橘花翔子─女の子になった日
ファンタジーエリアでは、体感型VRアトラクションで魔物と戦う冒険者体験ができた。
異世界物の定番とも言える雑魚モンスターの、低級メスガキ淫魔を相手にした春樹くんがちょっと狼狽えていたのは意外だったけど、ボクの魔法で颯爽と助けられたのは気持ちよかった。
過激な異世界物小説なんかだと、男性冒険者をメスガキ淫魔が拐って…なんて展開もありがちだ。
さすがにここのアトラクションでそんなことは起きないけど、春樹くんはボクが守護る…!
そんなこんなでファンタジーエリアを楽しんでから、お昼はグルメタウンエリアに移動してランチを取った。
漫画とかドラマだと男女で食事した場合は女がスマートに支払うのが当たり前ってイメージがあるけど、春樹くんには逆に奢られてしまった。
まさかお手洗いでちょっと身だしなみを整えている間に支払いを済ませてるなんて…それボクがやりたかったやつ…。
「ありがと…でもこういうのって普通ボクが払うとこだと思うんだけどなぁ」
「ふふ、まぁ何が普通かなんてどっちだっていいじゃん。それじゃあ今度また一緒に来た時は、翔子ちゃんに払ってもらおっかな」
また一緒に…
自然とまた次があるのだと言ってくれることが嬉しい。今日だけでも、もう何度この人が好きなんだと思わされただろう。
でも、楽しい時間というものは楽しいほどあっさりと過ぎ去ってしまう。
絶叫マシンに乗りたいという春樹くんに合わせてアドベンチャーエリアに行って、ジェットコースターやバイキングといった定番をいくつか遊んでいると時刻はもう夕暮れ。
そろそろ終わりが近づいてきた雰囲気に寂しさが募る。
「あの…最後にアレ乗らない?」
ボクが指差したのは観覧車。
ここの観覧車は一際大きく作られていて、一周するのにも20分はかかる。最後に乗るなら少しでも長く一緒にいたかったのと、これなら完全に二人っきりになれるからだ。
いくら気にしないようにしていても、護衛やファンの人達がぞろぞろついてきているのはやっぱり気になる。
快諾してくれた春樹くんはボクの手を取ってくれて一緒に乗り込む。あえて向かい合わせではなく、隣同士に肩を寄せて手を繋いだまま。
今日の思い出を語りながらゆっくりと登って行く観覧車。
楽しかったねと笑う春樹くん。
でもボクは、この二人きりのチャンスに絶対に想いを伝えたいとばかり考えていて、生返事になってしまっていた。
あっという間に10分が経ち、頂上に差し掛かる。
上手く言葉が出ない。
この大きすぎる気持ちをなんて言葉にしたら伝えられるのか分からない。
それに、もし受け入れてもらえなかったら、もう会うこともできなくなってしまうと思うとますます言葉が出てこない。
どうしよう…でも伝えなきゃ…
「──あのっ、ボク…春樹くんのことが好きです」
焦った末に口から出たのは、ただシンプルな好きだという言葉だけで、本当はもっと伝えたい言葉があるはずなのに、胸がキュッと締め付けられたようにこれ以上の言葉が続かない。
まるで子供の告白のような自分の情けなさに涙が出そうだ。
でも、最低限…本当に最低限は伝えたと思って、涙に揺れる瞳を向ける。
──春樹くんが繋いだ手をほどいた。
拒絶された、と思ったのも束の間、春樹くんから強く両腕で抱きしめられた。
「俺も…翔子ちゃんのことが好きだよ…。本当は俺から伝えるべきだったのに、言わせてごめんね。よかったら、結婚を前提に俺と付き合って欲しい」
抱きしめられた格好のまま、ボクの耳元で答えを聞かせてくれる春樹くん。
結婚を前提に…つまり婚約者ということ。
自分で考えていた以上の結果に、嬉しさと信じられないという気持ちで、感情が整理できない。
抱きしめた腕が少し緩められて、お互いの顔を向き合うと確かめるようにゆっくりと近づいてくる。
混乱の中で、これはきっとキスの流れだと理解して目を固くつぶる。
そっと唇に触れる柔らかい感触。
何も分からないまますぐに離れてしまう唇に切なさを覚えて、ボクは夢中で追い縋った。
「む…んっ…ちょっ、ちょっと翔子ちゃんいったん落ち着こうか」
気がつくと観覧車はもう終わりに近づいていたようで、慌てて身を離す。
いかにも処女全開のような自分の振る舞いを思い返して恥ずかしさに顔が熱くなる。
でも、観覧車を降りても一向に熱は冷めてくれない。
さっきのキスのせいで、自分の身体が自分のものじゃないかのように、制御できないほど熱に浮かされている。
このまま帰りたく無い。
ボクを本当の意味で女の子にして欲しい。
指を絡めるように身を寄せ合ってナイトパレードを横目に歩いていると、春樹くんの足が止まった。
ボク達の目の前にあったのは、テーマパークの中にある宿泊施設だった。
ようやく一人結ばれました。
まだまだ続きますので、拙作を楽しんで頂けていましたらブックマークや☆評価などで応援頂けますと嬉しいです。




