決起会
次のHALプロダクションの仕事として、ドラマへの出演をすることになった。
先日の配信で多少は前向きになれたとはいえ、役者仕事は初めてで、やはり不安はある。
一応似たような経験といえば高校時代に文化祭で演劇をやったくらいだろうか。
クラスの担任が現国の教師だったことで張り切ってしまい、担任オリジナル脚本のラブロマンスで主役をやらされたのは後から思い返すと軽い黒歴史だ。
一方で今回のドラマの脚本はさすがにプロが作っているだけあって比べるのも失礼な話だが、俺から見ても面白そうだと思えた。
原作はコミックで、内容としてはお嬢様と執事の一対一の恋愛物。あからさまな当て馬なんかが登場しない、いわゆる安心して見ていられる系のやつ。
漫画的な超金持ち家の令嬢でありながら、生まれつき体が弱く周囲に助けられながら生きてきたことで、劣等感に苛まれていたお嬢様が、執事との出会いと触れ合いの中で少しずつ成長すると共に絆を深めていく物語だ。
今日はそんなドラマのキャストとスタッフを集めての決起会ということで、ホテルの最上階の宴会場を借り切っている。
主要キャストは全6名と少数であるが、関係者となるとかなり多い。
マネージャー、ディレクター、プロデューサー、アシスタント…、それら以外にも音響や美術、道具、衣装やメイクのスタッフなどなど、視聴者の目線ではなんとなく見ていたようなドラマも、一作品を作るのにこんなにも大勢が関わっているのかと驚いた。
「春樹さんはどうしてこの役を受けようと思ったんですか?」
「ん? うーん…ちょっと情けない話かもしれないけど、受けようと思ったきっかけ自体はオファーを頂いたから…かな。求められたなら応えたいって思うしさ。もちろん今はそれだけじゃなくて、脚本も原作も読んだ上で、自分が演じたい、自分ならどう表現できるだろうかっていうモチベーションもあるよ」
私も原作は前から読んでてファンなんです、と微笑む彼女は、今回お嬢様役…つまり俺の相手役で出演ということになる宮本美玖さん。
彼女とは一応初対面ではなく、以前出演したバラエティ番組で少しだけ絡んだことがある。
17歳の現役女子高生にして、アイドルグループStarlight Angels…通称星天のメンバーだ。
美玖さんは今でこそアイドルとして活躍しているが、6歳の頃から子役として活動していたこともあり、今回のオーディションではその経験や原作イメージなどの面で抜擢されたと聞いている。
「慣れてないから迷惑かけるだろうけど、ごめんね? よかったら色々アドバイスとか…助けてもらえると嬉しいな」
「えぇ、私に任せてください。これでも一応芸歴自体は11年で春樹さんよりも先輩ですから」
不敵に微笑んで見せる年下の先輩…頼もしい。
彼女はアイドルグループの中でも立ち位置としてはクールな頼れるお姉さんなポジションで、イメージ通り…と言いたいところだが、最近バラエティにも出演するようになってからは、クールと見せかけてポンコツなところがある一面も見え始めている。
願わくばこのドラマの撮影の間はクールな頼れる子でいてほしい。
「美玖さんは、アイドルにタレント業まで色々活躍してるみたいだけど、学校とかってどういう感じなの?」
前々から気になっていたので雑談がてら聞いてみる。
学生の身分で芸能活動をしてる子って、学校とかどうなってるんだろうと疑問に思っていた。
「あー…、"さん"付けなんてしなくても…いくら私の方が芸歴が長いなんて言ってもまだまだ高校生だし、なんだか春樹さんからそう呼ばれるのはちょっと違和感が…」
なんとなく芸歴ってかなり重視されるイメージだったけど、そういうのも人に寄るのかな?
「じゃあ…俺は人生の先輩で、美玖は芸能界の先輩ってことになるからお互い砕けた感じでいくことにしようか。そっちも呼び捨てで呼んでくれる?」
遅まきながら提案してみると、俺を呼び捨てにするのは躊躇するとのことだったが、俺だけ一方的にタメ口を聞くのも心苦しいと説得するとなんとか頷いて話を続けてくれる。
これから共演する相手なのだし、仲良くなるのは悪くないことだよね。
「それで、学校の話ね…まぁ芸能活動に理解のあるところだから卒業自体は問題ないんだけど…正直なところ勉強は全然ダメ…赤点ばっかり」
うなだれるように話す美玖には悪いが、バラエティでポンコツな姿が見えてしまったのには必然的に理由があったんだななどと納得してしまう。
そりゃこれだけ忙しかったら学業との両立も難しいよねとフォローしてみたが、同じアイドルグループには成績優秀なメンバーもいるらしく、納得はしていないようだった。
「まぁ俺もそんなに賢いわけじゃ無いけど、高校の範囲くらいなら教えられると思うから今度勉強見てあげよっか?」
「ホントに? じゃあ撮影の時に学校の課題も持ち込むから、合間とか終わった後にちょっとでも見て欲しいかも…」
そんな約束もしながら、親睦を深めるという目的の決起会として有意義な時間を過ごした。




