彩葉伯亜─あるハッカーの転機
カーテンが締め切られた薄暗い部屋で、青白く光る6つのモニターを眺める陰気な女がいた。
彩葉伯亜 21歳
野暮ったい前髪を乱雑に上げてコンコルドでまとめ、黒縁のメガネをかけて、くたびれた白Tシャツ一枚に下着のみを着用してゲーミングチェアに座るその姿は、まさにステレオタイプのモテない独身オタク女と言って差し支えないだろう。
かつて、IT業界の神童とも称された彼女は、高校在学中に画期的なWebサービスをいくつも開発したかと思うと、突然その全てを権利ごと大企業に売却し、表舞台から姿を消した。
陰謀論なども渦を巻いたが、実際はなんてことはない。
ただ面倒な管理を企業に押し付けて、個人が受け取るには莫大に過ぎる売却益で悠々自適に暮らしているだけだ。
しかし望んでいたはずのニート生活は1年で飽きた。
彼女は有り余る時間と培ったIT技術を使い、暇つぶしの娯楽にハッカーの真似事を始めた。
ある時はブラック労働で過労死疑惑が出た大企業のサーバに侵入し、勤怠データや会議の録音データを盗み、過剰労働の証拠やボイスレコーダーの恫喝パワハラ部分をまとめ、あろうことかその企業のWebサイトを改竄する形で公開した。
またある時は外国のサイバーテロ組織の広報サイトが日本政府をサイバー攻撃する声明を出した際に、即日そのページを改ざんし、日本産のアスキーアートで煽り散らかしたページに変えて、世界的なニュースにもなった。
こうしたいくつもの不正アクセスを繰り返しながらも彼女は一度として捕まっていない。
その鮮やかで痛快な手口で、世の悪を断罪するかのような彼女の行動は、ネットの一部界隈でカルト的に信奉されている。
彼女にとっては正義感などによる行いではなく、ただの退屈凌ぎの愉快犯だったとしても…
◇◇◇
今日は、久々に面白いネタを見つけた。
美の化身と言っても過言では無いほどの美しい男性によるセンシティブな自撮りの投稿だ。
二次元にしか興味がないと思っていた自分ですら、本気で求めたくなるほどの、圧倒的なオス。
画像を一目見た時から、興奮が鎮まるまでに実に2時間を要した。
我に返った時の脱力感の中で汚れたゲーミングチェアを掃除して軽い自己嫌悪に襲われたが、無理からぬことだと思い直す。
あんな刺激物を見て平静でいられる女などいるわけがない。
いったいこの男性は何者なのだろう。
ネットの匿名掲示板に、犯行予告のように調査の開始を書き込む。
別に個人情報を手に入れてもネットに晒してやるつもりなんかは無い。
ただただ自分のために、興味を引いたから調べるだけだ。
ハッキングという犯罪の技術を、今までとは異なり、はっきりと自分の欲望のために使うことに、罪悪感から胸がちくりと痛むが、今更のことだと蓋をする。
たった一度のSNS上の呟き、たった一枚の写真。
普通ならこれだけの情報で個人情報を特定するなんて、近親者でもない限り不可能だろう。
「ま、わたしにとっては楽勝なんだけどにゃ〜」
大手SNSや主要プロバイダにはすでにバックドアを仕込んである。
アクセスログからIPを抜いて、プロバイダのデータベースで照合すれば個人情報も一発だ。
「へぇ…高梨春樹くんで、ハルくんか」
名前、年齢、住所、電話番号をいとも簡単に手にする。
住所を見るに、かなり立派なタワーマンションの最上階に住んでいるようだ。
次に取り掛かるのは男性管理局への侵入だ。
こちらは本来なら民間企業よりも更に難易度が上がるが、何を隠そう男性管理局のシステムには、情報セキュリティの外部コンサルタントとして一枚噛んだことがあり、正規のIDも持っている。
とはいえ今回は完全に私的目的になるので、正規IDを使いながらもアクセスログに残らない方法で男性管理局の内部LANに接続し、データベースを漁る。
「むむむ…無いぞ〜?」
しかし何故か先ほど手に入れた情報に合致する男性がヒットしなかった。
プロバイダの契約に偽造された情報が使われているとは考えづらい。
「管理局内でも秘匿されている…? いやいやさすがに無いか…」
もしくは、男性管理局で把握できていない検査漏れの男性という可能性も浮かんだが、それなら住居やインターネットなどの契約を堂々と出来ている説明がつかないだろう。
「うーん、わからん…」
これはお手上げだ。まさかわたしが暴けない人間がこの日本にいたなんて。
ふとモニターの一枚に目を向けると、昨晩フォローしたSNSアカウントが今日もまた呟いたようだ。
─Tmitter───────
貞操逆転超絶イケメン天才筋肉配信者ハル@Haru_saikyo
たくさんのフォローありがとうございます!
今夜、21時から初配信予定です
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ttp://yourtube.com/haru.......
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[画像]
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今回は前回ほどセンシティブな写真ではなく、無邪気な笑顔の写真だった。
「ゔっ…! 顔が良すぎる…」
イケメンの無邪気な笑顔の破壊力たっか!
心臓止まったわ。
「ふふふ…」
しばらくは退屈しなくて済みそうだ。