橘花翔子─デート開始
いよいよデート当日、人生で一番といえるほど精一杯のオシャレをして挑む。最近少し伸ばし始めた髪も美容室で整えて気合いは充分だ。
「おはよう翔子ちゃん、今日はまた一段とかわいいね。髪型も似合ってるよ」
春樹さんとは彼の家で待ち合わせて車で一緒に目的地に向かうことになっていたのだが、開口一番にボクを褒めてくれた。
彼はいつも躊躇わずに、ボクが一番欲しい言葉でストレートに褒めてくれる。そういうところも好きだ。
「は、春樹さんも、いつも以上にかっこいい…です」
そんな春樹さんにボクも言葉を返したくて口に出してみたけど、恥ずかしさが邪魔をしてなかなかスマートには言えない。
それでも春樹さんは、かっこいいだなんて月並みな褒め言葉は言われ慣れてるだろうに、本当に嬉しそうにありがとうと微笑んでくれて、ボクも嬉しくなる。
ちなみに今日は二人きりで遊ぶと言っても遠巻きに護衛も付いてるし、セツナさんも気配を完全に消して同行してくれている。
確かにボク一人では何かあった時に春樹さんを守ることは難しいから助かるんだけど…ちょっとだけ面白く無かった。
そんな風に考えていたけど、テーマパークに着くや否や歓声と共に囲まれる春樹さんを見ると、やっぱり護衛は必要なことだったと考えを改めた。
風のように現れて周囲に圧をかけるセツナさんは頼もしくてかっこいい。
でも一番効果的だったのは春樹さんの言葉だった。
「ごめんね。今日はプライベートで来てるから、そっとしておいてくれると嬉しいな」
そう言って微笑みかけると、取り囲んだファン達は天啓を受けたかのような表情でガクガク激しく頷くと、周囲を牽制しあうようにボク達から少しずつ離れると遠巻きについてくるようになった。
それからは新しく春樹さんを見つけたファンがこちらに近づいて来ても、ファンの壁に取り込まれて天啓を受け継ぎ、同じように見守り隊に加わって膨れていく。
熱心なファンのことを信者なんて呼ぶことがあるけど、春樹さんの一言でコレって、本当に教祖にでもなれちゃうんじゃないかな?
なるべく周りの人たちは気にしないようにしよう…
今日来ているテーマパークは、日本最大級の広大な敷地を持ったテーマパークで、園内は複数のエリアに分かれている。
その中でも最初はファンタジーエリアに行こうと話していた。
「わぁ! 春樹さん凄くかっこいいです!」
「ありがと、翔子ちゃんは魔法使いかな? 似合っててかわいいよ」
このエリアでは入り口でファンタジー衣装を借りたり購入したりできるのだが、今回は購入にした。
買った方が思い出にもなるし、家でみんなにも春樹さんのコスプレを見せてあげてほしいし…。
春樹さんは戦士の格好を選んだみたいだけど、所々に露出があったりして、実戦では使えそうにないまさにファンタジー世界の戦士って感じだ。露出部分に傷跡のタトゥーシールも貼ったみたいでかっこいい。
ボクはとんがり帽子にローブと杖のスタンダードな魔法使いスタイルだ。
いつもは少し大人びた春樹さんも、年相応にはしゃいでいて楽しそう。
…というか、たまに忘れそうになるけど春樹さんてボクより2つ年下なんだよね。
確かにボクは身長も低いし胸も控えめだけど、翔子ちゃんなんて呼ばれて子供扱いされてる気がする。
「というわけで、本当はボクの方がお姉ちゃんなんだよ、春樹くん」
すこしだけ口調を変えて話してみる。
「翔子おねーちゃん…ふふっ、いや、ちょっと無理かも」
何故か笑われてしまった。失礼な。
「むー…どうしてぇ…」
でも、ボクから春樹くんって呼ぶのはちょっとだけ二人の距離が近くなったみたいで少しドキドキする。
「春樹…くん」
「ん? どうかした?」
うん…なんかいい感じかも。
密かに呼び方を変えてみても特に咎めることはないようで安心した。
「なんでもない! 行こっ!」
デートはまだ始まったばかりだ。




