桜木涼子─朝起きたらそこは
「んぅ……あぅ……」
心地よい微睡みを邪魔する微かな頭痛に苛立ちを覚えながら目を覚ます。
昨日は少し飲み過ぎてしまったかしらと思いながら体を起こせば、そこは見知らぬ部屋のベッドの上だった。
「……え?」
寝ぼけ眼を擦りながらあたりを見まわしてみるも、ここは間違いなく我が家ではない。
こう言う時は焦らずに順番に記憶を思い起こしてみた方が良い。
確か昨日も仕事が遅くなって、そのまま春樹さんの家に寄って……それから翌日が休みだからって考えなしにお酒を飲んで……
──コンコン、ガチャ
「あ、涼子さん起きてましたか、おはようございます。朝食作ったんですが食べられそうですかね?」
「は、春樹さん!?」
驚いたが、今ので全てを理解させられた。
つまりここは春樹さんの寝室で、おそらく酔い潰れた私をここで寝かせてくれたのだろう。
念のために自分の着衣をチェックする。
少しばかり乱れてはいるが、おそらく寝ている間に乱れたのだろう……春樹さんとは何もなかったのだと思う。
記憶が飛ぶほどに飲んでしまったのは久しぶりのことで、何か私が粗相をしていないか不安になったが、おそらく杞憂だろう。
春樹さんのベッドで寝るだなんて一大イベントに何も無かったというのは、ホッとしたような残念なような複雑な気持ちだ。
「ん〜? 涼子さん大丈夫かな、まだお酒抜けてない?」
状況を整理するのにいっぱいいっぱいで返事ができていなかった私を心配してか春樹さんがベッドに歩み寄ってくる。
「ご、ごめんなさい。ちょっと寝起きでボーっとしてたみたい」
春樹さんに連れられて朝食の席に着くと一人用の小さな土鍋を出してくれる。蓋を開けてみれば生姜の香りが効いたみぞれ雑炊のようだ。
暖かくて優しい味が胃に染み渡る。
──春樹さんは本当に良いお婿さんになれるわね…婚約した二人が羨ましいわ……。
美味しく頂いて、お茶を飲みながらホッと一息ついていると春樹さんから声がかかる。
「涼子さん、今日お休みでしたよね? よかったらこれから俺と出かけませんか?」
「…え? 私と? でも葵ちゃんが──」
春樹さんからのお誘いに色めき立つも、さすがに葵ちゃんを置いて私だけ遊びに行くわけにはいかないと思ったのだが……
「葵ちゃんなら伯亜と翔子ちゃんと3人で出かけてますよ」
話を聞くと朝から3人で洋服を見に行ってるそうだ。
……たぶんこの間伯亜さんが大変身して春樹さんと婚約したのを見て、自分もと考えたのだろう。我が子の考えが手に取るように浮かぶ。
ちょっと短絡的な気もするけど、積極的なのは悪く無いわね。
「ほら、涼子さんいつもお疲れじゃ無いですか。それでゆっくり休むのも良いとは思うんですが、家でじっとしてても心の疲れは中々取れないと思うんですよね。だから景色の良いところにでも出かけたらどうかなって」
言われてみれば普段は仕事に忙殺されていて、たまの休みも家で過ごしていたらあっという間に過ぎ去って、心の疲れなんて考えたこともなかったけど、春樹さんの言葉には妙に説得力があるように思えた。
春樹さんは時折りその年齢に似合わない含蓄のある言葉を吐くことがある。
きっと今まで苦労して来た重みなんだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えていいのかしら。どこに連れて行ってくれるの?」
「ふっふっふ、それは着いてのお楽しみです。今日は俺が運転するんで涼子さんは助手席で寛いでくださいねー」
そう言って笑う春樹さんを見て、なんだかデートみたいだなと思ってしまう。
──いや、冷静に考えたらこれ普通にデートでは?
意識してしまうと途端に緊張してきて、寛ぐどころでは無くなってしまいそうだ。
「じゃあ、着替えとか準備できたら声かけてくださいね」
そう言ってクローゼットに向かう春樹さんを横目に私も一度自室に戻る。
洋服…私も買いに行っておけばよかった…。




