桜木葵─おうちデート
今日は春樹お兄ちゃんがうちにくる。
昨日の夜から慌てて部屋の掃除や片付けを始めたけど、ずいぶん手こずってしまって朝にも少し続きを持ち越していた。
……とにかく見られたらマズいブツは全部隠せたから一旦ヨシッ!
洋服はどうしよう。部屋で会うならいつも通りの部屋着の方がいいのか、でもお兄ちゃんと会うならちゃんとした格好がしたい。
悩んだ結果、シンプルで可愛い感じのカットソーにスカートを合わせた、外着とも部屋着とも言えない中間の感じで妥協する。
「お母さん! ちょっとお化粧手伝って!」
最近お姉ちゃんたちと買いに行ったコスメを持ってお母さんにお願いする。まだ自分一人でできるほど慣れてないのだ。
「葵ちゃんにお化粧はまだ早いと思うけどねえ……肌だってこんなに綺麗なのに」
「あたしはもっと大人っぽくなりたいの!」
呆れながらも手伝ってくれるお母さんに内心ホッとする。
出来上がりを鏡で確認してみれば、大きく印象は変わらないけれど、少しは大人っぽく見えるようになったのかな? 自分ではよく分からないけど、お母さんがバッチリと言ってくれたので、たぶん大丈夫だ。
ドタバタと準備をしていると、チャイムが鳴ってお兄ちゃんが来た。
「お邪魔しまーす、おっ、葵ちゃんおはよー、今日はよろしくねー」
朝から緊張していたあたしとは違って、なんの気負いもなく自然体なお兄ちゃんはやっぱり大人なんだなあと思う。
部屋に案内して、小さなテーブルの前に敷いた座布団に腰を下ろしてもらうと、キョロキョロと部屋を見回すお兄ちゃん。
「へー、結構綺麗に片付けてあるんだね」
「ま、まぁ一応……」
恥ずかしいからあんまり観察しないでほしい。何か仕舞い忘れたブツが無いかそわそわしてしまう。
──コンコン
「お菓子と飲み物持ってきたわよ〜、春樹さん、今日はゆっくりしていってね」
お母さんがクッキーとジュースを置いてそそくさと去っていく。長居しないのは助かる。
「あ、あの、これ! あたしもクッキー作り手伝ったんです!」
「おー、手作り!? すごいね。──うん、美味しいよ」
あたしが手伝ったのは、お母さんが作った生地を混ぜたり型抜きをしたりと簡単な部分だけだったけど、喜んでくれて嬉しい。今度はお母さんに教えてもらって、全部一人で作ってみようかな。
二人でお菓子を食べながら雑談する。
あたしの学校のことや部活のこと、それからお兄ちゃんの仕事のこと……でも一番聞きたいことは聞けないでいる。あたしのこと、どう思ってるのかな、とか。
雑談がひと段落したところで何をしよっかという話になった。一応今日したいことはいくつか考えてあって、お兄ちゃんもゲームが好きだから一緒にしようと提案してみた。
「おー、いいんじゃない? なんか協力プレーできるやつやろうよ」
「うん! ……ってアレ? ゲーム機どこにしまったっけ?」
やらかした。片付けの時にどこかにしまっちゃったのかもしれない。
あたしがガサゴソとあちこち探しているとお兄ちゃんも手伝ってくれるようで、同じように探し始めた。
クローゼットにも無い、棚にも無い、見つからない。なんであんなに大きい物が見つからないのか。
「あ! お兄ちゃんそこは──」
「…………あったよ」
完全に油断していた。
そこはベッドの下に付けられた引き出しの中。
確かにゲーム機がぐちゃっと押し込められている。
だけど、それと一緒に仕舞い込んでいたものが問題だった。
数冊のえっちな漫画と小さなピンクの健康器具……。
絶対に見られたのは間違いないけれど、お兄ちゃんはスルーしてゲーム機を取り出すと、そっと引き出しを閉めた。
見られた。見られた。見られた。
まるで犯した罪を見破られたような心地に動悸が激しくなる。
顔が熱い…死にたすぎて死にたい…
私が俯いたまま声を出せずにいると、お兄ちゃんから声がかかった。
「あー……葵ちゃん? えーと、なんというか……女の子はみんなアレくらい持ってるのが普通なんだよね? うん、あんまり気にしなくていいんじゃないかな」
いつも優しいお兄ちゃん、その優しさが今はつらいです……
「お、お兄ちゃんは、こういうの……軽蔑しないですか」
でも、今はお兄ちゃんの優しさに縋るしかない。
「まぁ、気持ちは分かるし……」
「お兄ちゃんも持ってるの?」
「いや……まぁ、俺には必要ないと言うかなんと言うか……」
必要ない……そうだ。お兄ちゃんは翔子お姉ちゃんや、伯亜お姉ちゃんとそういうことをしてるんだ。
はぁ……あたしも、こんなもの必要ないって言えたらいいのに。
「お兄ちゃんは、その……お姉ちゃんたちとそういうことするのは、嫌じゃないの?」
「ぅえ!? まぁ…嫌じゃないというか、むしろ好きかな、俺は」
──ッ!? それって、いわゆるビッチというやつでは…?
「だったら、あたしとも……」
端から受け入れてもらえるとは思ってない。拒絶されても、冗談だって言えばいいだなんて、そんな卑怯な考えのお願いだった。
そのはずだった。
それなのに、ゆっくりとこちらに近づいてくるお兄ちゃん。
え? まさか本当にあたしと──
想定外の事態にあたふたしていると、お兄ちゃんの顔が段々と近づいて来て──唇を塞がれた。
「んっ……ふっ…」
何も分からないまま、終わってしまう。
「今は、ここまでで。続きは葵ちゃんが結婚できるようになってからね」
お兄ちゃんが言っていることが、なかなか頭に入ってこない。
今は? ここまで? 続きは……
少し遅れて理解し始める。
お兄ちゃんがキスをしてくれた。
それ以上は結婚できるようになってから。
…つまり、あたしと結婚してくれるってこと?
自分の考えに自信が持てなくて、改めて聞いてみればその通りだと返してくれる。
嬉しくて、嬉しくて、お兄ちゃんに抱きつくと、お兄ちゃんからも抱き返してくれる。
……でも、来年までずっとお預けだなんて、我慢できるわけない。
──お兄ちゃんも、そういうコトが好きだって言ってたよね?
絶対に、どうにかしてお兄ちゃんを誘惑して、えっちな関係になってやろうと、心の中で密かに思った。




