宮本美玖─敗北
配信を終えてようやく一息つく。
一千万人を超える馬鹿げた人数にリアルタイムで見られながらの生配信というのはさすがに緊張した。
これまでのアイドルとしての活動では、一回のライブで数千人も動員できれば充分だったことを考えるとその何倍の人数に見られていたことになるのだろうか。
一方で春樹はと言えば、もう慣れもあるのだろうが全くの自然体で、緊張しているようには見えなかった。
「ふぅー、お疲れ様。今日は来てくれてありがとね」
「いえ…別に、私も良い経験になったから」
それは本当だ。初めての配信というのは舞台ともテレビ撮影とも違っていて、リスナーの雑多な声がリアルタイムで届く新鮮な環境だった。
コメントの表示数を絞ってもなお、信じられないスピードで流れるコメントを拾ってやり取りしていた春樹の真似は出来そうに無いなと思ったものだ。
それに、春樹が家に呼んでくれたというのも信頼されてるようで嬉しかった。今までも楽屋で二人きりになることはそれなりに多かったけど、プライベートな自宅で二人きりとなると話が違う。場合によっては週刊誌に撮られたっておかしくない。
まぁ実際は週刊誌どころか生配信で公開してるから意味ないんだけど。
ただ唯一の誤算としては、春樹の家が既に女性だらけで、二人きりなんて理想とは程遠かったことなんだけど……。
配信部屋に入ったことで、やっと二人きりになれたくらいだ。
ネット上の噂では既に二人の婚約者がいるとは囁かれていたが、はたしてこんな様子で本当に二人程度で済んでいるのだろうか。
それが好奇心なのか焦りか、それとも嫉妬心からなのか自分でも分からなかったけど聞かずにはいられなかった。
「ねぇ、あなたずいぶん家に女の人を招いてるようだけど……こ、婚約者は何人いるのよ」
「え…? うーん、まぁ…うん、それなりに…」
随分と歯切れが悪いけど、誤魔化さないでほしい。
「何人かって聞いてるんだけど」
「ご、五人……です」
「──はぁ!?」
ばつが悪そうに答える春樹だったが、さすがに耳を疑った。
五人って……いつの間に? そんな暇あった?
春樹が配信を始めてすぐに有名になってから、最近はドラマの撮影なんかで私と一緒に仕事してる時間も多いし、オフの時だってしょっちゅう配信活動をしてるのを見ている。
そんな忙しい彼がどうしてと考えてみれば、ひとつ思い当たることがあった。
──そうだ、この人は撮影の時もNGを一切出さないチョロい人だったわ……
大方そのチョロさで持って、出会う人みんなに言い寄られても断れなかったんじゃないだろうか。
──やっぱり私が守らなきゃ……
「じゃあ私が六人目ってことになるのね」
「え!?」
「なによ、嫌なの?」
「いや…じゃ、ないけど……」
うわぁ本当に押しに弱すぎない? 大丈夫?
「それに、私あなたがファーストキスだったんだから…責任取ってよね」
男性ならともかく女のファーストキスなんて何の価値もないけれど、とにかく今は理屈が破綻していようが押すしかない。
それに例え一般的に価値が無くたって、私としては春樹以外はもう考えられなくなってるのだから、責任を取ってほしいというのは事実なのだ。
「……わかった」
「──え!? いいの?」
あまりに簡単すぎる答えに、受け入れられた嬉しさよりも困惑が先にくる。
「ねぇ……あなた、自分の価値を本当に分かってるの? 自分がどれだけ希少で、稀有な存在で、どれだけの人々が春樹を求めているのか……。それを、こんな簡単に受け入れたりしちゃって、さすがに心配なんだけど」
「えぇ? 美玖から言い出したのを受け入れたのに、俺が説教されちゃうの?」
「うっ……私はともかくとしても、この先、誰でも受け入れてたらキリがないわよ?」
自分のことを完全に棚上げしての言葉になるが、今更取り消されるのは絶対に嫌なので許して欲しい。
「それ、似たような話を最近別の人からもされたなあ……俺としてはそんなつもりないんだけど」
苦笑しながら話す春樹だったが、やっぱり他の人からも言われてるんじゃない。
身近に私以外にもそういう懸念を伝える人がいたことに少しだけ安堵した。
「でも別に、誰彼構わず何の考えもなく受け入れてるわけじゃなくてさ、少なくとも…俺も美玖のことを魅力的だと思ってるからなんだよ」
私のことを魅力的だと肯定してくれることは素直に嬉しいけど、少しだけわがままを言うならばもっと具体的に聞かせてほしい。そう思って聞いてみた。
「どこが…って、うーん、まず顔が良いよね」
顔が良い……確かに私はアイドルをやれるくらいには顔立ちが整っていると自負してはいるが、そもそも女というのは太古からの遺伝子の生存競争でそれほど大きな優劣は無いはずだ。だからその切り口はあまり予想していなかった。
「それに、声だって好きだよ。歌う時も綺麗な声をしてると思う。アイドルや役者として努力して維持してるスタイルも好ましいね。もちろん性格も、普段はクールでちょっと勝気だけど攻められると弱いところとか、まさにドラマの麗華お嬢様みたいでかわいいと思うし──」
私を肯定する言葉が止まらない。そんな風に私を見てくれていたなんて思ってもみなかった。
褒め殺しにされて狼狽える私を置き去りにして春樹は言葉を締めくくる。
「だから、そんな美玖と何ヶ月も一緒に撮影して、時には楽屋で二人きりで過ごして、何の特別な感情も生まれないわけがないだろ?」
顔が熱い……、きっと今の私の顔は真っ赤になっているだろう。こんなの熱烈な告白を受けたのと何も変わらないじゃない。
「どうかな? 誰でも受け入れるわけじゃ無いって分かった?」
「……わかった」
というより、理解らされた。
春樹は確かにチョロいところもあると思うし、隙だらけにも見えるけど、あぁ…それでもこの人には敵わないんだなって。
「美玖、今日は泊まって行きなよ。責任、取るからさ」
更に追い討ちをかけられた私は、ただ頷くことしかできなかった。




