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彩葉伯亜─デート

 アキバに着いて、どこか行きたいところがあるかと聞かれたので、個室のネカフェを提案したらバカを見る目で見られた。


 なんでぇ…?


 昨日翔子からハルくんとの夜の話を根掘り葉掘り聞き出してから、正直もうわたしの頭はピンク一色に染まっている。


 ──まさかハルくんがそこまで積極的だなんて…


 そんなわたしが天才的頭脳で導き出したのがネカフェの個室でいちゃいちゃからのゴールインだったんだけど…


 「ゲーセン行きたかったんじゃないの? ネカフェは…歩き疲れた時にでも考えようよ」


 あぅ…そうだった、元はと言えばわたしがゲーセンに行きたいなんて言ったからアキバに来たんだ。

 ゲームは家でやる派…というか純粋に引きこもりのわたしとしては、ゲーセンなんて全然行き慣れてないけど、ちょっと行ってみたかった。

 家庭用コントローラーとゲーム筐体だと操作感も臨場感も全然違うだろうから楽しみだ。


 駅近くの大きなゲームセンターに入ると、まず目についたのはフロア中のクレーンゲーム。

 どうやらビデオゲームは2階以降にあるようで、この階は一面の殆どがクレーンゲームで埋め尽くされてるらしい。


 「伯亜はなんか欲しい景品とかないの? ちょっと見て回ろうよ」


 ハルくんと腕を組んだまま歩いていると、どうしても腕の感触や暖かさに気がいってしまい、周囲の景色がなかなか頭に入ってこない。

 そんな中でもぼんやりと景品を眺めてみるが、お菓子やぬいぐるみ、アニメフィギュアなどがあるくらいで、今これらが欲しいかと言われても……


 わたしが一番欲しいモノは既に隣にあるし……


 「おっ、あれは……プリクラかな? ちょっと行ってみようよ」


 「プ、プリクラ!?」


 ハルくんが示したフロアの片隅にはプリントシール機が所狭しと並んでいる。


 プリクラ…それはリア充学生にのみ許されしイベント。わたしのような隠キャ成人女性から最も遠い位置にあるものだ。


 のれんの様な入り口をくぐると中のモニターからやたらとハイテンションな声で話しかけられて困惑する。

 そんな中でもハルくんはハイテンションな機械の説明を聞きながら淡々と進めている。


 『撮影するモードを選んでね!』


 ピッ


 『らぶらぶカップルモードが選択されたよ!』


 ピッ


 『画面に表示されるお手本通りにポーズを取ってみよう! 3…2…1…』


 急かされるような機械からの指示に戸惑っている間も状況は進んでいき、撮影が始まる。


 「えっ、えっ、わ、どうしたら──」


 「ほら、ポーズを指定されてるんだから、こうだよ」


 あたふたしているとハルくんからギュッと抱き寄せられる…と同時に響くシャッター音。


 『次は二人でハートを作ってみよう! 3…2…1』


 休む間もなく次々と指示される新しいポーズに、ついて行けなくなりそうだったけど、その度にハルくんがリードしてくれてなんとか形になる。

 くっついたり、抱きしめられたり、顔を寄せ合ったり、もっと一つずつ余韻に浸りたいのに、全く配慮してくれない機械が恨めしい。


 撮影後の落書きタイムという謎の時間を終えたところでやっと一息ついて、出てきたプリクラを見るとじわじわと実感が湧いてくる。


 ──もうこんなの絶対誘ってるじゃん…


 画像データをスマホにも送ってさっそく待ち受けにする。笑顔のハルくんに抱きしめられてる私の顔はちょっと情けないけど仕方ない。

 わたしだけに向けてくれた表情を切り取った、世界で二人だけしか持ってない写真。


 嬉しくてなかなか目が離せない。


 「こ、これっ、宝物にするねっ!」


 「…うん、そうだね。でもプリクラばっかりじゃなくて実物もちゃんと見てくれなきゃ」


 確かに夢中になりすぎてしまったと顔を上げてみると苦笑したハルくんと目が合った。


 「じ、実物も見ましゅ! えへへ…」


 そうだった、今はデート中なんだから生身のハルくんに集中しなきゃ…

 プリクラは帰ってからでもいつだって見れるんだからと頭を切り替える。


 その後、2階に上がってガンシューティングや二人で遊べる体感型ゲームをいくつか遊んでいるとあっという間にお昼の時間になった。


 外に出てどこに行こうかと話していると、思い出したようにハルくんが言う。


 「あ! せっかくアキバに来たならあれ行ってみようよ! えーとなんだっけ…執事喫茶?」


 ……それはオタク女性が行く場所では?



◇◇◇



 「いやー案外楽しめたね! 執事役の子たちもみんなかっこよかったし」


 いや、どっちかというとハルくんは楽しませる側だった気もするけど…。

 男装執事の側から「お金払うんでチェキ撮らせてください!」はおかしいでしょ色々と。


 「わたしは、ハルくんの執事が一番かっこいいと思うけど」


 「おー、嬉しいね。今度家で着てみよっか?」


 それは是非着て欲しいと伝えると、ハルくんは逆にわたしのメイド服姿も見たいだなんて言い出して、次はコスプレショップに行こうということになった。


 コスプレショップには、意外と男性向け…というかたぶん男装コス向けの衣装もあり、お互いに着て欲しいものを選ぼうと話す。


 うーん、ハルくんはなんでも似合いそうだけどできるだけ露出が多いのがいいなぁ…なんて思いながらアニメキャラのちょっとえっちな軍服モチーフの衣装を手に取ってみる。


 「伯亜ー、決まったー?」


 呼ばれて振り返るとその手には既にどっさりと衣装が積まれていた。

 見せてもらうと、メイド服にナース服、セーラー服にハロウィンの定番サキュバス衣装なんかもある。


 「えっ!? これ全部…?」


 「うん! 全部伯亜に似合うと思って」


 無邪気に微笑むハルくんに困惑する。

 わたしにコスプレなんてさせて楽しいのかな…?


 でもハルくんがいっぱい選んだなら、わたしもいっぱい選んでも許されるよね……と免罪符を得た結果、二人で大量のコスプレ衣装を買ってしまって、荷物がいっぱいになってしまった。


 「お…重たい」


 「さすがに買いすぎちゃったね、どうしよっか…ちょっと休憩していく?」


 休憩…! きた!


 「あっ、じゃあ…わ、わたし調べてきてるので! その…ゆっくり休めそうなネカフェとか!」


 「そうなの? じゃあ伯亜に任せようかな」


 よしッ…! ふふふ、調べたと言うのはただゆっくり休めるということだけではない。

 完全防音の個室があって、そういうこと(・・・・・・)に使っても良いと認められているネカフェだ。


 お店で一番いい個室の部屋にフリータイムで入る。


 靴を脱いで上がると、床一面がソファの座面のようにフカフカになっていて、部屋には簡易なシャワールームも備え付けてある。


 ここで…決める!


 「伯亜──」


 「ひゃ、ひゃい!」


 「あのさ…伯亜が今、何を考えてるのかだいたい分かるんだけど…」


 さすがに露骨過ぎたようで、ハルくんの全てを見透かしたような瞳に見つめられて冷や汗が流れる。

 

 「まあ一旦落ち着いて、とりあえず…ほら、映画でも見ようよ」


 穴があったら入りたい…


 恥ずかしさで自分の顔が真っ赤に染まっているだろうことは見なくても分かった。


 二人並んで座り、動画サービスで現在の一番人気とされている洋画を再生するが……どれだけ経ってもわたしの頭はハルくんでいっぱいで、内容が頭に入ってこない。


 全然集中できなくて、映画が始まって三十分くらいしか経っていないのか、それとも一時間は経ったのか…時間の感覚さえも曖昧になってくる。


 隣に座るハルくんの手をそっと握ってみると、黙って握り返してくれる。


 でもハルくんは集中して観ているのか、画面から目を離さない。


 こっちを…向いて欲しい。


 思えばずっとずっと…わたしは我慢してる。


 朝から腕を組んだり、プリクラで身を寄せ合ったり、こうして二人っきりになって、どんどん私の身体は熱くさせられてるのに、まだ我慢してる。


 翔子とは、あのデート以来よく一緒に寝室に入ってるのも見ている。でもわたしは我慢。


 わたしじゃダメなの…?


 わたしだって、ハルくんが好きだ…大好きだ。


 ハルくんが欲しい。


 ただでさえ焦らされて昂っていた心に、翔子への嫉妬の気持ちや選んでもらえなかった情けなさが混じり合って感情がぐちゃぐちゃになってきた。


 「伯亜…どうしたの?」


 涙が滲んだ顔を上げると画面にはエンドロール…映画はいつのまにかもう終わったみたいだった。


 「んー? そんな悲しくなるような映画じゃなかったと思うけど…」


 そう言いながら子どもをあやすように私の頭を撫でるハルくん。


 「…もっと、もっとわたしにかまってよ」


 「あー…ごめん、ちょっと集中しちゃってたかもね。せっかくのデートなのに、ごめんね」


 ちがう、ハルくんは悪くない。


 こんなのは、わたしのわがままだ。


 そうだって分かってるのに、(せき)を切ったように言葉が溢れる。


 「もっと、わたしを見て。わたしを好きになって。わたしを愛して。わたしを……抱いてよ──」


 ──ギュッと強く抱きしめられた。


 「ごめん…ごめんね。不安にさせちゃったかな。見るよ、もっと伯亜のことを。もう好きになってるよ…大丈夫」


 わたしを安心させるように優しく言葉を重ねるハルくんに、昂った心が落ち着きを取り戻していく。


 「俺も、せめてムードくらいは作りたいと思ったんだけど……ごめんね。もう待たせないから」


 自嘲するように笑ったハルくんはそう言うと、躊躇いなく私にキスをした。

 突然のことに目の前がチカチカとして理解が追いつかない。

 そんな混乱したままの私をそっと押し倒して、覆い被さったハルくんが告げる。


 「伯亜、もう俺も止まれないから…俺の婚約者になってくれる?」


 「…うん」


 もうまともに回らない頭の中で、辛うじて聞き取れた言葉に返事を返す。


 それ以上は、もう言葉はいらなかった。

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― 新着の感想 ―
プリクラ「自分、製造されてから初めて男女の『らぶらぶカップルモード』使ったわ」
[一言] お二人さん、ここは映画館なので…
[良い点] がっつくコミュ障ヒロインかわいすぎ
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