名義貸しビジネス
名義貸しビジネスというものがある。
有名人の名前を使った商売、例えば芸人がプロデュースした焼肉屋だとか、有名モデルがプロデュースしたファッションブランドだとか。
中にはちゃんと本人が深く経営に関わっているものもあれば、本当に名前だけ貸して報酬を受け取っている者もいる。
正直なところ、あまり良い評判を聞かないビジネス形態だ。
そしてこんな俺にもそんな名義貸しビジネスの話が来ている。
話を持ちかけてきたのは日本三大財閥の一つに数えられる朱鷺宮家のご令嬢、有紗さん。
そのお屋敷に可奈さんと二人招かれていた。
「本日はお忙しい中ご足労頂いて感謝していますわ」
──本物の金髪縦ロールだ! すげえ!
現れた有紗さんは、絵に描いたようなお嬢様ofお嬢様の証、金髪縦ロールが抜群に似合う高貴な雰囲気を醸し出しており、やや吊り目ガチなその目は自信に満ち溢れていて衝動的に膝を屈したくなるオーラがある。
衣装も豪華絢爛な応接間に相応しい華美なドレスだが、なにより目を引くのは低めな身長に不釣り合いなほどドレスを押し上げる大きな双丘。
──デッッッッッッ
促されるまま革張りのソファに腰をかける。
今日は一応俺も可奈さんもスーツを着てきているが、ドレス姿のお嬢様と向かい合うには不釣り合いで、いっそ執事服を着て給仕でもしていた方がと思うくらいには気後れしていた。
俺もそれなりに小金持ちになったつもりではいたが、本物の前では鼻クソみたいなもんだろう。
なにより性根が小市民の俺ではナチュラルボーンお嬢様と比べるべくもない。
「ふふっ、春樹様でも緊張なさるんですのね。もう少しリラックスして頂きたいですわ」
そう有紗さんが言うと、メイドさんがワゴンを押して現れ紅茶を淹れてくれたので一口だけ頂いて口を湿らせる。
「ここで緊張しないと言えるほどまだ場数を踏んでいませんので、失礼がありましたら申し訳ありません」
「あら、今回お願いする立場なのは此方なのですから、そう堅くならないで欲しいですわ。なにより春樹様はわたくしと同い年と聞いていますから、個人的にも親交を深めたいと思ってますの」
そう言ってにこりと微笑む有紗さんは、勝ち気だった印象をふにゃりと崩していて、素直に綺麗だった。
今度は別の意味で緊張してしまいそうだったが、意識して肩の力を抜く。
さて、本題に入ると今回の話は事前に企画書をもらっている。企画書を既に読んでいて、なにより朱鷺宮からの話という事でこの話を受けに来たのだ。
名義を貸すのは、リゾート兼テーマパークだ。
一つの無人島をまるごと開発してリゾートを作り上げる……そこに俺の名前を冠したいなどと、あまりにもスケールのでかい話だ。
もちろん名前だけではなく、中も完全にコラボ仕様になり、最新のVR技術を用いた体感型アトラクションの他、AR技術とスマホアプリを組み合わせて特定のスポットで俺のバーチャル体と写真が撮れたりする仕掛けもあり、それに加えてグッズ販売もある。
「元々リゾート場を作る計画自体はあったんですよね? そこになんで俺を起用する話に……?」
「それは完全にわたくしの趣味ですわ!」
得意気な顔で言い切る有紗さんにおいおいと思ったが何も勝算が無いわけではないようで、朱鷺宮の現当主からも了承を得ているらしい。
──それは、現当主さんも俺のファンだったってオチじゃないよね?
「もちろん出資と運営に関しては全面的に朱鷺宮家が行いますので、春樹様は名前を貸してくださって、後は個別の企画やグッズにそれぞれ許可を頂ければ問題ありませんわ!」
スッと隣りのメイドさんに差し出された用紙に目を通すと、目が眩むような大金が記されている。
「まぁ…そうですね。こちらとしても前向きに検討はしていきたいですが、できればもう少し貢献したいかなという気持ちもありますね」
許可だけ出して後はよろしく……と言うのも無責任だと思い、定期的に俺自身が参加するイベントを企画してみてはどうかと提案してみる。
「素晴らしいお考えですわ!」
詳細を詰め始めるとトントン拍子に決まっていく。
とんでもない大金が掛かっているプロジェクトがこんなにもスムーズに話が進む事に胃がキリキリと痛みそうだ。
その後もいくつかの企画に目を通して理解を深めていく。
さすがに元々から計画されていただけあって、俺を全面に打ち出した下品なコラボというわけではなく、要所に適度に絡められているようなイメージで、もし俺の人気が低迷したとしても、普通のリゾートに改装するのはそれほど難しくないだろう。
良くも悪くもリスクヘッジは出来ている。
「今日は実りある打ち合わせができて良かったですわ。……また仕事以外でも気軽に訪ねて頂きたいですわね」
一通り話す事を話し終えて、帰り支度をする中で有紗さんがそう呟いた。
「そうですね、是非いつでも誘ってください」
確かに社交辞令もあるが、彼女のような高貴な美人さんと親交を深めたいという想いは俺にもある。
連絡先を交換して俺たちは屋敷を後にした。




