう。
「立てますか? 寝室に案内しますね」
念のため二人で両脇から支えてみるが、一応足取りはしっかりしているようだった。見た目ほど酔ってるわけじゃないのかな?
「あれ? ベッド……ひとつ?」
「そうですよ。何か問題でも?」
不思議がるハルくんに疑問を抱かせまいと、当然ですけどと言った顔で対応する。
真ん中にハルくんを寝かせて、挟むように左右に寝転んで見ると、さすがにセミダブルのベッドに三人は狭い。
体が落ちないように半身をハルくんに被せるようにしてみれば、向かいの莉子も同じように動くのが見えた。
女の子とは違ってゴツゴツしたその大きな身体は、今まで触れたことのない新鮮な感触で興味深く、ついつい確かめるように手を動かしてしまう。
「えーと……あの、重…くはないんだけど、ちょっと色々と、まずい気がするんだけど……」
「なにがですか?」
そう惚けてみせた時に、ふと私の太もものあたりにナニかが当たる違和感を覚える。
──あれ? これって……
もしかして、ハルくんも興奮してる?
「ふふ……ねえ、ハルくん。あたしと莉子が、いつもこのベッドで何してるか分かる?」
「何って……」
「ハルさんがわくわくすることだよ」
莉子の言葉に思い当たることがあったのか、ハルくんの表情も段々と熱を帯びてきて、呼吸が荒くなっていく。
いまや三人の吐息は混ざり合って、ベッドの上はむせ返るような空気が満ちていた。
「今日は……ハルくんも一緒にどうですか?」
「あたし達と一緒に気持ちよくなろうよ」
二人がかりで左右から、ハルくんの耳元にASMRのように囁きかけていると、痺れを切らしたようにハルくんがその逞しい両腕で私たちをグッと抱き寄せた。
今までのように莉子を相手にするのとは全く違う、力強い彼の動き。
挑発していた私たちから、主導権が一気に彼の手に奪われたように感じて息を呑む。
──あぁ……私は今夜、本当の意味での初体験を迎えるんだ……
もはや興奮を隠さないハルくんを前に、私と莉子も期待と不安で胸がいっぱいになっていた。




