朱鷺宮有紗─パーティ
私のような名家の跡取りという立場は、パーティへの招待というものが非常に多い。
何かと理由をつけて朱鷺宮との顔を繋ぎたい成り上がり者、後援を得たい政治家などその目的は様々だが、その多くは相手方の思惑が見て取れてうんざりする。
よっぽどの事情や必要性がない限りは代役を立てて断ることが多かったが、今回の招待ばかりは断るわけにはいかなかった。
先日公表したリゾート計画を受けて、朱鷺宮以外のいわゆる三大財閥に数えられる二家、花園と水無瀬が連名でパーティの招待を送ってきたのだ。
しかも丁寧に私宛に……今回の件が、お母様でなく私が主導していると見抜かれているのも面倒くささに拍車をかけている。
お題目はお家同士の交流会だが、まあそんなものは建前で、大方「自分たちを差し置いて朱鷺宮だけ春樹様と縁を繋いで一儲けしようとしてんじゃねーぞ」というのが本音だろう。
ともあれ、あの二家が難癖を付けてくるのは想定してあったし、ビジネスの部分で一枚噛ませるのは構わない。だが、そんなことよりも男女の部分では一歩も譲るつもりは無い。
そういうつもりで牽制のために今回のパーティのパートナー役として春樹様に声をかけてみれば、私のためにスケジュールを調整してまで都合をつけてくれた。
「本日は、わたくしのために時間を割いて頂いて、本当に感謝の言葉もありませんわ」
「いえいえ、それよりもこういった場でのマナーには疎いので迷惑をかけないか今から心配ですよ」
謙遜する春樹様だが、今まで男性の出席者の中で春樹様ほど立派でスマートな立ち振る舞いが出来ている者など見たことがない。
送迎車を下りて会場へ入ると集まる多くの視線。それはわたくし…朱鷺宮有紗が来たからではなく、その隣の春樹様が原因だろう。
家格の違いもあってか不躾に近づいてくる者はそういないが、何事にも例外はある。
「あら有紗さんごきげんよう。今日は来てくれて嬉しいわ〜」
数人の男性を連れ出って現れたのは、今回の主催の二家のうちの一つ花園家の当主。顔を合わせるのは数年ぶりだが、相変わらず趣味が悪い。
本来、貴重な男性を複数人囲うなど道義的に許されるものではないが、それを通せてしまうのが彼女の財力であり権力だ。
もちろんそれが朱鷺宮より優れた力を持っているというわけではない。私にもそういう売り込みはいくつも来ていたが全て断ってきたというだけの話だ。
一時期は男性にあまり興味を持てない自分がおかしいのではないかと悩むこともあったが、春樹様を一目見た時にそんな考えは払拭された。
──わたくしは、この人を待っていたのだと。
だからこそ、こんな連中が春樹様をじろじろと不躾に眺めているのが気に入らない。
春樹様を背に庇うように前に一歩出て挨拶を返すが、彼女は私を一瞥すると後ろの春樹さんに話しかけた。
「あなたが高梨春樹ね。噂で聞いていたよりも良い男じゃないの〜! うちのコレクションに加えてあげようかしら」
──は? ……はぁ!? こ、このババァは自分が何を言ってるのか分かっていらして!?
ピキピキと青筋が立つ音が自分でも聞こえた気がするくらいに苛立ったが、腐っても相手は現当主だ。まだ一介の令嬢に過ぎない私が短絡的に怒りをぶつけるわけにはいかない。
それよりも引っかかったのは噂で聞いていたとの言葉だ。確かに春樹様が世間に認知されてまだ半年余りではあるが、あれだけメディアに露出していて、話題に上がらない日は無いくらいの春樹様を噂でしか聞いたことがないとはどういうことだろうか。それも情報の価値を理解しているはずの財閥家の当主が。
「あはは、遠慮しておきますよ。今日は有紗さんのパートナーとして来ていますから」
私が考え込んでいる間に春樹様が断りを入れてくれたようで俄かに落ち着きを取り戻した。
「ふーん……私の誘いを断って朱鷺宮に付くってことかしら。精々後悔しないことね」
侮蔑するような目でつまらない捨て台詞を吐くその姿に、怒りよりもむしろ呆れが湧いてくる。あの花園の当主が、これでいいのだろうかと。
──その時、一陣の風が吹いた。
「後悔しないように…とは、脅しのつもりか?」
尋常ではない重圧を撒き散らしながら花園の前に現れた和服の少女。
どれだけの財力や権力を持っていようが、それらをまとめて踏み潰すことができる暴力を持つ存在が、この日本には居たことを思い出した。
決して手を出してはいけない不可侵領域──二条家の存在を。
直接殺気を向けられているわけではない私ですら息を呑むような重圧に、直接対峙させられている花園は生きた心地がしないのではないだろうか。
案の定、当の花園は春樹様を知らなくてもさすがに二条家の恐ろしさは知っていたようで、しどろもどろになりながらも慌てて否定してはそそくさと立ち去っていった。
「ふぅ……」
「あらあら、大変だったわね有紗ちゃん」
役目は終えたとばかりに姿を消した少女と入れ替わりで現れたのは、私をここへ招待したもう一人、水無瀬の当主だった。
柔和な態度ではあるが、彼女もまた数人の男性……それも少年と呼ぶべき容姿の子ばかりを連れている。
「彼女も色々とかわいそうな立場だから、無礼な態度も少しは大目に見てあげてほしいわ」
春樹様に対して、何故か花園を庇う様子を見せる水無瀬の態度に違和感を覚える。
少しだけ突っ込んで話を聞いてみると、花園の現当主はもう既に見切りをつけられていて、たまにパーティに出席する以外は離れで男性に囲まれた退廃的な暮らしをしているのだそうで、近々その座を追われるらしい。世俗に疎いのも然もありなんという話だろう。
こんな話を聞いてしまうと、この後ビジネスの話をするのも余計に気が重くなってしまうが切り替えて行くしかない。
──はぁ……今日は牽制のつもりもありましたが、春樹様に少しでも楽しんで頂ければと思っていたのですが……
◇◇◇
パーティ会場での立食と歓談を済ませた後に、三家で集まってリゾート計画について話した。
先ほどの件でこちらから圧をかけられたこともあり、基本的に朱鷺宮に有利な展開で話を運べたのは僥倖だった。
会場を後にして春樹様と二人でリムジンに乗り込む。
「本日は、春樹様には色々とご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
いくら迷惑をかけたのが他家の者であろうと、連れ出した責任は私にある。今まで他家との交流がお母様に任せっきりになっていて趨勢をきちんと把握できていなかったのは大いに反省するところだ。
日本でも有数の財閥家の当主が、あのような男性をコレクションだなどと嘯くような女と、少年趣味マダムでは幻滅されても仕方がない。
「んー……まぁ確かに個性的な人達だったね。でも、だからこそ俺に最初に声を掛けてくれたのが有紗さんで良かったと改めて思ったよ」
今日一日を一緒に過ごして、以前より少しだけ砕けた口調で話してくれる春樹様。
そんなふうに言ってもらえるのは救われる思いだけれど、その評価を裏切らないように一層気を引き締めていく必要があるだろう。
「今後はこのようなことがないように徹底いたしますので、よろしければまたご一緒して頂けますと幸いですわ」
次に誘うのは、リゾートの開園準備ができてからのプレオープンパーティになるだろうが、来てくれるだろうかと不安が募る。
「それはもちろん、楽しみにしてますね。……でも俺としてはこんな大規模なパーティじゃなくて、ちょっとしたお茶会に誘ってもらうくらいの方が、気楽でいいかもしれないな」
苦笑しながらそう話す春樹様に、思わず食いつく。
「本当ですの!? でしたら是非当家で企画いたしますので来てほしいですわ!」
「あはは、企画とか言い出したら大げさだよ。ちょっと時間が空きそうなタイミングで誘ってもらえれば、そんなに遠くもないんだし行きますよ」
お忙しい春樹様をそんな軽い気持ちで誘っていいのかと聞いてみれば、大して忙しくないよと謙遜しながら問題ないと言ってくれる。
春樹様を上手くもてなすことが出来なくて沈んでいた気持ちが徐々に軽くなっていく。
私は…朱鷺宮の次期当主として、上に立つ者として、これからますます重責を背負いながら生きていかなくちゃならないけど、こうして心を軽くしてくれる存在が伴侶として隣にいてくれたら、どんなに素晴らしいことだろうか。
改めて春樹様に出会うまで縁談の類を断っていた自分の幸運を噛み締めると共に、この出会いを不意にしないようにしなければならないと、そう思った。




